悪神遷し

 S県東部、彼岸花に彩られたT郡嘉編(かあみ)地区。公民館と呼ぶには生活臭が染み付きすぎた座敷に、青年団と名乗るには年古りすぎた男女が、五人。
 うち三人は目が開いているのか閉じているのか、口から出ているのが意味のある言葉か涎をすする音かはっきりしないとなれば、残る二人のやり取りも実益ある会合には見えない。しかしそれでもこの場の、畑も職も手放した年金・ネット通販生活者たちの話し合いには、人命が掛かっていた。
「ジッチョウ様がお嘆きになる。大勢死ぬわなぁ」
「アホウぬかすな大助」
 意識のある一人が言うと、もう一人がカッと笑った。拒絶された方は目を泳がせたが、意を決して再び口を開いた。
「だがよう、よっちゃん。テツが脚やって入院して、明日からは誰もお社に伺候出来んのだぞ。そのテツにしたってもう七十だ。戻ったところで百段参道を登れるかどうか」
「まだうちの孫がおる」
「おるったって……」
 二人は開け放った窓の向こうに目をやった。雑草の踏み固められた庭では、一人の中年男が汗だくで右に左に駆け回っていた。その動きを追って二人の頭も左右に揺れた。
 よっちゃん――豊子の娘夫婦が家事の手伝いにと送ってきた下の孫、翔也は齢四十にして、十秒以上立ち止まっていることができない男だった。
「……侮るな。アレでも言われた道を行き帰りするぐらいはできる」
「……外に出た子らは……いや、後悔する暇もないのが救いかね」
 大助は力なく笑みを作った。豊子は再びカッと笑った。
「アホウぬかすな。俺に考えがある」
「なんだ、神社庁に訴えるか?」
「お前は本当にアホウだな。そんなことをすればジッチョウが調伏されてしまうでないか」
「……人が死ぬより良いのではないか、よっちゃ――」
 パチン、という音が大助の声を遮った。その頬を豊子が張った音だった。
「……社を山から下ろすのだ。さすれば俺らでも伺候出来る。大工と霊媒師を呼ぶぞ。腕が立ち、金に目のない下衆を」 【続く】

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