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メッセージ(あなたの話をしたいです)

① /// あなたの話をしたいです。

ある日、お客さんがみんな帰って、お店にはふたりだけになって、お酒をゆっくり飲んだりしている傍ら、くるりのばらの花を一緒にきいて、「わたし、ばらの花をきいてからジンジャーエールが人生にインしました」と言った。あなたはめがねを外して、目のあたりをこすりながら「わかる!」と即答してくれた。

「おれもそう!音楽ってさ、あるときから人生に特別な意味をくれたりするよね」
「ね!」
「ジンジャーエールとかさ」
「そうそう、ジンジャーエールなんてばらの花きくまで眼中になかったです」
「ジンジャーエール飲むようになったな、おれも」

うれしかった。わたしだけじゃない。くるり由来のジンジャーエール。


② /// あなたの話をしたいです。

ある日、いつものようにお店で飲んでいたら、あなた宛のAmazonが届いた。「なにを買ったんですか?」ときいたら「星野源のさ、『ばらばら』っていう、写真集みたいなのにCDがついてるやつなんだけど、すごくいいんだよ」とあなたは答えた。

「星野源はなんだかんだエピソードとばかのうたがいちばんすきですねえ」
「あ、じゃあ、これ貸す?みのりさん写真も撮るからすきかも」
「え、いいんですか?いま届いたばっかりなのに」
「おれ前にも持ってたんだけど、友だちか誰かに貸して、そのまま返ってこなくて」
「あら、残念」
「それで久々にききたくなって買い直したんだよね、だからいいよ、貸す、写真もすごいいいよ」

そのまま開けたばかりの『ばらばら』を差し出してくれて、わたしは「ありがとうございます」と言いながら受け取った。

家に帰ってから、早速CDを取り込んで、1曲めから順番に流しながら写真集をみる。すきだった。素朴な作品だった。音楽も写真もだいすきだった。こんな作品をわたしも作りたいと思った。ZINEなら作れるかな。そして、あなたはわりとわたしの好みをお見通しなのだと思った。


②-つづき /// あなたの話をしたいです。

ある日、貸してもらった『ばらばら』を返すために、だいじに握りしめてお店に行った。

「これ、ありがとうございました!めっちゃよかったです、すごいすきです」
「でしょ!よかったよかった!なんか歌もどの曲も意外とボソボソボソボソ歌っててさ」
「そうそう、わたしのすきな星野源だった!写真もどれもすごくよかった!」

あの『ばらばら』はわたしの次にだれか貸してもらったのかな。わたしもほしくて、Amazonで買おうか迷っている。


③ /// あなたの話をしたいです。

2022年のフジロックの数日後、お店へ行った。

「折坂悠太みました?最高だった!」
「みたみた、よかったね」
「ね!YouTubeでリアルタイムで配信みながら、夜中の再配信でもっかいみちゃうくらい感動しました」
「再配信なんてやってたの?」
「なんかね、ぜんぶのステージの公演が終わったらぜんぶまた再配信してくれてるみたいで」

わたしとあなたと折坂悠太さんの出会いは、確かフジロックより少し前で、リリースされたばかりの『心理』をお店でききながら、わたしが「折坂悠太は土っぽくてすき!」と言った。

「土かあ」
「そう、土!キラキラオシャレ系かな?と思いきや、なんか土っぽい感じがしてすごいすきです」

数秒あなたは考えて、「土って、わかるかも」と言ってくれた。

「土っぽいね」
「そう!土っぽくて」
「この『心』とかさ、狂ってるよね」
「ね!最高!『どうぞ』〜!」
「絶対酒飲んで酔っ払ったところでスタジオ入って作ってるよね!」
「ね、ね!羨ましい!あとさ、『朝顔』すごいいい曲だけど、アウトロがすごい折坂悠太っぽくてすごいすき!」
「わかる」
「折坂悠太でいてくれてありがとうってなりました」
「『平成』のジャケットもいいよね」

その日は、早々に酔っ払ったので、「わかる〜!」と「最高〜!」を繰り返しながら、『平成』のジャケットの折坂悠太さんのお顔の角度を真似しながら「赤くて、こんなやつですよね!」と言った。そして、「そうそうこんなやつ」と言いながら、あなたも折坂悠太さんのお顔の角度を真似してくれた。「この曲なんてタイトルか知ってる?」ときかれて、次に流れた曲は『みーちゃん』だった。

「『みーちゃん』!」
「そう!」

わたしは「この曲もめっちゃすきです〜」と言い、「みーいちゃん、だめ〜」とちいさく口ずさみながら、どんどんジャスミンハイを飲んだ。

「土っぽい」という曖昧な感覚が伝わった気がしたのがすごくすごくうれしかった。わたしもちいさいころは『みーちゃん』と呼ばれていたことは言わなかった。


④ /// あなたの話をしたいです。

ある日、いつも通りお店に行って、このころは煙草を吸うようになっていたので、煙草を吸いながら、いつも通りばかみたいに濃いジャスミンハイを飲みながら、お店で流れている曲をゆらゆらきいていた。

「みのりさんって弾き語りとかきく?」
「弾き語りかあ、弾き語りは、カネコアヤノはすきだけど、うーん…」
「もっとひねくれたひとは?」
「???ひねくれたひと?」
「うん」

『ひねくれた』ひととは?と思いながら、カネコアヤノさんのほかにすきな弾き語りのアーティストがすぐに思いつかなくて、「あんまりきかないかも」と答えた。

「タテタカコって知ってる?」
「あー、お名前だけ!ちゃんときいたことないですねえ」
「そっか、このひとすごく良くて」

そう言ってあなたはタテタカコさんのエピソードをいくつも話してくれた。

元は音楽の先生で、卒業式にCDを作って卒業生に配ったら、それをきいた保護者の方から広まって、あれよあれよとデビューしたこと。あなたがライブに行ったとき、すごく小柄な方なのに放たれる歌のエネルギーがすごくて、神々しくて、感動したこと。愚かなわたしは「泣きましたか?」ときいてしまったけれど、「泣きはしてないけどやられたね」と言われた。是枝監督の『誰も知らない』の主題歌をやられていること。「『誰も知らない』みたのにな、きいたことあるんだろうけど、覚えてないな、映画にやられすぎて記憶にないのかな」とわたしは言った。

そして、『宝石』を流してくれた。
心がギュッとなった。あっという間に目頭が熱くなって涙が出そうになった。

「めっちゃいいですね」
「ね、いいよね、あとね、この曲も良くて」

その次に『心細いときにうたう歌』がきた。

だめだった。わたしもやられている。泣いてしまう。ボロボロ泣いてご迷惑をおかけしたことが過去に何度もあるので、泣いてはだめだ、と唇を噛み締め、俯いてアップルミュージックにタテタカコさんのアルバムをどんどん追加していった。

「あとね、これもおれすごいすきで。作詞がやなせたかしなのよ、アンパンマンの」
「はええ、すごいですね!」

『しろいうま』を流しながら、あなたは「おれさ」と話をつづけた。

「おれさ、みんなのうたに出るのが夢なんだよね」
「わあ!素敵!」
「ちっちゃい子もうたえる歌を歌いたいんだよね」
「うんうん、この、タテタカコさんもやっぱり、どことなく、みんなのうたっぽいというか、合唱曲っぽいというか、そういう雰囲気もありますよね」
「ね!やっぱり音楽の先生だったっていうのがあるのかもしれない」

わたしはまた呪いみたいなことを言ったら負担になっちゃうかな、とか考えたり、気恥ずかしさもあったりして、「あなたならみんなのうたに出られる」と言えなかった。言えばよかった。ちゃんと言葉にして伝えればよかった。あなたなら、みんなのうたを作れる。

その日はこれ以上タテタカコさんをききながらお酒を飲んだら泣いてしまうと思って、早めにお店を出た。


④ /// あなたの話を、したいです。

思い出がありすぎる。
わたしでさえ、思い出がありすぎる。

あなたの訃報をきいた日、ボロボロボロボロ泣いていた。12月初旬の明け方、玄関先で煙草を吸いながら、くるりの『真夏日』をきいた。あなたはきいたのかな。どんなきもちになったのかな。おなかいっぱいたべたりしながら川べり歩きたいって思っていたかな。わたしたちはごはんに興味がないからそういうところでは盛り上がらなかったかな。もうあなたにきけない。

タテタカコさんの『心細いときにうたう歌』をきいた。何度も何度も繰り返しきいている。わたしには心細いときがありすぎる。あなたがわたしに最後に教えてくれたひと。すごくすきになりました。すごくすごくすきになりました。そして、タテタカコさんの曲をきくたびに、わたしはあなたのことを思い出すようになりました。もうあなたに言えない。

わたしは、『ばらばら』には到底及ばないけれど、『涙の国』という曲と、ZINEを作って、それにまつわる展示をさせてもらいました。すべては、あなたのいるお店にわたしが作った暗い日めくりカレンダーを置かせてもらえたこと、あなたがあの日、『ばらばら』を貸してくれたことからはじまった気がします。あなたにもわたしの『涙の国』をきいて、みて、ふれてほしかった。叶わなかったことがすごく、すごく、かなしい。

わたしは、あなたの話をしたいです。忘れたくない。なにひとつ忘れたくない。これくらい思ってしまうのは許してほしい。許してくれるかな。許してくれるといいな。あなたもすきだと言っていたDYMOで、わたしは朝までポチポチとZINEのパッケージにつける数字を打ってゆく。

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