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子宮筋腫 開腹手術の記録 【術後の入院生活①】

8月に受けた子宮筋腫の開腹手術についての記録、今回は術後の入院生活についてを綴っていきたいと思います。
これまで子宮筋腫に関わる記事を複数書いています。
よろしければ、ぜひ他の記事もご覧ください。

▼ 子宮筋腫を見つけるまでの経緯

▼入院直前から手術までの記録
(私が作成した入院準備リストは、こちらからダウンロードできます。)

▼手術当日の記録

8/29 情報過多と空腹の術後1日目

術後初の夜はなかなか眠れず、ようやく眠れたのが2時頃だったにもかかわらず、自然に6時頃に目が覚めました。

腹部は昨日切り立てホヤホヤなので、目が覚めても起き上がることがまず困難ということもあり、ベッド上でスマホを片手で触ったりぼんやりと過ごしていました。

8時ごろになると、病室の外からワゴンを走らせる音が聞こえてきて、察しました。

これは・・・

朝ごはんの時間!?

そういえば手術当日(昨日)は24時間何も食べていないどころか、最後に食べたご飯といえば手術前日の夕方6時ごろ・・・
この時点で30時間以上何も食べられていない事実に衝撃。

廊下からほのかに漂ってくる朝ごはんのにおいの誘惑に、お腹がなって仕方がありません
それでも、一番衝撃だったのは「術後初の食事が解禁になるのがこの日の夕食から」という受け入れ難い事実なのでした・・・

11時ごろに部屋に看護師さんがきて、パルスオキシメーターや点滴、心電図、フットポンプ、そして尿管が外れ、体を拭きました。

この装備が外された時の快感といったら、いまだに忘れられません。
フットポンプがまず拘束具のように重たく感じるし、尿管はおそらく男性よりは違和感はないにしても多少の不自由があったり、そして個人的にとても不快感があったのが親指につけられたパルスオキシメーターでした。

術後すぐの眠れない夜には、親指がとても重く感じ、次第に頭が痛くなったりと騒ぎ出したくなるほどの不快感で、浅い眠りの半ばで寝ぼけて取ってしまっていたほどでした・・・

のちのち看護師さんが気づいて、「外れちゃってるので付けときますね」と人差し指につけ直してくれたのですが、人差し指になってからはだいぶ軽減されました。
(理由は謎ですが、人によってストレスを感じやすい指があるのかもしれません。)

まずフットポンプやパルスオキシメーターが取れて、重くのしかかっていたストレスから一つ解放され、慎重に手首の点滴を取ってもらい、そのまま2人の看護師さんによって素早く身の回りの装置が外されていき、心電図を外したら、尿管もドキドキする間もなくあっさり外されました・・・!
尿管を外す際は少し気持ち悪さはありましたが、全て一気に装置が外れた快感に勝るものはありませんでした。

ちなみに、前回の記事に書いてあるように私の場合は硬膜外麻酔なしでの手術であったために、この時点で全ての機器が外されました。
当初は硬膜外麻酔を使用する予定で、その場合の予定表には「術後3日目に背中の麻酔が抜ける」との説明がされていたので、使用する麻酔によってタイミングに違いは出てくると思います。

「硬膜外麻酔なし」と聞くと、「痛みがありそうで怖い」と思われる方も多いと思いますが、私の場合は傷も痛まず熱もほとんど出なかった上に、術後1日で全ての装置が外されたので、麻酔科の先生方には良い判断をしてもらえたと思い感謝しています。

装置が外れた後は、ベッドから個室内のトイレまで歩いて、術後初の自力トイレ。
初のトイレは血圧が下がって倒れてしまう場合があるとのことで、看護師さんにドアの外で待ってもらいながら無事終えました。

お昼過ぎに主治医の先生の回診で、昨日のことはあまり覚えてないだろうと手術中のことを説明してくれました。
続いて麻酔科の先生がきて、「大発作で大変だった」と説明され、「長く喘息と付き合っている患者さんは、自分の喘息に慣れてしまっていることが多いから気をつけるように」と言われ、私の無意識下での事態の大きさを察しました。

4時ごろ、また部屋にノックの音。
呼吸器内科の先生(昨日とは別の先生)が様子を見にきてくれました。
食物アレルギーのことを聞かれ、以前に豆乳飲料に反応があって耳鼻科を受診し、その際に受けたアレルギーテストで豆乳由来の食物アレルギー(Glym4)が判明したことを説明しました。

麻酔後に発作が起きた原因はまだ不明だったそうで、この段階では呼吸器内科の先生の話の中では、
「アレルギーが起因しいるとすれば、プロポフォールという麻酔薬かもしれない」とのことでした。

しかし、翌日に麻酔科の先生の安全性への最大の配慮でプロポフォールは使用していなかったことが分かったそうで、
最終的には、喉に管を通した際の刺激で発作が起きてしまったのではないかという結論に達しました。

何はともあれ、喘息については治療も予防も重要で、退院後もしっかり治すことが必要なので今後も定期的に通院して、自分にあった薬を使用するようにとの指導を受けました。



そして夕方18時。

待ちに待った食事!

なんと48時間ぶりの食事です・・・!

五分粥とミートローフ、お豆腐の味噌焼きとすまし汁。

事前に読んだ同じ手術を受けた方々の体験記では「術後すぐは熱や吐き気で食事も少ししか食べられない」というケースが多かったので、私もそうなのかと身構えていましたが・・・

ぺろりと平らげました。

特にミートローフのお肉の味や、お豆腐の味噌などのしっかり味のついたものを口にした瞬間は唾液がじわりと溢れてきて、感動ものでした。
久々の食事は本当に美味しくて、思わず一人で「美味しい」と呟きながらゆっくりと味わい、喜びとありがたさを実感しました。

ちなみに、私の入院した個室にはお見舞いにきた人が座れるようなソファーと机があり、食事はそこでとっていました。
ベッドで食事も済ませていると、「いかにも自分は病人なんだ」と必要以上に思ってしまいそうで、せっかく広い個室なのだから少しでも体を動かそうと思ったからです。
おかげで術後すぐでも少しずつ歩けるようになったり、体の楽な姿勢の保ち方がなんとなく分かるようになっていました。

それでも就寝時は、自由に体勢を変えてゴロゴロしたり、寝返りを打ったり、腹筋を使って起き上がったりという、お腹を切る前まで何でもなかったことができないので、リラックスもできずに体の痛みに耐えていました。

この日も看護師さんにお願いして痛み止めをもらって眠りにつきました。

8/30 シャワー解禁と徘徊の術後2日目

2日目にしてシャワーが解禁になりました。

これまで、トイレの際などに傷口が見えるのが怖くて恐る恐る目線をやっていましたが、シャワーとなるとがっつりご対面・・・

▼ 看護師さんや、Twitterでいただいた、以下のアドバイスを参考にしました。

⚫︎ しゃがみ込まず、立ったまま
⚫︎ 傷口に直接シャワーを当てず、伝わせるように水を流す
⚫︎ 泡立てたボディソープでホワっと優しく撫でるように傷口を洗う

人や経過によっては、もう数日遅いタイミングだったり、傷口を保護して入浴したり、看護師さんの介助があったりとさまざまだと思いますが、私の場合は傷丸出し&放任一人シャワー。

ドキドキしながら、じっくり時間をかけてアドバイス通りに体を洗いましたが、しみたり痛んだりということもありませんでした。
私の場合は経過も良かったのか、「案外一人でできることもどんどん増えてくるし、自立応援スタイルの病院で良かったなあ」と思いました。

ちなみに、心電図をつけていた胸元に強力な粘着が残っていたので、シャワーの際は見落としのないよう・・・
私はあろうことか退院日までかすかに粘着が残っていました・・・



そしてお昼12時、昼食。

この日はタンドリーチキンが出ました。

鶏肉が大好きな私は一人でテンション爆上がり。
入院食でタンドリーチキンやポトフが食べられるなんて思っていなかったし、サラダの器は鮮やかなイエローでとっても可愛い!

感動しながらモリモリと食べていき、あっという間の完食でした。

お昼過ぎ、私は病室を出られず顔を合わせることはできませんでしたが、両親が着替えの荷物を届けにきてくれました。

すると、荷物の中から嬉しい絵はがきが・・・

私の祖母も過去に子宮筋腫の手術を受けたことがあり、その事実にどこか心強さを感じていました。
認知症があるため、一度話したことが記憶から抜け落ちてしまうことは日常生活で多々ありましたが、私の手術のことは覚えていてくれたようでした。
それが本当に嬉しかったです。

思いがけず元気をもらったおけげか不思議と体も軽やかで、この勢いでたくさん動き回りました。
手術後は「腸閉塞防止のためたくさん歩くように」と言われながらも、まだ病室外の歩行は許可されていなかったので、この日は病室内を不必要に徘徊し、スマホの歩数計の記録は1010歩でした。

また、この日はベッドに上がる際のコツを掴みました。
リクライニングを上げた状態で、できるだけ背もたれの近くに腰掛けてから以下の要領で足を上げると、お腹に負担がかかりにくくてだいぶ楽でした。

1. ベッドの横から腰掛けて、近い方の足をベッドのヘリに乗せる


2. もう片方の足もヘリに乗せる

3. 近い方の足を曲げてベッドに乗せる
 もう片方も同じ方向に曲げてベッドに乗せる

このままゆっくりと背もたれに腰掛けて(腰の部分にクッションや枕があるとより楽◎)、リクライニングを下げればOK!

術後しばらくは体の痛みにも慣れず、シャワーからベッドへの上がり方まで普段簡単にこなしてきたことでも上手くできなかったり時間がかかったりもしましたが、この日に自分なりのコツやベストな方法を見つけたことで、前向きな気持ちでこの後の入院生活を送ることができました。

8/31 喘息との付き合い方を考えた術後3日目

朝9時ごろ、産婦人科の先生の回診。
傷口も綺麗で問題なし、体調の確認と、今後毎日しっかり歩くようにとの指導を受けました。

そのあと呼吸器内科の先生が様子を見にきてくれて、この先生からも術中の発作の原因は使用した麻酔薬ではなく、喉に挿管したこと自体の刺激だという見解を伝えられました。

私は小児から長きに渡って喘息と付き合ってきた「慣れ」のせいか、楽観的に考えてきてしまったけれど、喘息のしかも大発作となると生命にかかわるリスクがあったということを改めて先生の話で認識して、ここにきてようやく喘息の恐ろしさや今後の予防治療・通院の重要性を実感しました。

また、私は今回の開腹での手術を受けたことで、今後妊娠し出産するときにはこの手術でできた傷痕の箇所を使っての帝王切開になるとのことを産婦人科の主治医より聞いていました。
なので、ふと浮かんだ「今後もし、帝王切開で出産するときにも喘息の発作が起こる可能性も高いのか?」という不安をその場で呼吸器内科の先生へ確認すると、「出産時は部分麻酔だから大丈夫」とのこと。
それでも、妊娠中の喘息はもちろん危険なので、これを機にしっかり予防の習慣をつけて今のうちから少しでも将来の危険を取り払っていこうと決心したのでした。

この日は、自分の体のことをあれこれ考えたり反省もありましたが、食欲はMAXで3食全て完食していました。

この日の食事ラインナップです。

▼朝食

見た目はだいぶ渋いですが、初めて食べた信田煮(油揚げの中にひき肉が入ってました)が、入院中の体に染みる美味しさでした。

▼昼食

お魚!揚げだし豆腐!
普段自宅であまりお魚を食べていなかったので、ありがたみぺろりと完食。

▼夕食

大根と豚の煮物!涼拌三絲?という春雨サラダに・・・

カンシャオシャーレー??
思わずその場で調べてみたら、干焼蝦仁(カンシャオシャーレン)というエビチリの本場っぽいバージョンのようです。
あまりエビチリ感はなかったのですが、病院で変わった料理が食べられる喜びが大きく、退院後の料理のレパートリーの参考にしたいなあと思いました。


そんなこんなで、3食ありがたく完食していたのと、処方された大建中湯という腸の働きを良くする漢方を毎食前にかかさず飲んでいたおかげか、この日術後初のお通じがありました。

術後の課題は腸閉塞を防止するためによく歩くことで、お腹のガス(おなら)がきちんと抜けてきたり、お通じが来たりすればOK!
私の場合は、当日の術後から静かにゆっくりと空気が抜けているような感覚が何度もあり、ガス抜きは上手くできていたようでした。
(これがなかなか抜けない人の場合は、特に大部屋だと他の人に気を遣ってしまったりと、悩みどころでもあるようです。)

お通じは私もすぐにはこなかったので、「お腹壊したりして、力んで痛んだらどうしよう」と不安でしたが、全く痛むこともなく腸閉塞の不安からも解放されることができました。

▼ 私が気をつけていたポイントです。

⚫︎ 病棟内をできる範囲でよく歩く
  発熱や吐き気がある場合は無理は厳禁です。
⚫︎ 恐れずよく食べる
  栄養バランスの取れた病院食をよく噛んでしっかりと!
⚫︎ 漢方「大建中湯」を忘れず毎食前に飲む
  腸の働きをよくしてくれます。
⚫︎ 水分をたくさん摂取する
  水分が摂れているとスムーズに便が出やすいです。

この日から個室外の歩行を許可されていたので、夕食後にフロア内を何度も往復してこの日はトータル3000歩でした。

主治医の先生や看護師さんからは、漠然と「しっかり歩いてね」程度にしか指示がなかったこともあり、自分で歩数を気にしていないとサボってしまいそうだったので、毎日歩数を記録するようにしていました。

私の場合は開腹手術でしたが、日毎にみるみると体が動かしやすくなっていたので、「今日は昨日より体調がいいから、昨日の歩数+1000歩」など、少しずつハードルを上げて目標を設定してモチベーションを維持するようにしました。
ただ、術後の回復スピードは開腹手術・腹腔鏡手術など術式でも異なりますし、私のように術後ほとんど発熱がない場合・発熱が続く場合などの状況でも大きく開きがあると思いますので、今後手術を受けられる方はくれぐれも無理はされず、あくまで経験談の一例として捉えていただけたらと思います。

✏︎ ... ____ ____ ____ ____ ____

次回は入院生活編②(退院までの記録)です。
マイペースな更新ではありますが、是非続きをお待ちください。


みのるん
▶︎ twitter @mminom1

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