キラー・バイオ・ファー

 祖母の死体は白い毛皮を抱いていた。

 ベッドに座り膝を抱える姿は全く自然で、日常的で、ただ完全に静止していた。掘り出された石像のように固く、足のある折り紙のように浮ついていた。風に倒れそうで窓もカーテンも開けられない。寝室は明かりが消えていて、透ける白昼だけが死体を照らしていた。雲一つない秋晴れの日だった。

 救急が先なのかな、と迷いながら警察に通報する。すぐ来るというので合っていたらしい。何も触らないようにと念を押される。流れで頷きながら無視しようと決めた。どこの誰とも知らない人が祖母に最初に触れるのは、何と言うか、違うだろう。

 祖母は綺麗に死んでいた。顔に強張りはなく、見た目だけなら老衰のようで、だから私も落ち着いて振る舞えた。実際には違うと気付きながら、上手く感情を麻痺できた。部屋はアンモニアと鉄──尿と血の臭いが充満していた。鼻の奥が痛くて涙が出た。

 ベッドをよく見れば祖母を中心に水の跡がある。白いシーツが暗く汚れている。だが血痕ではない。丸まった背中にも血の流れた形跡はない。それでも臭いの元は確かに祖母だった。傷があるとすれば、膝と毛皮に隠れた前面。

 さすがに座った姿勢を押し開く勇気はなく、私はベッドに上がって祖母の懐を覗き込んだ。祖母の薄い胸元と、白い毛皮の下半分が赤黒く染まっていた。

 ただの毛皮が水分を吸うことはない。それは祖母が戦地から持ち帰った軍需品のバイオファーだった。名前はユキ。軍が禁止かつ黙認したとおり、祖母も毛皮に個体名をつけていた。

 バイオファーは生え替わる。暖かく、軽く、頑丈で、刃を通さず銃弾を弾き、着用者の傷を塞いだと祖母は話していた。今回は間に合わなかったらしい。

 ユキちゃんの端を摘まむ。人肌より体温が高い。それは犬か猫が飼い主に顔を埋めているようで、だが実態は、顔も手足もないコートだった。

 ベッドには包丁が置かれていた。自殺と言われれば、そう見える。 【続く】

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