見出し画像

素材を離れて形だけをコピーする |KEX 2019

 ある時、中国系アメリカ人の事業家が僕にいう。ここに展示してある黒川さんの作品、いいデザインだね。このデザインを全部買いたい。そこに並んでいたのは僕のブランド、Kという商品群だった。これまで何年もかけて開発してきた伝統工芸が中心なのだが、それを僕がデザインをしている。山形の鉄瓶もあれば金沢の金箔の皿もある。金沢の漆のお盆もあればムラノ島でつくってきた吟醸酒のためのガラスの杯もある。それぞれの職人たちの力を借りて、夫々の地方の文化を背景に生まれた凄い工芸を僕のデザインで編集した作品たちである。
 その事業家はこれらのデザインが素晴らしいから現代的な素材で再生させたいというのだ。彼は大きな磁器の工場をもっているから先ずは磁器で再生させたい。不可能なものは他の工場でプラスティクで大量につくりたいというのだ。彼にとっては形がだけがデザインなのだ。

 僕は瞬間的にその話に乗ることにした。何が起こるか恐ろしくもあり楽しみでもある、そう感じながら、中国の事業家に任せてみることにしたのだ。勿論、僕にコントロールさせてほしいと言っている。他の仕事もあって、中国のその工場を訪ねた。
 もうすでにいくつかの鉄瓶や鉄の皿が磁器化されて並んでいる。工場に所属する中国人の若いデザイナーが遠慮がちに僕に主張する。先生、この発想は間違っています。形は素材によって発見された筈なのにその形が別の素材によって再現される。これは間違いじゃないですか、というのだ。まさに正論である。
 僕はこれまで常に素材とその技術から発想してデザインしてきた。素材に惚れ込んで「君はどんな形になりたいの?」と素材の意見に聞き耳を立てながらデザインしてきた。素材が形態を誘導するのは当然のことなのだ。それなのに、僕はその形のもつ素材の記憶を無視して別の素材を当てようとしている。

画像5

 以前、日本で制作した漆器の椀を磁器にしたことがある。JIAの社長の意見で実験的にやってみたのだ。それが意外な効果を発揮している。それがあって、この中国のプロジェクトがある。僕の思想をうらぎることでなにか新しい事件が起こるのではないかと思ったのである。
 「素材と身体」という僕の著書がある。香港から出版されたものが始めなのだがその後、大陸の中国でも簡体語で出版されている。日本語版はないのだが、この本でも素材が人間にとってどれほど大切かを語っている。触覚に敏感な日本人にとっては形態をそのままにして素材だけを変更することは普通には許されることではない。

 それなのに、むしろ、それだからこそ、僕はあえて裏切りをしようとしたのである。形態がひとり歩きして、どこまでその価値を維持できるか、その価値を逆転させることで新しい価値を生み出してはくれないか、そんな期待すらもって素材から形態を開放してみたのである。
 
 JIAでは漆の朱色と木の軽さをもつ椀だったのが、白い磁気で重い碗になっている。意外さが二つ並べて面白い効果を出している。しかし、この新しいプロジェクトでは鋳鉄の鉄瓶だったものから形だけを取り出して、鉄のような印象の色をまとうことで素材から離れすぎないように気遣いしている。JIAの椀と碗のように対立的な表現をまだ実現してはいない。難しいプロジェクトである。僕は失敗だったと思っている。すでにある美しい品々が如何に素材と優れた技術、込められた心によって支えられていたのかを再確認したようなプロジェクトになった。
 まだ、諦めてはいない。こうした挑戦を状況を変えてやってみたいと考えている。原型を超える魂と技術が出逢えば、新しい美がみえるはずだと思っている。

 類似している、真似ている、復刻している、コピーしている、模倣している、模写している、復元している、引用している、オマージュだ、ヒントにしている・・・。など、状況や目的や意図によって微妙な問題を抱えている領域である。
 真似ることは書なら先人の書を真似て学んできた、スポーツもそうだし、子供は大人を真似て育つ。真似ながら自分を発見していく。真似ることが悪いのではない。その意図が大切なのだし、原型を超えるものを持っていればいいのだ。

1005_H_346 (1)のコピー

1005_H_350 (1)のコピー

1005_H_310のコピー

画像4

ABOUT

「未来への遺言」
黒川雅之が語るデザインの背後にある物語。毎週金曜日 Youtube / Note / Instagramにて配信中。

●Youtube / 未来への遺言
思想と作品の裏にあるストーリーを毎週、映像でお届けします。
https://www.youtube.com/channel/UCEGZr5GrqzX9Q3prVrbaPlQ/

●Note / 黒川雅之
映像では語り切れない、より詳細なストーリーを毎週、記事でお届けします。
https://note.com/mkurokawa

●Instagram / 100 DESIGNS
プロダクトや建築の作品写真を中心に魅力的なビジュアルイメージをお届けします。
https://www.instagram.com/100designskk/

●Facebook / KK
黒川雅之が代表を務めるデザインカンパニーK&Kの公式Facebookページです。展示会や日々のデザイン業務などについての最新情報を更新しています。
https://www.facebook.com/kandkcompany/

《黒川 雅之》
愛知県名古屋市生まれの建築家・プロダクトデザイナー。
早稲田大学理工科大学院修士課程卒業、博士課程修了。
卒業後、黒川雅之建築設計事務所を設立。
建築設計から工業化建築、プロダクトデザイン、インテリアデザインと広い領域を総合的に考える立場を一貫してとり続け、現在は日本と中国を拠点に活動する。
日本のデザイン企業のリーダーが集う交流と研究の場 物学研究会 主宰。

〈主な受賞歴〉1976年インテリアデザイン協会賞。1979年GOMシリーズがニューヨーク近代美術館永久コレクションに選定。1986年毎日デザイン賞。他、グッドデザイン賞、IFFT賞など多数。

クレジット

タイトル写真:調査中


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?