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女子高生の私が友達とケンカした話




心身共に子どもから大人へと変化するガラスのように繊細な思春期。喜怒哀楽の全てが嵐のように激しいその時、私は友人とケンカをした。今回は自戒の意味も込めてその時の話を書こうと思う。

高校では愉快な友達がたくさんできた。
中でもよいこという名のその友人はエンタメの起爆剤のような奴で、人の喜ぶ顔を見るのが大好きな子だった。勉強面のやる気はないものの非常に地頭の賢い子で、彼女の持つ文章力や発想の豊かさは筆舌に尽くし難い。

よいこは楽しそう、喜んでもらえそうだと思い立った事をすぐに実行に移す行動力の高さでもその名を知られていた。中間テスト期間中にも関わらずクラスのマドンナ、スズの誕生日を祝うため彼女の好きなバンドのビートクルセイダースのお面を手作りし

「昨日の夜徹夜で作ってきた!これ着けてみんなで祝おうぜ!」

と両目の下に馬鹿でかいクマを作って来た時にはさすがの私も彼女の情熱に驚いた。朝早く登校してきた友人を5人かき集めてお面を装着し、彼らの名曲「HIT IN THE USA」を熱唱しながら誕生日を迎えたスズを襲撃する。スズにはたいそう喜んでもらえたものの、テストは惨敗で私とよいこは2人仲良く赤点を取った。だがしかし、よいこは「あの時勉強していれば」といった後悔などみじんも感じさせない清々しい顔をしていた。これが暗闇の荒野に進むべき道を切り拓く「覚悟」を決めた女なのである。

おふざけを愛する仲間として私とよいこは同じ馬に乗り、ありとあらゆる大暴れをしていた。


15才になった思春期真っ只中。私にも体の変化というものが徐々に目に見えて現れるようになった。
体毛が濃くなってきたのだ。
今までは細く柔らかい産毛だったために自分の腕やスネに毛が生えているという認識もなかったが、思春期を迎えた私の体毛は「これぞ体毛!」と呼ぶに相応しい凛々しさを持つようになった。

ある日の全校集会。退屈で頭がおかしくなりそうになる校長の話を頭上に受けながら私は自分の左足の脛に、キラリと輝く金色の光を見た。太陽の光を受けて輝くそれは、1本の、金色に光るスネ毛だった。
まるで黄金で紡いだ金の糸のようなそれは、何故か私を強く惹きつけるものがあった。
目が届く範囲で身体中を探したが、黄金に輝く毛は左足のスネに生えた1本だけであった。薄めではあるものの黒いカテゴリーに入る体毛を持つ私に黄金の毛が生えるなんてまさに生命の神秘ではなかろうか。私はこのスネ毛を育てることに決めた。

育てるといっても水や肥料を与える事はできないので、私は「この毛を守る」事を心掛けるようにした。最も緊張するのはムダ毛の手入れ時だ。黄金の毛だけは剃らぬように最新の注意を払い、枯山水を作る庭師の如く慎重にシェーバーを滑らせた。私の愛情に応えるかのようにスネ毛はすくすくと成長し、豆の芽のようにクルンと可愛らしい曲線を描いて伸びていった。伸び続けて4センチほどになっただろうか。いくら伸びても黄金色のその輝きは変わらないどころか、さらに透明度を増して神秘的になっていった気がした。

自分の体からこんなに美しいものが生まれるなんて。いつしかその黄金のスネ毛は私だけの宝物のような存在になっていた。


ある日の昼下がり。私が校内に流れる小川の側で座り込んでいると友人のよいこが通りかかった。ふと思い立った私はよいこに声をかける。

「ねぇ、これ見て」

「私さ、ここに1本だけ黄金のスネ毛があるんよ」

得意げにスカートをたくし上げた私は、よいこに自慢のスネ毛を見せた。キラリと光る黄金のスネ毛がご機嫌に風にたなびく。

「ほんとだ!スゲー!」

よいこは想像通りの感嘆の声を上げた。
私がしめしめと思ったその途端、


ブチッ


チクッと刺すような痛みが私のスネを走った。

それは一瞬の出来事だった。よいこの指先には、私の自慢の黄金のスネ毛が力なく頭を垂れていた。
彼女は私のスネ毛を見るなり、何の躊躇いもなく引きちぎったのだ。

よいこの指先に摘まれた自慢のスネ毛を見た途端、私の中にどっと悲しみが押し寄せた。
そして悲しみはすぐ怒りへ変わる。

「なんで抜いたんや!大事に育ててたのに!
もうよいこなんか、嫌いだっ!」

私は思いの丈をよいこにぶち撒け、その場から逃げるように走った。目からはジワッと涙が滲んだ。久しぶりの感覚だった。
教室に帰り席に着くと、怒りはまたしても悲しみに変わった。悲しみの中左足のスネを撫でる。つるりとした感触から、さっきまで一緒に居たはずのスネ毛がもう居ないのだという現実が伝わり、寂しさが込み上げた。

遅れて教室に戻ってきたよいこと一瞬目が合ったが、私は先程の一件の気まずさから顔を机に突っ伏した。

『よいこなんか、嫌いだ!』

さっき自分の口から飛び出た言葉が、何度も何度も脳内で繰り返された。初めて友達にあんなことを言ってしまった。でも、私の大切な物を引きちぎったよいこなんか、やっぱり嫌いなのだ。いやそもそも大切なものって何だっけ?私はよいこに何をされたんだっけ…

その頃の私はよいこへの“憤り”という感情に支配されていて、自分が何に対して怒っているのか分からなくなっていた。そして事の発端を思い返した私は思った。


『くだらね〜〜〜〜〜』


そうだ、私はスネ毛を抜かれた事に怒っていたのだ。いくら黄金といえど、よくよく考えればただのスネ毛なのだ。冷静になるとこんなにくだらない事で憤っている自分が心底バカバカしく思え、それと同時に情けなかった。

私は席を立ち、よいこの所に行って

「嫌いだなんて言ってごめん」

と謝った。よいこは極めて真剣な表情で

「そんなに大切なスネ毛とは知らんかった、ごめん」

と謝った。その後はあまりのくだらなさに2人で顔を見合わせて大笑いした。スネ毛と同じ天秤にかけるのは申し訳ないが、よいこという友達以上に大切なスネ毛なんてこの世に存在しないのだ。


この世界一くだらないケンカ以降、私に黄金のスネ毛が生える事はなくなった。あれは何かの幻だったのだろうか。いや、夢幻なんかではない。間違いなく黄金のスネ毛は、私の左スネに生えていたのだ。
『この世に偶然などない、あるのは必然だけである』
もしもこの言葉の通りならば、あの黄金に輝く1本のスネ毛は、友達よりも大切なものはないと教える為に私に宿った神様のお告毛おつげなのかもしれない。

いただいたお気持ちはたのしそうなことに遣わせていただきます