さよなら新庄剛志、「さよならプロ野球」を言う前に

 新庄剛志、48歳のNPB再挑戦が終わった。12月7日、神宮球場で開催されたNPB合同トライアウトに参加し、第4打席目にレフト前のタイムリー安打を放った。新庄剛志は「オファーを待つ期限は6日間。オファーがなければ野球はきっぱりやめる」と語った。しかし、その期限までにNPB12球団からオファーはなかった。12月13日の午後、新庄本人はSNSで、この1年をかけてやってきた自らの野球へのチャレンジが終わったこと、「悔いはない」こと、そしてこれまでの応援に対する感謝を述べた。

 新庄の挑戦に対して、世間では当初、冷ややかな反応ばかりだった。テレビのバラエティ番組で、派手ないでたちの新庄剛志自身が放つ、あの「新庄節」が放送されると、それを見た視聴者はSNSで「無理に決まっている」「どうせ目立ちたがりの話題づくり」と。だが、トライアウトで「結果」を見せつけられると、一気に新庄剛志を味方する声、賞賛する声が大きくなっていった。「48歳ですごい」「新庄を見たい」「客を呼べる」「ファンサービスでも若手の手本になれる」「選手兼任コーチで獲得すればいい」「育成契約ならリスクはない」「どこか獲得する球団はないのか?」「AやB(チーム名)だったら、獲得はありえる」「X(チーム名)はY(選手名)を残すのに、新庄を獲得しないのは矛盾する」
 図らずも、NPB現役の人気選手の残留、移籍のニュースよりもはるかに注目を集めてしまったのである。
 NPB12球団が新庄の獲得を見送った理由は何だろうか。いや、新庄を獲らない理由はいくらでもある。「トライアウトで新庄が48歳にしては動けるのはわかったが、シーズン1年通して、活躍は無理」「いまだに人気があるのはわかったが、客寄せパンダとして選手を獲得するわけにはいかない」「育成契約でといっても、新庄のために、若手から貴重な枠を奪うことは現実的でない」
 だが、TwitterやSNSを通して、野球ファンや一般の人々の反応を見ていると、
「新庄を獲ったら面白いのに」、「なぜ、新庄を獲らない」から、「新庄を獲らないようないまのプロ野球はつまらない」に論調が変わっていったような気がしてならない。
 確かに48歳の、本気だか話題づくりだかなんだかわからない新庄の挑戦に振り回されるのは、NPBの各球団としてはありがた迷惑だったかもしれない。
 しかし、いま日本のプロ野球は本当に面白いといえるのだろうか?


 近年、日本のプロ野球の人気は、観客動員数だけ見れば、うなぎ上りで、2005年に実数が公表されるようになって以降、2019年のシーズンには過去最高となる2653万人を記録している。ここ数年、各チームはかつてないほどファンサービスにも力を入れるようになった。プロ野球チームの春季キャンプにはたくさんのファンが詰めかけるようになり、〇〇スタジアムはチケットが獲れない、という声も聞かれるようになった。一時は、ホークスの王貞治会長が、NPBの球団拡張案まで口にするほどだった。
 ところが、新型コロナウイルスが全てを変えた。NPBのシーズン開幕は6月19日と大幅に遅れた上に、7月10日までは無観客試合を余儀なくされた。しかも、収容可能な観客動員数は通常より大幅に削減された。交流戦も、オールスターも中止になった。クライマックスシリーズもセ・リーグは中止、パ・リーグはリーグ1位と2位の戦いだけとなった。
 NPBの一部の球団では選手・スタッフに新型コロナウイルスの感染者を出したが、それでも関係者の奮闘もあり、日本シリーズまで無事、開催された。野球ファンは野球をできる喜びをかみしめた。選手たちも、大歓声の応援のありがたさを知った。そんなシーズンだった。
 しかし、シーズン終盤、観客動員数の上限が緩和されたにもかかわらず、どの球場も上限いっぱいの観客を動員できていなかった。空席が目立つ球場も多かった。様々な要因が考えられるだろうが、来シーズンにさらなる不安を残す結果となった。
日本シリーズは2年連続で、ホークスがジャイアンツを下した。しかも4連勝。SNSでは、ホークスの強さに対する驚嘆、セ・リーグとパ・リーグの戦力格差を嘆く声が渦巻いた。
 そして、シーズンオフに突入すると、48歳の新庄剛志が合同トライアウトに挑戦するというニュースは日に日に、耳目を集めるようになった。
合同トライアウト当日、観客不在の神宮球場で、関係者だけに見守られながら、新庄は練習から守備でも軽快な動きを見せ、最終打席では見事、タイムリーヒットを打ってみせた。そのシーンはスポーツニュースでも繰り返し、繰り返し、放映された。SNSでも拡散された。
野球ファンたちは色めきたった。現役時代の新庄剛志を知らない若い野球ファン、いや、普段、野球に興味のない人たちにも、48歳の新庄剛志の挑戦は心を打つものがあった。
 「NPBで新庄がもう一度、プレーする姿を見てみたい」
 これが偽らざる声となった。

 いま、日本の野球界は岐路に立っている。野球人口は減少している。中学校の部活で、軟式野球部員は2006年には約30万人いたが、2016年には約19万人まで減少している。実に10年間で40%も減少しているのである。同じ期間で比較すると、サッカー部の部員数は22万人から23万人と、ほぼ横ばいであるので、野球人口の減少は少子化だけでは説明できない。親が子供に野球をやらせてたくても、子供たちが野球を楽しみたくても、都会ではその場所がない。少年野球チームに所属させるのは、特に母親の負担が重いと言われている。野球が気軽に楽しめるスポーツではなくなっているかもしれないのだ。
 これは野球界にとってボディブローのように効いてくるはずだ。いまのプロ野球人気を支えているのは、球場に足しげく通うリピーターの野球ファンである。皮肉にも、一部を除いて、サラリーマンが仕事帰りにふらっと野球場に寄って、観戦することは難しくなった。地上波テレビで、NPBの試合中継が流れることは激減し、BS放送がせいぜいである。無料で視聴できるテレビで野球中継にアクセスできないということは、野球に興味のない人を引きずり込むことが難しくなったことを意味する。CS放送やケーブルテレビなどの有料放送やDAZNに毎月、安くないお金を払うことができる好事家以外、プロ野球に接する機会は減っているのだ。そこに、大物選手が相次いで、米国メジャーに流出する。
 「去る者は日々に疎し」どんなすごい選手であっても、アスリートであっても、ファンの視界から消えれば、スターとはいいがたくなる。子供たちにとっては、プロ野球選手より、毎日、スマホで目にするYoutuberのほうがより身近な夢なのである。

 プロ野球関係者、とりわけ、NPBの関係者や球団関係者はこの事実をどこまで深く受け止めているのだろうか。僕は、NPB12球団、いやプロ・アマを超えて野球界が野球振興に注力しなければ、野球という競技の地盤沈下は避けられないと思う。
 「新庄劇場」の再びの夢は潰えた。それは誰のせいでもないかもしれない。だが、いまNPBが面白くなくなってきているとすれば、それは紛れもなく、NPBのチームや関係者の責任である。このコロナ禍で、経営が苦しくなっているのに酷な言い方かもしれないが、それは一部を除いてどの業界も同じである。
 近年、経済紙でも紙面に「スポーツビジネス」という文字が躍るようになり、プロスポーツのチーム運営を収益の上がるビジネスとしてとらえる動きがより活発化してきた。プロスポーツのチーム運営を単なる企業の広告宣伝やブランディングのツールとしてではなく、採算が取れるビジネスとして視線が注がれるようになってきたのだ。
 そんな中、「ファンあってのプロ野球」-選手、監督、NPB関係者が口にする言葉に偽りはないのかもしれないが、それをより真摯な行動に移す必要があるのではないか。新庄剛志はNPBの「スター不在」を浮き彫りにしたのかもしれない。ただ、野球がうまい人間たちが野球好きの人間たちの前でプレーを披露するだけでは、一般の人間にとって「エンタテインメント」として、もはや物足りないのである。


 新庄剛志のNPB再挑戦は、本人が意図したかどうかは別として、日本プロ野球のエンタテインメント性の欠如に一石を投じた、警鐘を鳴らした「事件」だと思う。新庄剛志がトライアウトで放った輝きに負けないほどの輝きを、来シーズン、NPBの選手たちもまた見せてほしい。

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