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かけた呪いを解くもの

恋愛をしたいのに、いざその場に立つと及び腰になってしまうというのはいささか変な話だ。会う前までの妄想ではいくらでも展開していくのに、実際会うといろいろと逡巡して次のアクションさえ恥ずかしくなる。

いろいろな経験の中で(たとえマッチングアプリで出会った人であっても)相手は自分に恋愛的な好意を向けていないのではないかと疑念を抱いてしまい、なかなか前へ進めなくなる。そろそろこの消極的な逡巡のループからも抜けていかなければいけないのかもしれない。

前回書いたnoteでは、6月末から会っている2歳年上の人の話を書いた。2週間ぶりに会い、昨日美術館で3回目のデートをしてきた。

これもまた自己評価というかなかなか抜けない呪い故なのかもしれない。
結果的には、解散した10分後くらいにLINEが来た。
何ターンか会話をした後に「また〇〇(本)読んだら感想共有したいです」と来ていた。てっきり、もう次がないのかと思っていたのでとても嬉しかった。

「自分でかけた呪いがしぶといもので」

駅で待ち合わせをしていると後ろから自分のことを覗いてくる人がいて、その人だった。みると清楚系なセットアップを着ていて、暑さにかこつけて半袖半ズボンと夏休みの小学生かのようなラフな出でたちで集結した自分とは大違い。ああ、やっぱり違ったかあ、この格好に幻滅されたのではないかと脳内で焦りが加速していく。

そんな形で初っ端から、冷や汗なのか都会のビル群を包む蒸し風呂のような暑さによる汗なのか分からないものが顔からダラダラと流れ出したが、なんとか和気あいあいと駅から美術館に向かう。

一緒に美術館の展示を巡りだすと、後ろ姿を見ていて綺麗だなと思った。あるいは、時折見せる笑顔に可愛らしいなと思うのだった。

展示を見ながら時折「ねえ、来てきて!この絵がねーー」と笑いながら語りかけてくれたり、見ていた絵が可笑しいと突然笑い出したりする。ころころ笑うという言葉が似合うような笑顔。その顔につられて自分もつい顔が緩んでしまうのだ。

恋人としての関係だったらなと思う。でも、自分と相手はまだ3回しか会っていない。世間ではマッチングアプリで出会って3回目のデートで告白するなんて通説があるし、自分も過去にそれに則って告白したこともあるけれど、まったくもってそんな境地に踏み入れられる気がしない。

なんせ、好きな本や漫画の話はずっとしているけれど、日常の話をしたり過去の恋愛に踏み込んだりしていない。相手の何を知れたというのだろう。それに、お互い敬語で喋っている。時折、美術館の展示を観に行くのに誘えたからデートをできていると思っているのは自分の思い上がりで、相手にしてみればやっぱり本の感想を話したかっただけなのではないかとネガティブな思いがむくむくと育ってくる。

相手が笑っているのも自分といて楽しいからではなくて、内心、その場を取り繕って平穏に過ごすためのだけに笑顔でいるのではないか。

もう早いところ切り上げて帰った方がいいのではないか。そう思っていると、企画展だけでなく「常設展も見ていきます?」と声をかけられ安堵する。よかった、乗り気だった。

常設展も見て、美術館に入ったときには日差しが痛いほど突き刺さる真昼だったが、出る頃には少し暑さも和らぎ夕方に差し掛かっていた。

「ご飯どうします?」と聞かれ、よかった……!と安堵した。LINEで連絡をとっていたときに1日は無理かもしれないと言われていたので、夜ごはんまでは厳しいだろうか……だとすると美術館に行った場合そのあとに話す時間はなくなってしまうだろうか……と不安がよぎっていた。

ただ、美術館のあった場所が絶妙にごはんを食べられそうなところから離れていたので、調べると良さそうなお店まで15分ほど歩くらしい。15分も何を話せばいいのか……!と挙動不審になる。いや、適当なことを話せばいいんだけど。

話し下手なのかコミュ障なのか分からないけれど、よほど気の知れた人でないと歩きながら世間話をするというのが緊張する。3分くらいのちょっとした移動ならさておき、15分はしっかりなにかを話さないと間がもたない。いったいどうしたら……と悩み、途中「疲れすぎて、もう何も考えられません(笑)」などと誤魔化しながら(そういうところだぞ!)歩いていった。

相手はそういうのに壁がないのか、スルスルと話題を提供してくれる。そういうところが素敵なんだけど、その素敵さと対比して自分があまりにも話題提供が下手すぎて、なんやコイツと思われてはいないだろうか。いったいこの延々と歩く時間はいつまで続くのだろうか…暑さよりも辛いのが話す間がもたないことだ……と「ぼっち・ざ・ろっく」のひとりちゃんの如くダンボールに篭りたくなっていると店が見えてきた。ああ、よかった!

肝心の行きたかったお店は予約がいっぱいで入れなかったのだけれど、幸い近くの店に入ることができた。

勧められた刺身とお酒を頼む。全然話が変わるけれど、ビールのことを「生」とか「生中」とか「生ジョッキ」とかだいたい言うけれど、あれがいつまで経っても慣れない。実際、言うことはできるのだけれど、なんか自分が慣れてますよ感(いや、慣れてなくてもみんな言ってるけれど)を出すのが小っ恥ずかしくていつも「ええと、な、なま、ひ、ひとつで」と噛みながらちょっと声が小さくなってしまう。なんでみんな生まれた時から知っていたように滑らかに「なまひとつ」と言えるのだ。

そんなこんなで酒と刺身が届き、いろいろと話していく。最初のうちは最近教えてもらって、買って読んだ漫画の話。見てきた企画展の写真を見ながら振り返り、本の話……と話していった。

でも、なんか釈然としない思いがずっとあった。やはり相手は本や漫画の話をしたいだけで、自分には興味がないのではないかと。これでは『花束みたいな恋をした』の麦と絹のように作品名でしか会話のできない関係になってしまう。いや、関係性の以前に相手はもしかしたらそれを望んでいなくて、別に自分と関係性を発展させたいなど露も思っていないのではないか……!ハッ!

妄想の沼に黒い霧が立ち込めてゆく。

会話の切れ目で、90度違う方向へ会話の舵を切った。「過去、恋愛ってどんな感じだったんですか」と。単刀直入すぎて、面食らったかも知れない。質問が下手すぎるか、どうか。いや、でも今日聞きたいと思っていたことだから、それでもいいかもしれないと自分の焦燥を納得させた。

直近のことを話してくれた。詳しくは書かないが、以前付き合った人への別れたきっかけから慎重になっているのだという。自分のことを軽く話してくれないのも、もしかしたらそういうところが発端になっているのかもしれない。

どんな人が嫌いなのか、どんな人だったら付き合いたいのか……と一通り盛り上がり、自分のことも少々話してみた。

だいぶ時間も経った頃「店変えます?」と相手から尋ねられた。

その頃まだ21時にならない頃だったと思うが、それでも今日も早めに解散するだろうなと予想していたので、2軒目まで一緒にいられるのは驚いた。自分の妄想のなかで強張っていたほどではなかったと頬を緩めた。

ちょうどゲリラ豪雨が降っていたタイミングで、店から雨に打たれながら次の店まで走ったのはちょっとドラマのシーンでありそうな恋愛的瞬間だったかもしれない。

2軒目に入って、続きの話をしていると「タメ口で話したいって思っているでしょ?(笑)」と微笑まれた。その通りだった。実際、近づきたいのにお互い敬語で話して、LINEで連絡し合っていると本当に近づけているのか?と分からなくなってくる。

そんな話から、堰が切れるように今日の服装の話になり「ピクニックに行くのかと思った」と言われて「そうじゃないんだよ!(笑)」と反論したり、相手の服について「かわいいと思った」と話せたり、少し近づけた気がした。あとから「前に会ったときはスカートを履いていたけれど、普段はそんなんじゃなくてジーパンとかの方が多いんだよ」と言われて、なんか素を出してくれたような気がして嬉しかった。

23時をまわって、店を出て駅に向かうときにまた一つの疑念が生まれた。

「3回目のデートが終わるけれど、告白もなしに、なんの口実もなしに次って誘っていいのか。というか、相手は次も会いたいと思っているのか?」

いま考えると、そりゃ「また飲みに行きましょう」でいいだろうと思えるのだけど、それは結果的にそうなったからであってその瞬間はぐるぐると思考が駆け巡っていた。次のデートに誘いたいのに、全然言葉が出てこない。なんと言えばいいんだ……!

振り返ってみると恋愛経験に乏しいわけでもないし、女性の友達もわりといるのに、どうしてこんなに緊張するのか。やはり、ここ数年の陰キャ具合の進行が災いしているのか。

全然言葉が出てこず、打ち解けたと思ったらなんかぎこちない会話で駅まで向かう。こんな挙動不審じゃ、相手に変なやつだと思われるぞ……!というかもう思われているかもしれない。

同じ方向に帰るようだったので途中の駅まで隣り合わせで座った。上の空で会話しながら、漫画の話になり「早く続き読んでよ〜」と言われて「あ、う、じゃあ読んで、飲む予定作って次話すよ……」と小さい声で言う。「じゃあ、次も話そうよ」と言えばいいのに、気にしすぎだ。

そんなこんなで、「また今度飲もうよ」と言うと「うん、飲もう。行きたいところがあってね」と次に行くところが決まった。そんなすんなり決まるんかい!店を出たときからなんと言ったらいいか迷っていたのに、こんなに壁がなくするっと決まるんだったら教えてよ〜!と内心拗ねた。

本当に何度でも思うのだけど、相手は明るい人だし、年収だって自分より全然稼いでいるだろうに、どうしてこんな陰キャで挙動不審な自分と拒むことなく会ってくれるのだろう。如何せん謎である。もっといい人いるだろうよ、と。

いろいろと話していると、乗り換えの駅がやってきて自分が先に降りた。席を立つときに「おやすみ!またね〜!」と手を振ってくれて、「おやすみ!」と言ってくれる人が100万年ぶりのことで(いや、1年ぶりである)、意識が遠のきそうになった。言葉としては1年ぶりなのだけど、ここ数年の恋愛が付き合ってもすぐに別れるようなことが続いていて、仲良くなったという意識がほぼなかったので、こんな些細な会話でもまったくもって免疫がない。

いったい、自分は中学生に戻ったのだろうか。

まだ何も変化していない、恋愛をしたいという想いを悶々と抱えているだけで、実際のところ何もスタートしていないのだけど、なんか今までにない幸せな気持ちがそこには横たわっていた。

こんな幸せな気持ちをもって帰途へ就いたわけだが、4回目のデートをして、ではいつ告白したらいいのだろうかという疑問がまたむくむくと育ってくる。次も会ってくれるなら、少なくとも共通の話題だけに対して話したいわけではなく、自分にだって興味は持っているだろう。脈が決してないわけではないだろう。

でも、3回を越したあと、告白に最適なタイミングっていつなのだろうか。

3回目の次は5回目だとか巷では言われているけれど、定量的なラインよりも定性的にこうなったらという判断基準が欲しい。いや、ラインというよりもっと言えば相手は前向きに自分とのことを考えてくれるのだろうか。どうか。

もちろん、相手のことを知っている量でいえばまだまだだけれど、知りたいと思う気持ちや今後も会い続けたいという想いを考えれば、次だろうと次次回だろうと自分は変わらない気がする。

結局のところ、相手のOKと思うラインや相手が自分と恋愛的関係になりたいかどうかが分からないことが怖い。

相手に投げかけてみないことには分からない。投げかけたら、向き合ってもらえそうな気もする。でも、でも……!なのだ。

恋愛したいと口では言っておきながら、ここでたじろいでしまう。

果たして自分は気持ちを伝えることができるのだろうか。

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