ポニョポニョゲーム
私が構って欲しい時に限ってオットは小忙しそうにしている。これが夫婦のすれ違いというやつだ。
それはオットも同じで、私が忙しい時に限って構って欲しがる。1日の大半は暇でゴロゴロしているのに、よりによって家事をしたりエッセイを書いたりしている時にあえてちょっかいを掛けてくるのだ。
その面倒臭さは五臓六腑に染みて分かっているのだが、分かっているからこそ同じように邪魔してやりたいと思う所に私の性格の悪さが滲み出ている。
iPadで大好きな読書に勤しむオットの尻を突きながら「ねぇいっしょに遊んでよ〜」と誘いをかける。オットは眉間にシワを寄せながら鬱陶しそうに私の手をペチンと弾いた。こんな事で挫けるわたしではない、今度は具体的に誘う。
「Switchをしておくれよ〜あたしゃマリオパーティがしたいんだよ〜〜、一緒にコインを荒稼ぎして巨万の富を築こうよぅ〜」
「…………」
だめだ、全く相手にされない。かわいい妻がこんなにいじらしくおねだりしていると言うのに響かないとは。よっぽど集中しているらしい。
こうなったら何としてでもオットの興味関心を引くしかない。もはや妻としての意地である。
「ポニョポニョゲーーーーーーーーム!!!!」
私は叫んだ。
聞き慣れない言葉にオットがピクッと反応を示すのを私は見逃さなかった。オットはこういう意味のわからない単語が3度の飯より大好きなのだ。
このまま畳み掛ける。
「ポニョポニョゲームとは、崖の上のポニョのテーマソングに合わせて歌っていく山手線ゲームの一種です。正しい歌が『ポーニョ ポーニョポニョ、さかなの子♪』であるように、最後が『〜こ』で終わる単語を順番に言っていきます。自分の番に思いつかなかったら負けです」
たった今、3秒で考えた完全に思いつきのゲームをあたかも昔から何度も遊ばれている王道のゲームのように説明する。オットはこの時点でiPadを置き、私の話を真剣に聞いていた。なんとチョロい男なのだ。
「例としては『ポーニョポーニョポニョ、かずのこ♪』『ポーニョポーニョポニョ、明太子♪』等です。なお今挙げた2つは次のゲーム内での使用を禁止とします、他のを考えてください。」
狂ったゲームマスターによる無慈悲な解説にアチャーと頭を抱えながら「かずのこと明太子はもう使えんのか〜」と素直に受け入れるオット。アンタと結婚して良かったよ。
「先番はエムコからです。それでは第1回ポニョポニョゲームスタート!ポーニョポーニョポニョ、たらこ♪」
「えっと…ポーニョポーニョポニョ、じゃがりこ♪」
オットはもうノリノリである。こうなったらこっちの物、私と一緒に大海原を駆け抜けようではないか。
「ポーニョポーニョポニョ、貯金箱♪」
「ポーニョポーニョポニョ、小野妹子♪」
「ポーニョポーニョポニョ、サンフランシスコ♪」
「ポーニョポーニョポニョ…ア〜ッ!きなこ!」
苦しんでる、苦しんでいるぞ。オットがこんなにくだらないゲームを、真剣に取り組みながら苦しんでいる!あっぱれ!私は愉快で愉快でヘソで沸かした茶が大爆発しそうになりながらも、平然を装って続けた。
「ポーニョポーニョポニョ、インコ♪」
「あーーー!!インコ取られた!!!えーと、ポーニョポーニョポニョ、太鼓♪」
そろそろ限界が近いようだ。
「ポーニョポーニョポニョ、ちゃんちゃんこ♪」
「ポーニョポーニョポニョ……ポーニョポニョポニョ…あーダメだ〜!」
オットはポニョポニョと力なく呟きながら敗北した。私の勝ちだ。いや、勝ち負けなんかどうでも良い。私はオットが遊んでくれた事に満たされたのだ。そしてそれと同時に、私の考えた下らないゲームが、オットの愛する読書に勝ったという事が誇らしかった。これぞまさに、私のくだらないクリエイトが産んだ勝利なのだ。
「ガハハ、まだまだ修行が足りんな。オットがど〜〜〜〜してもと言うならポニョポニョゲーム、もう一回してやらんでもないぞ」
これ以上ない高みから見下ろし、オットに声を掛ける。
すると先程まで爛々と輝いていたオットの目からスッと光が消えるのが分かった。
まずい、奴は正気に戻ろうとしている。
「じゃあ第2回戦はオットからね!」
慌て次へと繋げようとするも、
「いや、もうエムコとは遊ばん。ポニョポニョゲームはおしまい」
そう言ってオットは置いていたiPadを手を取り、再び読書を始めてしまった。私は四肢をちぎれんばかりに動かして駄々をこねたが、オットが再びポニョポニョゲームをしてくれる事はなかった。
次にオットの邪魔をする際はポニョポニョゲーム以上のセンスとアイデアが求められる。
私はオットの興味関心を我が物にするため、上がりゆくハードルを乗り越えようと今日もスカスカな脳みそを間違った方向に絞るのだった。
いただいたお気持ちはたのしそうなことに遣わせていただきます