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女子中学生の私が女子高生になるまでの話

進路を決めたのは急だった。

それまで偏差値50くらいの近所の公立高校を目指しやる気のない受験勉強に取り組む日々だったが、それさえも今の私の学力では合格は無謀だと告げられ完全に白旗を上げた。
そうか私は高校に行けないのか。中学3年生にして現実の厳しさを思い知る。

そんな中行われた担任との進路相談で私の運命が変わった。

「エムコさん、絵をかくことが好きなら芸術を学べる学校に行ってみたらどう?」

美術部でもない私にその発想は全くなかった。

「校区外だし今の所うちの中学から受験する人はいないと思う。評定が良かったら推薦してあげることもできる。エムコさんにぴったりな高校だと思うんだけどなぁ。」

担任がそう言って渡してくれたパンフレットを手に家に帰り、親に相談した。
私の学力の低さにほとほと愛想が尽きていた両親は、どこかに合格してくれさえすれば良いと藁にも縋る思いでその高校に問い合わせ、時期外れにも程があるが見学させてもらえるよう漕ぎ着けた。

高校で私と母親を出迎えてくれたのは、芸術コースの主任だった。
校内の様子や、在学生が部活に取り組む姿やまたその作品の数々を見せてくれた。
自分と年齢が少ししか変わらない人たちがこんなにすごい作品を作っているのかと衝撃を受けた。よく言えば感受性が豊か、悪く言えばチョロい私はすっかりこの高校に進学したいと思うようになった。

見学後応接室に通された私はヘラヘラしながら主任に尋ねた。

「いや〜、私ちゃんと絵を描いたことなくて。デッサン?とかもしたことないんですけど、こんな私でも受かりますかね?」

「無理ですね。」

顔色一つ変えずに言い切った主任の言葉は、舐め腐った私の首を一刀両断した。
そうか、絵も勉強しなければこの高校には入ることはできないんだ。でも同じ勉強なら学科の勉強より絵の勉強の方が頑張れる気がする。よし絵の勉強を頑張ってみよう。
そう心に決めて高校を後にした。

季節はもう秋になろうかという時期、周りの皆が受験勉強にラストスパートをかける中、私はスケッチブックと鉛筆を手に画塾に通った。ヨボヨボのおじいちゃんが自宅で開いている小さな画塾だったが、他に生徒が全くいなかった為手厚く指導してもらえた。
学科の勉強はまるで身が入らなかったが、初めてやるデッサンはとても楽しく夢中になれた。担任がギリギリ推薦をもぎ取ってくれたので、私は推薦入試へ向けて日々鉛筆を握りしめ机に向かった。

推薦入試当日。試験内容はデッサンと面接だけだった。
受験生の控え室には見たこともない制服を来た私と同じ受験生がびっしり座っていた。この中の半分程度しか合格しないのだと思うとゾッとする。私は緊張で縮こまっていたが、前の席では今で言う“陽キャ”な男子が堂々と友達作りに勤しんでいた。

「俺△△中学のワタナベ!春からクラスメイトになるんだし、よろしく!」

受験の段階でこの自信、只者ではないと私は震えた。きっとご両親が美術の先生や画家、もしくは本人が界隈では名の知れた天才中学生アーティストなのだろう。平気な顔して座っている周りの連中も言わないだけでとんでもない研鑽を積んだ猛者かも知れない。私はなけなしの自信がみるみるしぼんで帰りたくなった。

教師の誘導で全員美術室に移動する。いよいよデッサンの試験だ。
お題は「紙ヒコーキを手に持った自画像(鏡、紙ヒコーキなし)」と「静物(コカコーラのペットボトルとスポンジ)の構成とデッサン」だった。
それぞれ制限時間が設けられ、その中でデッサンをしていく。
自画像は定番の出題だったので私もこの日のために練習してきた。紙ヒコーキは空想で描くしかないのが辛かったがそこまで難しいモチーフではないので胸を撫で下ろした。

周りを見ると皆紙ヒコーキをもつ真顔の自分の顔を描いている。
受験は印象に残ってなんぼじゃろがい、そう思った私はとびきり笑顔の自分の顔を描いて提出した。静物デッサンは中々手間取るモチーフだったが、ヨボヨボおじいちゃんのススメで毎日のように描かされていたので慣れていた。どちらもまぁまぁの出来で提出できたのでホッとした。

残る問題は面接だ。こればっかりは練習をしたもののどんな質問が飛び出してくるかは分からない。馬鹿みたいに寒い渡り廊下で待機させられた後、二重の意味で震えながら面接室に通された。
先生が4人、受験生5人のグループ面接だ。志望動機や中学で頑張ったことなど定番な質問がされる中、私は周りの4人よりもパッとしない返答しかできず焦っていた。
私は美術部でもないし進路を決めたのだって数ヶ月前だ。茶道部だった私が茶を点て和菓子をぼりぼり貪って居る中、ここに居る受験生の子達は美術に明け暮れていたのだ。この高校に入りたいという思い入れも私とは比にならないことはわかっていた。だが私も落ちるわけにはいかない。ここに合格しなければリアルな露頭に迷うのだ。
なんとか爪痕を残さねばと画策して居る中、最後の質問が投げかけられた。

「質問は以上です。最後に自己PRしたい人がいれば挙手してください。」

これだ、ここでアピールしなければ私に春は訪れない。
手を挙げようと右手をピクリと動かした瞬間、隣に座っていた女子が高々と手を伸ばした。
しまった、先を越された。面接官に当てられたその子は凛々しく返事をし、自分がいかに中学の3年間の青春を美術に注いだか、そしてこの高校に入学したらどんな作品を作りたいかなどのビジョンを流暢に語った。非の打ちどころのない自己PRに私を含む他の受験生は戦慄した。

「はい、ありがとうございます。他にはいませんか?」

聞き惚れていた私はハッと現実に引き戻され、慌てて手を挙げた。
みんな焦って手を挙げるだろうと思ったらなんと挙手したのは私だけだった。

「ではどうぞ」

試験官の8つの目が私に注目する。私に美術で自己PRできることなど何もない。
でも手を挙げた以上何か気の利いたことを言わねば「なんだこのやる気のないやつは」と見限られてしまう。隣の子よりも1文字でも長く喋らねば、そう思って口を開き

「私は元気で明るい、真面目ないい子です。」

と言った。言った後、某のど自慢大会の不合格の鐘がゴーンと間抜けな音を立てて鳴り響いた気がした。
小学生のような自己PRに言った自分も驚いた。それを別の言い方に置き換えて言うのが面接だろうが!と脳内で自分の頭を思い切り叩く。

試験官4人は顔を見合わせて笑っていた。恥ずかしくて顔から火が出そうだった。

「はい、はい、ありがとうございます。他にはもういませんね。では面接を終わります。」

ありがとうございます、私の未来も終わりました。

その場にいた全員からの「こいつ落ちたな」という視線を背中に浴びながらトボトボ家路に着いた。もうこの高校に来ることはないと思うと悲しく寂しく、そして情けなかった。

合否が中学に届き、私は担任に呼び出された。
絶対落ちて居るだろうと思ったのでむしろ緊張はなかった。
担任も真顔なので「あぁ落ちたんだ。就職先でいいとこないか聞こうかな」と思っていた。

「エムコさん、ご両親に言ってこの額を準備してもらってくださいね。」

席に座るや否や担任がプリントを見せながらお金の話を始めた。

「え、なんの事ですか。」

「この期日までに振り込んでもらわなきゃいけないのですよ、合格したので。」

とんでもない倒置法で合格発表してきた担任に言葉を失う。
合格してるんだったら私と目が合った瞬間ににっこり微笑み、おめでとうの一言でも言ってくれたらいいのに!と憤慨したが、合格したという予想外の衝撃ですっかり呆けてしまった。あんな失態を犯したのに合格したんだなぁ。

私の骨を拾おうと教室の外で待機していた友人たちに合格を告げると皆驚いていた。



そして迎えた春。私は晴れて、例の高校に進学することができたのである。

しかしいくら探しても、クラスの中にはあの時自信満々に「合格する!」と豪語していた△△中学のワタナベの姿はなかったのだった。

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