日もまた一星に過ぎず

 三日前、3.99KBのエスが押収された。
 埠頭のカジノを中心に、波紋のように再開発された正横浜中区。ここで二日以上電子ドラッグを使い続けられる人間はいない。無軌道な若者だろうと追い詰められた債務者だろうと、この街の犯罪者は誰もが市警に飛び込んで洗いざらい自供してしまう。犯した罪の種類も、電子置換の度合いも関係ない。
 証言の導入はいつも同じ。ウェルを名乗る覆面姿の大男に捕まり、殺されかけたから保護してほしい。楽園を守るヒーローの正体は誰も知らない。
 二日前の真夜中、この街で叔父が轢殺された。元軍属、骨格と消化器官まで置換したヘビーモッズでも、頭を潰されてはどうにもならない。
 叔父の命を踏み潰した自動トラックのコパイ席では女がトリップしていた。その女が治療施設に放り込まれて事件は終了。不登校生徒のためのNPOを運営していた叔父、ゴトウに相応しい最期ではなかったが、ヒーローは現れなかった。忙しかったのだろう。
 正横浜南東部、山手居留地、神千橋公園――叔父の私有地、NPO法人カケハシ隊の本部。都内に住む大学生である私は、喪服とはいかないまでも清潔なパンツスーツを身に纏い、注意深く無造作さを保たれた林道を歩いている。
 叔父に遺族と呼べる近親者はおらず、トラックとOSそれぞれの製造元と運送会社は賠償請求すら受けなかった。にも拘らず、今ではゴトウの財産は私に相続されることになっていた。
 笑えるね。
 私はゴトウの姪ではない。会ったこともない。大学生でもない。記録上の相続はただの偽装だ。私はゴトウの遺品を漁る依頼を受けたデータブローカーの、下働きの下働きでしかない。耳の奥に甦るのは上役の濁声だ。
「忘れるな。お前は無改造のバニラにしては使えるが、代わりがいないわけじゃない」
 肉体、記録、個人情報、何もかもが書き換えられる世界でも、真実とやらに金を払う人間はいる。 【続く】

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