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女子高生の私の最も無駄で価値のある200円の使い方




今や誰もが高性能なスマホを持ち、高画質な写真や動画を思いのままに加工して楽しんでいるが、私の学生時代は携帯といえばガラケーだった。

カメラの機能はついているものの今のスマホと比べたら画質はバッスバス。更にインカメ(自撮りに適した内側のカメラ)はここぞという時に不調で起動すらしない事も珍しくなく、我々はガラケーの奔放っぷりに翻弄されたものである。
キラキラのスタンプをどれだけ押しても足りない煌めきに満ちた高校生活の思い出を残すには、ガラケーのバスバスの画質ではとてもじゃないが画素が足りないのだ。

校則で眉毛の手入れすら許されない惨めな私たちの姿をとびきり可愛く残してくれる魔法の機械。
そうまさに、プリクラこそ私たちの桃源郷だった。

『自分ってもしかしたら可愛い…?益若つばさちゃんみたい…??』 

そんな甘い夢のような錯覚を見せてくれるプリクラ。
それは私の学生時代、友達と遊ぶたびに「ちょっと一枚撮ってくか」と立ち寄る、サラリーマンの喫煙所みたいな存在だったのだ。


プリクラの撮影は1回400円。バイトも出来ないお小遣い制の学生にとっては贅沢品と呼ばれても仕方ないかもしれない。しかし友達と一緒に撮影することで一人当たりの単価は下がる。100円、もしくは200円で思い出を残せる上、世に名を連ねるトップモデル並みに可愛くなれる気がするのだから安いものだ。

機種によって機能が大きく異なるのもプリクラの面白いところである。肌をきれいに見せるのに特化しているものもあればとにかくデカ目にこだわり、目を感知して勝手にまつげを生やしてくれる優れものもあった。因数分解もできないくせに目のデカさ=かわいさという方程式は理解している我々も、こぞってデカ目にしてくれる機種に並んだ。

ある日、私と友人が2人で当時大人気だったまつげの感知機能のあるプリクラの機種に並んでいる最中。友人が雷に打たれたかのように何かを閃き、真剣に私に語った。要約するとこうである。

「プリクラが目を感知してまつげを生やしてくれるなら、鼻の穴を目と勘違いするように撮影したら、鼻の穴にもまつげを生やすことができるのではないか」

彼女の突然の推理に驚きを隠せなかったが、私はすぐに返事をした。


「やろう」


文明の利器を欺く女子高生の戦いが今、始まった。


『モードを選んでねッ♪』

プリクラ機に入るなり、録音されたギャルのキャピキャピした声が響く。その声に導かれるままよどみない手捌きで撮影モードを選択していく。
選ぶのは翼のようなふさふさのまつげを生やしてくれる“激盛れデカ目モード”、これしかない。


『さぁ最初のポーズだよ♪2人で仲仔のハートを作っちゃおッ』

目の前の画面には可愛いモデルが2人、手と手を合わせてハートマークを作っているが我々はそれには目もくれず、画面に近づいて腰を低く落とし、思い切り顔を後ろに反らせた。そのまま大きく膨らませた鼻の穴をカメラに近づける。

『さーん、にーい、いーち♪パシャッ 』

撮影が終わるなり今の出来を素早く確認する。
だめだ、ただ顔を反らせた自分たちの顎が映っただけだった。

「クソッ!!」

やり場のない怒りに震える私たちを無視し、狭い台の中でギャルの声が響く。

『サイコ〜!』

何が最高なものか。



「もっと近づかなきゃだめなんかもしれん」

「このアングルじゃ鼻の穴が見えない、せめてここでこうして…」

『さぁ次のポーズだよッ♪ピース&ピース!カッコよくキメちゃおッ』


無慈悲にもサクサク進んでいく撮影。ギャルの音声に急かされ軌道修正する時間はほんの数秒しか与えられない。そんな極限状態のなか、前回の反省を踏まえてできる限りの高みを目指す。

『さーん、に〜い、いちっ♪パシャッ』

鼻の穴を最大まで広げ、今度はかなり近づいてみた。だめだ。近付きすぎてこれでは何が何だか分からない。鼻の穴を上手いことカメラに映すのは、その道を極めた者でなければ成せぬ至難の業であると痛感する。

その後も近付いたり離れたり、顔を反らせる角度を微調整しながら撮影を続けたが期待する成果は得られなかった。

『うんうんそのチョーシ!』

トライアンドエラーを繰り返しながらも間違いなく鼻まつ毛に近づいている。ギャルはそんな我々を見守ってくれている気がした。

『次が最後だヨ!さいっっっこ〜の笑顔で、ハイ!ポーズ⭐︎』


ここまでやれる事はやった、もう後悔はない。
私たちは互いの努力を讃えながら、今まで得た反省点を全てぶつけ最後の撮影に臨んだ。

パシャッ

切ないほどにキレのいいシャッターの音が、私たちの戦いの幕を閉じた。反らせた首と腰の痛みを和らげようと手でさする。

「………え、エムコ!すごい!すごいよ!!」

画面を覗き込む友人の興奮する声にハッとした私も、慌ててちいさな液晶に目をやった。

ふわり

私のデカい鼻の穴に、豊かなまつげが花開いていた。




ーー無謀と思われた戦い。

誰しもが私たちの挑戦を鼻で笑うだろう。
だがこの世を変えてきた歴史上に名を残す偉人は皆、後ろ指を指されながらも挑戦を続けてきた者たちなのだ。
歴史を変えるのは天才じゃない。例え周りに笑われようとも自分の信念を貫き通す、馬鹿みたいに真面目な馬鹿野郎こそが、歴史を変えてきたのだ。


こんなことにお小遣いの200円を使ったと言ったら間違いなく親は「この馬鹿娘が」と涙を流すに違いない。
しかしあの時の200円には、200円以上の価値があったと私は思う。あの200円は、奇しくもその後“くだらない”と呼ばれる事に全力投球する人生を歩む事になる私の、一番最初の投資だったのかもしれない。

プリクラに映る、鼻の穴にふわりと乗ったふさふさのまつげが、未来の私のあるべき姿を教えてくれたような気がした。

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