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"職人"農家と私たちの食文化が危ない?映画『タネは誰のもの』を観た感想とまとめ。

今回は2020年に上映されたドキュメンタリー映画『タネは誰のもの』について書きたいと思う。

映画のプロデュースを元農林水産大臣の山田正彦氏が務められ、日本の農業の現場に近い未来何が起ころうとしているのかについて、混乱する農家の方たちの生の声を通じて、私たちに大きな問題提起を投げかけている。

種苗法改正という欺瞞

映画の中で大きなテーマとなっているのが、2022年4月から施行される改正種苗法だ。

この改正のポイントは、農家が自分たちで苗や種などを自家増殖することを原則禁止にするという法案である。

自家増殖を原則禁止にすることで、農家が勝手に種や苗を海外に持ち出し、現地で無断栽培し流通させることを阻止するというのが政府が言う表向きの理由である。

だが果たしてその措置は本当に必要だったのだろうか?

そもそも、すでに現行種苗法21条4項において国に登録された品種を消費以外の目的で海外へ輸出することは禁止されている。
※種苗法第21条4項を参照

流出したケースの一つとしてシャインマスカットの例が出てくるが、現行の種苗法で禁止されていても止められなかったということだ。

今回の改正で変わったことは、この法律を破った農家に対し10年以下の懲役または1000万円以下の罰金というとんでもなく重い懲罰が課せられることになったことだ。

しかし映画の中で山田氏は、シャインマスカットのケースは農家を守る立場である農水省が適切な対応をしなかったことに問題があると痛烈に批判している。

実際に、世界的な取り組みに品種を保護する条約(UPOV条約)というものがちゃんと存在していて、海外でも生産でき且つブランド力があるような品種については国ごとに品種登録の届け出をすることができるのだ。

農水省はこの手続きを怠ったというのである。

また映画の中で、2005年に『紅秀峰』という山形県特産のサクランボが海外に流出し、現在の種苗法で裁判となったケースを紹介している。

種が付いている樹を自国に持ち帰り無断で生産・販売をしたオーストラリアの会社に対して、現行の種苗法で刑事告訴し問題を解決できている。

なぜ現行の法律の中で解決できる問題であるにも関わらず、政府がそんなにも過剰なまでに厳格化し、農家が自家採取することをやめさせようとしているのか理解に苦しむ。

法改正によって近い将来起こりえること

ところで種苗法が改正されるとどのような影響が出るのだろうか?

まず誤解のないように説明しておくと、自家採取が禁止されているのは、国に登録された『登録品種』に対してでありこれは新しく開発された品種が多い。

それ以外の、昔からあるような地域に根差した在来品種を『一般品種』と言い、これについては基本的には自家採取は認められている。

登録品種についても正確には許諾制であり、許諾があればいくらかのロイヤリティを支払って自家採取することも可能だ。

ただ、許諾が降りない場合は毎回タネや苗を買わなければならず、そのコスト増で生産農家の経営が圧迫されることは間違いない。

またロイヤリティも育成権者に決定権があるため、農家は言われたまま従うしかない。

政府は登録品種は全体の1割程度のため影響は限定的だと言っているが、沖縄県のサトウキビや北海道の小麦などはその90%以上が登録品種であるように、地域と作物によって事情は異なっている。

では品種登録をしている育成権者とは誰か。

これは各都道府県にある農業研究所や独立行政法人、個人でやっている種苗開発業者や巨大な資本を持った種苗会社となる。

元々国の機関である独立行政法人などが自家採取を禁止するというようなことは考えにくい。

しかし民間企業となるとどうだろうか。

世界のマーケットシェアでみると、バイエル(モンサントを買収)・コルテバ(ダウ・デュポンから分社)・シンジェンタの3社が種苗市場の半分以上を独占する、いわゆる超巨大グローバル企業だ。

彼らは利益が優先されるので自家採取を禁止にして毎回タネを買ってもらおうとするだろうし、現にタネが作れない雄性不稔の種子などが強力な農薬とセットでホームセンターなどで売られている。

また、市場で売れないと思った品種については生産と販売を突然やめてしまうこともありうる。

これらが適切なバランスを取っていれば問題は起こらないのだろうが、ことはそう単純ではなく楽観視することはできない。

その理由は種子法廃止と農業競争力強化支援法とこの改正種苗法を絡めて考えた場合、国は国際的な競争力強化という名目で民間企業が日本の農業市場に参入してくることを強烈に後押ししている構図が見て取れるからだ。

まず2018年4月に種子法という戦後から続いてきた私たちの食を守って来た法律が廃止になった。

これは国が米・麦・大豆などの主要農産物について、良質な品種を全国へ安定的に届けるという目的で作られたものだ。

この法律の下、国が各都道府県などに予算を配り種子を守ってきた。

その法律が役目を終えたということと国際的な競争力を高めるため民間企業を参入させる目的で、農作物が国の管理下から外された。

さらに2017年5月に農業競争力強化支援法という法律が施行されている。

その8条4項にははっきりと独立行政法人や都道府県が有する種苗の生産に関する知見を民間事業者へ提供することと書かれている。

つまり、国からの援助がなくなった公的機関は種苗の開発や維持管理が徐々に難しくなっていく中で、そのノウハウを民間企業に委譲していく。

莫大な資本力を持った民間企業は、日本の農業の知恵を授かり、日本の"食"という巨大なマーケットの中で徐々に存在感を強めていくだろう。

そして今流通している種苗の多くをガラッと一変させてしまう可能性があるのだ。

そうなると生産農家はこれまでのやり方が成り立たなくなり、私たちがずっと食べてきたものが、近い将来食べられなくなるかもしれないということを真剣に考えておいた方がいい。

私たちに何ができるのか?

「農家は"一種(たね)、二肥(こえ)、三作り"なんだ。」

映画の中でこのような印象的な言葉があった。

つまり農家というものは、まず最初に苗づくり、次に畑づくり、最後に作物を育てる技術が大事であるということが昔から言われている。

自家採取・自家増殖は農家であれば昔からずっと当たり前にやってきていたことで、毎年同じ品質のものを同じだけの量収穫するための苗づくりの技術は、良質な農作物を作る上で欠かすことのできない重要な技術の一つである。

「プロが求める苗を誰が用意するのか」

この言葉を聞いて私は、農家さんは"職人"だったんだということを改めて思い知らされた。

自家増殖を禁止するということは、そういった職人技術を日本から失わせてしまうことになりかねない。

そして農家を職人から、単なる種の消費者に成り下がらせてしまうかもしれない。

そんな中にあって私たちの希望となる広島県での取り組みを一つ紹介しておきたい。

広島県では県主導の元、農業ジーンバンクというものが1989年に設立され、今ではおよそ19,000種類もの在来品種が森林整備農業振興財団農業ジーンバンクという財団法人によって保管されている。

そこではそれぞれの種子の特徴が細かく丁寧に記載されており、そこで保管されている種子を県民の方は自由に使うことが可能だ。もちろん在来品種のため、自家増殖も自由である。

在来品種の一部を改変して登録品種として申請されてしまうことも考えられる。

このような地域に根差した品種を守っていく取り組みは、安定的な食を供給するためにも地域の文化を守るためにもとても重要だと思う。

少し話は逸れるが種苗法改正に賛成の声も拾っておきたい。

映画の中で、個人で品種開発をしている農家さんが登場していた。その農家さんは種苗法改正に賛成の立場だ。

将来的に市場受けするか分からない品種を何年も何千万もかけて開発しても、苗数本だけ買われて増殖されたのではたまったものではない。

確かにそうだと思う。新しい品種を開発した人を守ることはもちろん重要である。

その農家さんも言っていたが、自家増殖を一律禁止にして苗に対して料金を頂くという形ではなく、売れた金額に対して数パーセントのキャッシュバックを頂くというような形を検討するなど、ビジネスモデル自体を工夫することでその問題を解消できる可能性はある。

最後に一言

品種開発者の権利を守る一方で、生産農家の技術と知恵、日本全国にある多種多様な種子を守っていくことも同時に考えなければならない。

それは"日本の宝"なのだから。

そして日本に住む人々のために、また我々世代だけでなく子供や孫世代のためにも長期的なスパンで継続して守っていくような取り組みを生み出していくことが、この大きなうねりの真っ只中にある私たちに求められているのかもしれない。

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