囮の子ども(たち)

 いる。あれはすでにここに、俺の砦に這入っている。
 私立儀典寺小学校校長、真備は自らに言い聞かせながら窓の外を眺める。鰯雲広がる空の下、校庭では三百人の児童が休むことなく昼休みを駆け抜けている。彼ら彼女らが校長室に手を振れば、真備も笑顔で手を振り返した。その心に嘘はない。齢五十にして校長を務める真備は児童たちを愛し、職務に誇りを持っている。
 だからこそ今日、真備の笑顔は児童が戸惑うほど引き攣っていた。
 真備がその噂を聞いたのは去年末、児童との会話が最初だった。曰く、姿形は子どもと変わらず”中身”だけ大人の児童がいる。まるで成人の魂が転生したかのように。
 子どもじみた噂を教えてくれたのは、時に恐ろしいほど大人びて見える六年生だった。しかも彼はその存在を不気味なものではなく、善性のものとして語った。アンダーカバー・スチューデント、囮学生は学校外から送り込まれ、いじめや不正が行われていないかを監査するヒーローなのだと。怪談は学校に付き物だが、それにしても奇妙な話ではあった。
 年度が替わる頃、噂の性質は学校の七不思議からネット上の都市伝説に変わっていた。初夏にはPTAでも話が出た。もちろん誰も信じてはいなかった。馬鹿げた笑い話だ。どうせ夏休み中に廃れると誰もが思っていた。
 二学期が始まり、ひと月が経った。
 今朝、真備とは大学の同期で、他校で教鞭を執っていた蘇我の自殺が報道された。蘇我は未成年の卒業生と性的関係にあり、その卒業生も自殺したという。真偽は分からない。陥れられた可能性もある。だが何者かが蘇我を探り、追い詰めたことは確かだった。
 真備は児童を愛している。そして自身が標的にされないと考えるほどの楽天家ではない。
 明日は全校児童一斉の健康診断がある。真備は本来予定にないMRI検査を強引に手配した。子どもの肉体に大人の頭脳が入っているのならば、脳神経の発達に差が現れるはずだ。
 怪物を、あぶり出す。 【続く】

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