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〈偏読書評〉ミステリとしても楽しめる、大人のためのおとぎ話:『おばあちゃんのごめんねリスト』

2016年12月に日本で公開され、スウェーデンでは国民の5人に1人が観たという映画幸せなひとりぼっち。第89回アカデミー賞では外国語映画部門とヘアスタイリング部門にノミネートされていたこともあり、映画は観ていなくても、そのタイトルに聞き覚えのある人も多いかもしれません(ちなみに現在ハリウッドで、トム・ハンクス主演でのリメイクが決定しているのだそう)。

そんな大ヒットを巻き起こした映画の原作を手がけたのが、スウェーデンの人気作家フレドリック・バックマン。実は彼のデビュー作は、この『幸せなひとりぼっち』で、デビュー作にも関わらず世界累計280万部を突破したという、ある意味(もちろん良い意味で)モンスター級の作家。そんな彼による長篇第2作『おばあちゃんのごめんねリスト』の日本語版が、3月20日に早川書房から発売されました。

発売にさきがけ、早川書房さんのnoteにて、試し読み希望読者が募集されていたので応募したところ、ゲラをお送りいただけました(現在、一般読者の受付は終了し、書店員さんの応募のみ受付)。で、試しに読んだら……これが想像していた以上に素晴らしく、「バックマン氏、マジでモンスターだわ……」と本気で震えましたよ、えぇ。

1981年生まれという、訳者である坂本あおいさんの言うところの「最高にお茶目」な「三十代後半の若いオヤジ」が、なんでここまでチャーミングな物語を描けるんだ……っ!? と、嫉妬を通り越して恐ろしさに近いものを感じました。いや、別に自分は作家を目指しているわけではないので、嫉妬を感じる必要はないんですけど。

『おばあちゃんのごめんねリスト』のあらすじはというと……

エルサは7歳。おばあちゃんは77歳。
大胆不敵で傍若無人なおばあちゃんは、ずっとエルサの友達だった。「変わった子」と言われるエルサの、ただ一人の、強い味方だった。
でも、おばあちゃんは病気で亡くなった。
おばあちゃんに託された謝罪の手紙を、エルサは代わりに届けはじめる。宛先は、よく知っている人も、あまり知らない人もいて……
『幸せなひとりぼっち』の作家が、変わった子だった大人たちにおくる物語。

……と、いうもの。読みはじめて、まず惹かれてしまうのが、おばあちゃんのキャラクター。現在、早川書房のnoteでは第1章が公開されているのですが、もうマジで破天荒でサイコーなおばあちゃんなんですよ。

主人公のエルサいわく「人の命を救うことと、人を怒らせること」の特殊聴力を持った「いささか機能不全のスーパーヒーロー」である、おばあちゃん。そんな彼女がどんな人物なのか、もう少し詳しくお伝えするために第1章から引用させていただいたのが、以下のテキスト。

 おばあちゃんはイカれてると今では言われる。でも、じつはおばあちゃんは天才だった。同時に頭がちょっとずれているだけだ。むかしは医者をしていて、賞ももらったし、取材されて記事にもなったし、かつては人々が逃げだそうとしている世界一ひどい場所を転々としていた。命を救って、世界じゅうの悪と戦った。スーパーヒーローさながらに。
 でも、命を救うには年を取りすぎたとついに人から言われて(その人は本当は〝イカれすぎ〟だと言いたかったんじゃないかとエルサは強く疑っている)、医者を引退した。おばあちゃんはそういう〝人〟のことを〝社会〟と呼んで、今じゃふたことめには政治的正しさが叫ばれて、自分はもう患者の身体を切らせてもらえない、とぼやいた。それに何より手術室でタバコを吸うことに〝社会〟がうるさくなってきて、おばあちゃんにしてみれば、そんな労働環境でだれが働けるかという話だった。

もう、サイコーにリベラルでかっこいいこういうカッコいいおばあちゃんになりたいですよ、私は。いや、子どもどころかパートナーすらいない、出産適齢期をとうに過ぎた中年なんで、祖母どころか母親にもなれないんすけどね。

実はこのおばあちゃんの過去が、物語における見事な伏線にもなっているんですよ。物語の冒頭にある描写ということもあって、さらっと読み過ごしてしまいそうだけど、よく考えたらこのおばあちゃんの過去は、か〜なりすごいことですし(どうすごいか知りたい人は、作品を読んで確かめよう!)。

でも、あらすじに書かれているように、超チャーミングなおばあちゃんは、物語の早々に死んでしまうんですよ(こんなイカしたキャラクターなのに!)。で、おばあちゃんに託された手紙を届けるというエルサの〈冒険〉がはじまるのですが、この〈冒険〉を通して明かされていくのが、エルサたちが暮らしている建物(集合住宅)の住人との知られざる関係

どんな住人がいるのかは、キュートな装画と挿絵を手掛けられた、くのまりさんによる挿絵をご覧いただくのが一番良いかと(以下のTweet、2枚目の画像)。

一見、というか物語冒頭では〈同じ建物に暮らしている、ご近所さん〉としてのみ描かれていないのですが、それぞれの住人との関係(と、エルサが知らなかった、おばあちゃんの姿)が明かされるたびに、ハッピーな気持ちになったり、ちょっと泣きそうになったり、「うえぇっ!? そうきたか……っ!!」と驚かされるんですよ。もう下手なミステリ作品のトリックなんかより、ずっとずっと驚かされるくらいに!(話は逸れますが、同じく早川書房から出ているアンソロジー『呼び出された男 -スウェーデン・ミステリ傑作集-』も、かなりオススメの一冊です。スウェーデンと、ミステリつながりってことで紹介)

あらすじにある「変わった子だった大人たちにおくる物語」は嘘偽りないし、読み終えた後には心がすごくあたたかくなる《大人のためのおとぎ話》ともいえる物語である(実際に作中では、おばあちゃんがエルサに語るオリジナルのおとぎ話がたくさん登場する)。でも、478ページという長さを最後まで読み切れるのは〈驚き〉に満ち溢れているからこそ、だと私は思うんですよね。

様々な刺激あふれる情報に満ちたこのご時世、人を感動させることよりも驚かせることの方が、実は遥かに難しいと思います。しかも、文章だけでとなると、さらにハードルが上がる。おまけに長篇作品に手を出すような読書家は、か〜なり目が肥えているので、ちょっとやそっとのことじゃ心を動かされない(と思う)。

要は、ひと昔まえに比べたら、作家は本当に大変だと思うんですよ。私の大好きな作家のひとりである、古川日出男さん『波』2018年3月号(新潮社刊)に掲載された、ASIAN KUNG-FU GENERATION・後藤正文さんとの対談「文学にしかできないこと」の中で「小説は本当に読まれなくなってきている。読むのに体力が要るから。それでも生き残っている強者(つわもの)の読者向けに、その強者が唸って卒倒するような本を書けるようでなければと思っています」と言っていたように。

そんな厳しい状況をものともせず、読者の心を揺さぶる作品を、こうも連発できるバックマン氏は本当にモンスターだな、と。書いているときに色々な苦労もあるはずだろうけど、あまりに軽やかに物語が進むので、本人も軽やかに書いているのではないかと錯覚してしまうくらいに。

しかも、訳者あとがきで坂本さんが……

この作品の舞台がスウェーデンだと気づかない読者も、どうやら世界には多いようだ。これは想像でしかないが、著者はあえて地域色をつけず、どこの話としてでも読めるように、そんな小さな工夫をしているようにも思う。

……と触れているように、以前の投稿で書いたような《世界文学》としても通用する仕様と密かになっているというのも、マジですごい。意図的であろうと、たまたまであろうと、マジでバックマン氏、モンスターやわ。そら興奮のあまりに、エセ京都弁にもなってしまいますよ。

ちょっとドキドキして、でも心があたたまる作品が読みたいな……」と思っている(ように見える)知り合いがいたら、私はまっさきに『おばあちゃんのごめんねリスト』をオススメしますね。ひとまず、第1章公開noteのURLをLINEとかで送りつけますね。LINE上の友だち、そんなにいないけど。

あと『長くつ下のピッピ』をはじめ、アストリッド・リンドグレーン作品を子どもの頃にたくさん読んでいたという人にも、この作品はオススメバックマン氏はリンドグレーンに謝辞を捧げているのですが、物語の中にはリンドグレーン作品へのオマージュともいえる表現が出てくるのでこれも個人的に「おぉっ!!」となったポイント)。

と、これまたものすごい長文で『おばあちゃんのごめんねリスト』の魅力を語ってしまいましたが、本当はもっと語りたいことはいっぱいあるんですよ……(犬が大活躍する部分とか!)。それくらい魅力にあふれる『おばあちゃんのごめんねリスト』、新年度が始まり、環境などの変化で心が疲れてしまったときにも、か〜なり効く作品だと思いますので、これから忙しい日々がはじまる方は、今のうちにオンライン書店とかでポチっておいた方が良いですよ。

(そして最後に早川書房さん、早々にゲラをお送りいただいていたのに、感想をアップするのが遅くなり、本当にすみませんでした。めちゃくちゃ面白かったです……っ!! ピーター・トライアス氏の『メカ・サムライ・エンパイア』の刊行も、楽しみにしています……っ!!)

【BOOK DATA】
『おばあちゃんのごめんねリスト』(早川書房刊) フレドリック・バックマン/著、坂本あおい/訳、くのまり/装画・挿絵、早川書房デザイン室/装幀 2018年3月20日第1刷発行 ¥2,200(税別)

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