女子高生の私と最後の展覧会



私の所属していた芸術コースは3年生の冬に卒業展覧会、通称「卒展」を行っていた。

市の運営する美術館の小さなホールを貸し切り、3年間の集大成となった作品の数々を一般のお客さんにも見ていただける事からかなり力が入っていた。
卒展はほとんど生徒の手によって創り上げられていく。パンフレットやDM、ポスターのデザインはデザイン部が担当し、私は看板の製作とポスターやDMを地域のお店に持ち込んで掲示してもらえないかと交渉する係になった。

先輩たちが素晴らしい作品を携え華々しく開催した憧れの卒展を、今度は自分たちの手で作り上げていく番になったのだ。みんなのやる気は最高潮で、毎日作品作りのかたわら何かしら準備のための業務に勤しんでいた。

私はというと、卒展ができる喜びよりも楽しかった学生生活の風呂敷を畳んでいく寂しさの方が大きかった。卒展は楽しみだったが、やらなければならない準備が一つ、また一つと終わっていくたびに達成感とは言い難い物悲しい気持ちになっていった。
私の気持ちとは裏腹に全ての準備は計画通り終了し、学校には作品を運搬する為の大きなトラックが到着した。

「誰だこんな重いの作ったの!」

「すまん!!!!わたし!!!」

軽口を叩きながらみんなで協力して続々と詰め込んでいく。トラックはみんなの3年間を捧げた作品たちでいっぱいになり、運転手さんにお願いしますと頭を下げた後はどうか破損しませんようにと願いながら見送った。

『あ、展覧会のたびにやっていたこの搬入作業もこれで最後なんだ』

今後は全ての作業に「最後」の枕詞がついてしまうのだと思うと今まで味わったことのないような寂しさが込み上げた。


からっぽの会場に次々と作品達を飾っていき、いよいよ卒展の初日を迎えた。
まだ大学受験を控えている友達もたくさんいた為交代で会場に入り、手の空いた人たちで受付や作品案内の係になった。テレビの宣伝の効果もあり、最初はお客さんも大勢きてくれたのでてんやわんやの大忙しだったが、次第に客足が減っていったので私は焦りを感じ始めた。美術館といえど私たちの会場は入り口からかなり離れた別館のホールだった為、非常にアクセスが悪かったのだ。

みんなの作品を1人でも多くの人に見てもらいたい。私は居ても立っても居られずフレームに入れたポスターとDMの束を持って美術館の入り口に向かった。ここなら人が多く通る。会場の案内を載せたDMを渡せば、わかりにくい別館のホールの存在にも気付いてもらえると思ったからだ。


美術館に入っていくお客さんに挨拶をし、DMを手渡す。

「こんにちは。別館のホールで卒業展覧会をやっています、ぜひ見に来てください」

へぇとDMを受け取ってくれる人もいれば、全然興味がなさそうな人もいた。世界的に有名な画家の展覧会が同時に開催されていたので、わざわざ高校生の作品など見ようと思う人は少ないだろうから無理もない。

それでも私はどうしてもみんなの作品を見て欲しかった。この3年間はとても楽しかったが、作品作りに向き合う毎日は楽しいことばかりではなかった。作品製作は自分自身との戦いでとても孤独だ。思うようにいかず悔しくて涙する時もあったし、もう絵を描くのを辞めたいと筆を折りそうになった友人の姿を見た事もあった。今卒展の会場にあるのはそんな3年間の中で起きたあらゆる困難を乗り越えて作り創り上げた、大切な作品なのだ。

その時、美術館から出て行こうとする20代くらいの若いカップルと目があった。彼女は彼氏と思わしき男性の腕にすがるように抱きついている。凍えそうな冬の寒さが吹き飛ぶラブラブっぷりだ。邪魔したら悪いし、こんな人たちは作品を見に来てくれるはずないだろうと思い声をかけるのを躊躇ったが、恐る恐るDMを差し出してみると男性の方がサッと受け取ってくれた。

「どこでやってるの?」

「ここからずっと歩いた奥のホールです」

私が男性にそう答えると、彼女の方は早く帰りたそうな雰囲気で

「えー、見にいくの?」

と頬を膨らませた。
男性は彼女の様子を宥めながら、

「いいじゃん、行ってみよ。これありがとう」

と言って私の渡したDMをヒラヒラさせながら卒展会場の方へ歩いて行ってくれた。
その後、1時間ほど経っただろうか。先程のカップルがまた出口へとやって来た。
彼女は「疲れた〜」と言いながら彼氏のコートの裾を摘んでいる。男性は私のところにやってきて

「作品展すごく良かった。特にヤマカワさんの絵が、遠くから見るのと近くで見るのとじゃ全然違う作品に見えて感動した、ありがとう」

と言った。彼の言うヤマカワさんとは、別のエッセイでも登場したフランキーの事だ。私は嬉しくて飛び上がりそうになる気持ちを堪えながら

「私もその絵がだいすきです」

そう言って、ご来場いただきありがとうございましたと頭を下げて見送った。今すぐフランキーに教えなくちゃ、私は友人にその場を任せ、走りたくなる気持ちを抑えながら短い足を全速力で動かして卒展会場へ向かった。そして中で案内をしているフランキーのところへ行って、今出会ったお客さんとのやり取りを全て話した。
フランキーはとても喜んでくれて、その姿を見た私もとても嬉しくて「良かったね、良かったね」と2人でその喜びを何度も噛み締めた。

友人達が続々とDM配りに協力してくれるようになり、卒展の来場数も伸びて行った。最終日には歴代の総来場者数を上回るお客さんが来てくれ、私たちの3年間は盛大に祝われながら幕を閉じた。

ホールに所狭しと並んだ作品達を梱包し、それぞれの自宅へ持ち帰る準備を進めていく。賑やかだった会場は元のがらんとした静かな空間に戻った。
何故か私はこの時の空っぽの会場に心を奪われた。
全部が終わったらきっとすごく寂しいだろうと思ったのに、まだそこに何かがあるような不思議な気持ちになった。その不思議な気持ちが心地よくて、私は先生に追い出されるギリギリまで、ただただその空っぽの会場を眺めていた。


受験に卒展にと激動の冬が終わり、春が来た。
毎日一緒に過ごしていた友人とも、それぞれの進路に向かって別の道を歩んで今に至る。
様々な形で目にする同級生の活躍は、あの頃と変わらず未だに自分のことのように嬉しい。



一生忘れないと誓った何気ない日々の思い出も、この10年の間で大半を忘れてしまった。これからも忘れていく一方で、あの頃の思い出が増える事はもう2度とないのだと思うと、私が過ごした時間がどれほど尊いものだったかを思い知らされる。

きっとあの時の私は空っぽの会場の中に3年間の思い出を一つずつ飾っていたのだろうと思う。だからこそ絶対に忘れたくない思い出は、今もこうしてはっきりと覚えている。
それらは美術館に飾って多くの誰かに見てもらいたいような、自分だけがこっそり楽しみたいような、矛盾する贅沢な悩みがいっぱいに詰まった、私の青春という名の作品なのかもしれない。

いただいたお気持ちはたのしそうなことに遣わせていただきます