マガジンのカバー画像

彼女とあの娘と女友達(あいつ)と俺とシリーズ

35
男女の奇妙で複雑な性愛と、料理や食事を絡めた連作短編です。
運営しているクリエイター

#短編小説

言葉が通じない怪獣の送りつける画像はすべて不愉快

 駅から高架に沿ってしばらく歩くと、いきなり視界がひらける。とはいえ、こんどは幅の狭い、掘割のような運河が行く手を遮っていた。そのまま川沿いに歩く、ろくに日も差さない高架とビルの間に比べれば、圧迫感がないだけでもかなりましだったが、潮と湿り気をたっぷりはらんで、おまけにすえたカビのような臭いまでふくんだ生暖かい空気が、ねちねちと体にまとわりつく。  相変わらず嫌な湿気だとぼやきたくなるが、口に出すまもなく橋がみえてきた。  渡ったすぐ先が目的地だが、たもとの掲示板が妙ににぎや

有料
300

無礼で非倫理的な路上写真の明けない夜明け Interminable Amanecer de la fotografía callejera sincera y no ética または、はかなくもしたたかな蒼氓と小賢しく横暴な大衆との間で

本作は単体でも十分にお楽しみいただけますが、note掲載の短編「時に俺は叫ぶよう感じる Falta de ocasión sexual」の続編です。 前編も合わせて読んでいただけると、より深く楽しんでいただけると思います。 1:夢の街 Ciudad de sueño.  駅向こうは再開発が一段落し、いちおう入居も始まっていた。引越し業者のトラックを避けて階段を登ると、マンションポエムのドリームランドに飲み込まれる。俺の全存在を拒絶するかのような公開空地の入り口で、芝居がか

有料
300

廃止されました

 ぶ厚い雲が低くたちこめ、きのうまでの暑さはいったいなんだったのかと思うほど、冷たく湿気を帯びた重い風が窓をきしませる。出勤途中はワイシャツに作業服屋の格安防水ヤッケでもちょうどよいくらいだったから、寒暖差はどれほどか?  退勤時間が迫ってくると、窓辺にスーツ姿の中年男たちが集まり、心配そうに空模様をながめたり、おぼつかないてつきでスマホをタッチし始める。彼らのようすを横目にしながら、自分も天気予報を確認したが、つい舌打ちしまうところだった。  画面には、夕方から夜にかけて

有料
300

見切り品のお菓子と甘ったるいミルクコーヒーとデーツの午後

 窓の外、ひらひらと、なにかが飛んでいる。  蝶かな?  手を伸ばそうかと思いながら、頭の中でふるい映画のラストシーンが上映される。  ふわりと空気がゆらぎ、化学薬品が作り出した柔軟剤の臭気が顔にまとわりついた。  すぐぞばで人間の動く気配を感じ、モニタから目を離す。  誰かな?  ほとんど反射的に身をすくめてしまう。  べつにサボってはいなかったし、居眠りもしていない。いちおう仕事をしていたが、それでもなにか後ろめたい気持ちは消えない。なにしろ、育休代理のそのまた代打で、わ

有料
300

裏垢娘のシミュラークルと残念なチキンのクランベリーソースがけ

 都心から離れた私鉄駅の、故障したデジタルサイネージの薄暗い液晶には『調整中』の張り紙と、いらだちや不安や期待、そして欲望のどれひとつとしてごまかせない、中年男のあほうげた姿が映し出されている。複雑に反射するミラーシェードでまなざしに現れる単純な心理を隠しても、ソーシャルの『おさそい』につられてホイホイ出てくる軽くて頭の悪い人間に変わりはなかった。  やれやれと苦い笑いを自分にあびせつつ、そろそろスマホを取り出そうとストラップに指をかけたとき、液晶に反射される人影が近づいてき

有料
300

ジャンクなアートは身も心もむしばむけど、ジャンクな味わいは心の栄養

 赤と緑と金と銀のオーナメントがきらめくツリーの下では、にこやかに笑みを振りまくサンタとトナカイを乗せた模型の列車がのんびり走る。展示台の片隅には折り畳み傘より小さな三脚に据え付けられた、これまた小さなカメラと、撮影画像を表示するやたら大きなモニタが、きゅうくつそうに押し込められていた。年末商戦の目玉は各社とも動画機能を売りにした小型カメラだったから、売り場でもいちばんいいところでにぎにぎしく展示されていたのだが、カウンターの奥に「写真機商」の証書を掲げているような写真カメラ

有料
300

言葉が通じない怪獣とのやり取りはすべて不本意

 安売りとはいえ、牛すじのまとめ買いは失敗だったな……。  階段にぶつけないよう、指先に食い込む買い物袋をそぅっと持ち替え、踊り場から勢いをつけひと呼吸で、とりあえず部屋の前まで上がる。疲れて重いものをぶら下げているときには、決まって鍵束を取り落としていたんだよな。そんな記憶が指をますますこわばらせる。ふっとためた息ひとつ。買い物袋をコンクリの床へおろし、慎重にポケットを探って鍵をつかむ。指先に意識を集中させながら、大陸間弾道弾の発射装置を解除するような慎重さで、そっと、しか

有料
100

骨付き豚のソテーとクリスマスのステキなお知らせ

 別れ際のキスは、これからもういちど交わるのではないかと思うほどに熱く、情感がこもっていた。わざとらしいほど濃く、強い香水の香りをまといながら、それでも風呂のニオイがしないかどうか最後まで気にしていたのは、なにごとにも抜け目ない女友達らしい振る舞いだった。 「ごめんね、ダンナが『やっぱイブは家で過ごす』なんていっちゃってさ」  ディナーの用意が無駄になっちまったとか、ふたりぶんの食材をどうしようとか、そんなどうでもいい考えをうだうだもてあそんでいた俺は、なかばうわの空だった。

有料
100

言葉が通じない怪獣との性交はすべて不同意

 ターミナル駅の雑踏をぬるぬるとかいくぐり、こちらへ向かう小柄な人影が視界に入ると、不意にポートレート撮影の記憶がよみがえった。ファインダをつらぬいて俺の網膜を焼くかと思うほどに印象的だったまなざし、そしてシャッタを切る指先をからめ取るかのような表情の力強さが、やたら鮮明に網膜を駆け巡る。ところが、現実の写真は力強さよりも、むしろおさなさや無邪気さが前に出た、よくいえばあどけなくかわいらしい、悪く言えば未成熟で平凡な人物写真でしかなかった。  そんな、ちょっと苦い記憶だ。 「

有料
100

1979年の渡し船 Ferry del año 1979

 年末も押し詰まって金融機関の営業日を確認すると、せわしない気分を超えた諦めが漂い始めた。あれほど騒がしかったクリスマスさえ、すっかり正月が上書きしている。さっき銀行の窓口が閉まったばかりだと思っていたのに、外をみるとすっかり暗くなっていた。暖房の設定を少し強めながら、夕食の算段を組み立てる。  ソーシャルメディアにさみしい心を抱えた娘たちが現れるまで、まだしばらく余裕がある。いや、しばらくなんてもんじゃないな。料理して食事して風呂に入って、それからでも少し早いくらいか?  

有料
100

中華の心 Corazón chino

 外食を妙に毛嫌いする、不思議な娘だ。  初めて会った夜にしてから、そうだった。  駅で落ち合ってから喫茶店での雑談という体裁の、まぁ最終確認まではいつものように『手順を踏んで』いったが、そこから「晩御飯でも」となったところで「どうせならおじさんの家で食べましょうよ。コンビニでなにか買っていってもいいし」と、なれた口調の飾らない笑顔で娘から申し出たんだっけな。いちおう、喫茶店でのやり取りからそういう雰囲気を漂わせていたし、決して意外ではなかった。そもそも出会った直後の印象か

有料
100

偽りの大地:Tierra de falso

 夕暮れ時のサーバルームは空調の風切り音がうるさいばかりで、妙に人の気配がなかった。ところが、ペットロスの女に言われるがまま架列(がれつ)の間をとぼとぼ歩いていると、ラックの彼方には作業者の姿がちらちら見える。 「ここで仕事する人もわりといるんだね」  ちょっと大げさなほどすばやく振り向いたペットロスの女は、キツめに『黙って』と口に手をやる仕草を見せ、また静かに歩き始めた。やがて目的の架列を見つけると、側面の制御盤でラックの閉鎖を解除し、メッシュ扉を開く。放熱ファンの音がわっ

有料
100

Unsimulated sex アンシミュレーテッド・セックス

第1話:男の人が一番バカになる瞬間、だからじゃないかな? ゴムが受け止めた白いタネは思ったよりも濃く、粘り気があって量も多かった。腰から背中に張り付くだるさにあらがって上体を起こし、どっぷり吐き出された精をティッシュにくるむと、慎重にゴミ箱へ入れる。  東の空には、うっすらと紫色の光が差していた。  ショートカットのちょっと猫っぽい娘は窓際に立ち、ほっそりと伸びやかなシルエットをさらしている。着痩せするというか、うまく隠しているのだろう。意外なほど大きく、美しいヒップがくっき

有料
100

お久しぶりのポニーテールとチルド餃子

 梅雨時にしても肌寒すぎる薄暗い昼下がり、液晶がほんのり光る。だるい気持ちを押し殺してスマホをつかんだ時、早くも画面の輝きは失なわれていた。  めんどくさい。  端末を投げ捨てたい衝動を封じ込め、重たいだるけがみっしり詰まった指先で認証を解除する。通知が表示され、機械的に情報を目視して、ようやく頭の処理が始まる。  発信者は……。  ほぅ、お久しぶりさんだな。  メッセージを表示するとともに脳の処理速度を上げ、内容と送信時間を確認しつつ、発信者のアカウント使い分け状況を思い出

有料
100