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子宮筋腫 開腹手術の記録 【入院前〜手術前日】

ピーク時9cm近くまで大きくなっていた私の子宮筋腫は、先日記事にしたリュープリン注射での偽閉経治療を経て6月の後半には6cmまで小さくなり、来たる8月28日に開腹手術を受けました。

今回は入院直前から手術前までの記録を綴っていきたいと思います。

▼ 子宮筋腫を見つけるまでの経緯はこちらの記事です。


▼ リュープリンでの偽閉経治療の記録はこちらです。

8/25  手術3日前 自宅を片付ける

今回の手術を受ける病院が実家付近の大きな病院ということもあり、一人暮らしの家を早々に片付けて入院直前と退院直後は実家で過ごすことに。

入院期間9日に加えて前後の期間分、自宅を空けるので気持ちの整理も兼ねてお片付け&大掃除をしました。

開腹手術の予定でお腹を10cmほど切ることがわかっていたので、退院して帰宅したときに不便がないように、以下のようなごく軽い日常の家事を含めて家をあける準備をしました。

⚫︎ 日用品のストックの確認
⚫︎ ハンドソープなどの詰め替えをしておく
⚫︎ 冷蔵庫の中身を長持ちするものだけにする
⚫︎ 冷凍食品やインスタント食品を買い置きする
⚫︎ お腹を圧迫しない普段着を用意する
⚫︎ フリマアプリの出品を一旦停止

意外と小さな家事でもあらかじめ済ませておくことが、退院後の自分を楽にしてくれると思います。

荷物をまとめて、その日の夜に実家へ。
婚約者の彼に車で送ってもらい、彼の車が帰っていくのを見送るときは心細くて泣きそうになるのを必死で堪えてました。

実家で荷物をおろしてからは真っ先に猫に会いました。
お馴染みの可愛い寝顔を見たときは不思議と安心して、緊張や不安などが混ざっていた複雑な気持ちが一瞬緩んだようで涙がぽろぽろ流れてきて、自分でも戸惑ったのを覚えています。

12時過ぎ、彼から電話がありました。
私の不安を察して、私から手術の話に触れる前にこう言ってくれました。

「手術を決めたのは良い決断だったけど、一つ間違ってる。

 今回の手術で自分の価値が落ちると考えるのは違うよ

 傷ができることを特に女性は気にするものだろうし、手術の必要がないのが精神的にも一番だろうけど、今回の手術は将来の出産のため、そのときお腹にいる赤ちゃんや自分の体の安全のためにするものでしょう。

 そのためにできる傷はずっと価値のあるものだよ。

 パートナーの立場からしても、傷があっても何もマイナスにならないどころか、自分の彼女がより魅力的になって戻ってくるって思ってるくらいだよ」

私は実際、今回の開腹手術でお腹に傷がつくことを恐れていて、まっさらな傷のないお腹でいられる最後の記念にと水着を着て写真を撮ったほど。
眠れない夜には、お腹を手でそっと撫でては悲しい気持ちと不安に苛まれていました。

綺麗でいた方が絶対に良いとばかり思っていた私にとって、この言葉はなにより嬉しくて心強くて、手術を乗り越える一番の支えになったのでした。

8/26 手術2日前 入院前最後の1日

ゆっくり朝寝坊をして、お昼は地元でお気に入りのパスタのテイクアウトランチ。

この日は親友の誕生日だったり、彼の親友の一家に赤ちゃんが生まれたとの報告があったり、明るいイベントがなにより嬉しくて励みになったり、好きなアーティストの楽しみにしていたEPがリリースになり、明るく背中を押されるような気持ちで過ごしました。

お昼過ぎからは母に手伝ってもらい、荷物の準備と最終確認をしました。
必要なものについては、あらかじめ手術を経験した方のブログをいくつか読んだり、Twitterでのアドバイスを参考に準備していきましたが、手術や入院生活への漠然とした不安のせいか、あれもこれもと荷物が増えていきました。
この日の準備は入院直前の気苦労もあり、想像以上に疲れました。

手術を終えてしばらく経った今、自分の入院生活を振り返りながら何か記録を残したいという自己満足でnoteを書いていたのですが、これから同じ手術を予定されている方たちへ、何か少しでもお手伝いできたらと思い、「入院準備リスト」をつくってみました。

必要なものを買い揃える際のリストにしてもOK、チェックリストを入れて作成しているので入院直前の荷物まとめにも役立てるかと思います。

▼ 入院準備リスト (全3ページ)

▼ PDF版はこちら。

よろしければご活用ください。
手術前の皆さんの精神的負担が少しでも軽くなれば嬉しいです。

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入院前日のこの夜はリラックスしているつもりでも寝付けませんでした。
ベッドに入ってしばらくしてから下腹部がチクチク痛んだり、、咳込んだり、耳鳴りやトイレが近くなったりと、不思議なくらいあちこちに異変が起きていました。

なんとなく「自分の体も明日何が起こるかを感じ取って、不安がってるのかなあ」と思い、ここまで半年間の治療を一緒に耐えてきた自分の体がたまらなく愛おしく感じました。
数時間は自分の恐怖心を隠すようにお腹を撫でながら、あれこれ考え事をしていましたが、疲れ果てて寝ていたのか、気づけば不安な夜は開けていたのでした。

8/27 手術1日前 入院当日

いよいよ入院当日になりました。
シャワーを浴びてくるようにとの病院の指示があり、お昼前にシャワーで気分転換。
お昼ごはんは母と二人でお寿司を食べ、二人きりでしたが少しだけ豪勢に送り出される気分でした。
飼い猫をひと撫でして、お守り替わりの写真を撮って病院へ向かいました。

病院に着いて、空が高く夏の雲が広がっていたのが良い思い出です。


14時の入院予定の時間に合わせて母と婦人科病棟へ荷物を運びました。
フロアのエントランスに着くと、そこで看護師さんから予想外の説明が・・・
「コロナによる面会禁止のため、荷物の運び込みなどでもご家族は入れない」とのこと。

急遽、今いるエントランスですぐ母とお別れとなり、持ってくれていた荷物を母から受け取った瞬間は、心細さに思わず泣きそうになりました。

自動ドアを通って少し歩いた先のソファで個室への入室待ちをしていても寂しさが堪えられず、母と別れたばかりの自動ドアの方を少し眺めていました。
泣きそうになっていたそのとき、母らしき人影が慌てて戻ってきて、私に渡し忘れた荷物を看護師さんに託しているのを見つけて、たまにうっかりしている母のお茶目さが普段の日常のように感じられて、思わず涙が引っ込んで口元が緩むのを感じました。


病室についてからは、持参した手術の同意書や誓約書、内服薬や入院2週間前からの体温を記録した書類を看護師さんに提出し、病院案内などを見ながら待っていると・・・

全身防護服の看護師さんが登場。
コロナ渦の入院ということもあり抗原検査が行われました。

おなじみのインフルエンザ検査のような長いこより?綿棒?のようなものを左鼻に入れられると、鼻の奥を通過し口へ到達。

喉まで到達した瞬間は、特に抵抗や不快感は全くなくても鼻と同じ側の左の目から涙が出てきて、改めて目鼻口は繋がってるんだなあと実感していました。
以前アナフィラキシーショックの疑いで喉をみてもらった際に経鼻内視鏡を体験したことはあり、ほぼそれと同様のレベルで多少のムズムズや不快感はありつつも、難なく終わりました。

15時になり、下剤を飲みました。
マグコロールという250mlほどのもので、味は「私に恨みを持つ何者かによって、濃く酸っぱく、悪意を込めて調合されたポカリ」といった感じでした。

はじめの一口では「意外と飲める」と思ったのですが、あまりの酸っぱ濃さに震えながら飲み、最後の方は鼻をつまんで追い込みの一気飲みをしました。

▼ マグコロール (下剤)
震えながら飲んだせいで少し溢しました。
あろうことか「量が減ってラッキー」と思ってしまった・・・

入院期間中のトイレの回数や食事の完食度合いを記録するシートがあり、その書き方を教わってからシャワーを浴び、夕食まではほぼ自由時間。
「下剤の効き目は夕食後かなあ」なんて思っていましたが、私の場合は相当な効き目だったのか、シャワー直後からお腹の異変を感じ始めて夕食前にすでに成果を上げていました。良かった。

晩ご飯は品数も多くて満足でした。
白米は量が180gと多めな上に、少しお米が柔らかめで好みの硬さでなかったために、持ってきたふりかけが初日から重宝しました。

ちなみに食後からもずっと下剤が効いていて、この日は疲れるほどにトイレへ駆け込んでいました。
効き過ぎも少し怖いもので、腸が常にぎゅるぎゅると音を立てて活発に動くのを感じ、夜は何度も「これが寝る前最後のトイレ」と思いながらベッドとトイレを往復したのでした。


お腹の異変がようやく一旦落ち着いた、0時過ぎ。
なかなか寝付けずにいると、赤ちゃんの泣き声が病室の外から聞こえてきて、

「そっか、ここは妊婦さんと赤ちゃんもたくさんいて、病院の中で一番希望や未来を感じられる場所でもあるんだ」と実感しました。


私のお腹には赤ちゃんではなく、たまたま子宮筋腫がいるけれど、明日という日を乗り越えることが明るい未来へ繋がる入り口なのだと、この瞬間に一番強く思いました。

この日は思いがけず背中を押されるような嬉しさがあり、午前1時ごろには眠ることができました。

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次回はいよいよ手術〜入院生活編です。
マイペースな更新ではありますが、是非続きをお待ちください。

みのるん
▶︎ twitter @mminom1

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