【判例評釈】てんかん発作に起因する事故と交通事故訴訟における責任の評価について【交通事故判例速報】

神戸地方裁判所 平成23年11月30日判決(平成23年(ワ)第445号)

以下は、交通春秋社刊【交通事故判例速報】(No.547)に掲載された以下の判例評釈の内容をウェブサイト用に再構成したものです。

てんかん発作に起因する事故と交通事故訴訟における責任の評価について

平成23年4月に栃木県鹿沼市、島根県松江市で相次いで発生した悲惨な交通事故の報道等を契機に、てんかん発作に起因すると思われる重大な事故が注目されるようになってきた。

この点、てんかん及びそれに基づく症状については、交通事故賠償の場面では受傷した被害者の後遺障害の内容(外傷性てんかん)としてしばしば問題となるが、てんかん発作による意識障害・運動障害が事故につながったケースについては全く別の側面からの検討・考察が必要である。

なお、筆者においても、このたび同様にてんかん発作に起因する事故について加害者側代理人として処理に携わる機会があったほか、近時、重要性・社会的関心の高まっているトピックであると考えられることから、本稿においてはてんかん発作と交通事故責任について検討・報告を行う。

1 てんかんとは

(1)病態

てんかん("Epilepsy")とは、大脳の神経細胞の過剰な同期的発射活動が起こることによって、同一個人の中では同じ型の臨床発作(全身強直-間代発作、欠神発作、幻聴発作、四肢の一部の強直発作など)が繰り返す病態をいい(南山堂「医学大事典(第18版)」1451頁左参照)、有病率は人口の1%弱と高頻度の疾患である。

また、欠神発作とは、てんかんの発作のうち短時間の意識の混濁、または消失を呈する発作である。

なお、てんかんや発作の種類にもよるが、適切な治療薬(抗てんかん薬)の選択・服用により80パーセント以上の患者では発作がほぼ抑制されるとされている(医学書院「今日の治療指針2004」673頁参照)。

(2)自動車運転に関する法律上の制限

てんかん発作による意識障害・運動障害が自動車運転に多大な支障を生ずるものであることから、道路交通法第90条第1項第1号ロは「発作により意識障害又は運動障害をもたらす病気であって政令で定めるもの」については運転免許を与えず、又は六月を超えない範囲内で免許の保留をすることができるものとしている。

そして、同法施行令第33条の2の3第2項第1号において、てんかんが法の定める上記「病気」に含まれるものとされている(ただし、発作が再発するおそれがないもの、発作が再発しても意識障害及び運動障害がもたらされないもの並びに発作が睡眠中に限り再発するものについては除外されている。)。

この点、かつてはてんかん罹患の事実は免許取得の絶対的欠格事由とされていたところ、平成14年6月1日より施行された改正道路交通法・同法施行令により、具体的に運転に支障を来すような意識障害・運動障害を生じるおそれがない者の場合には、上記のとおり、その旨の医師の診断等を条件に例外的に普通免許の取得を認める扱いへと改められた(相対的欠格事由への変更)。

なお、この運転免許取得の具体的条件については、同法施行令の具体的運用基準である「一定の病気に係る免許の可否等の運用基準」に定められている。

もっとも、これらの法令による制限は、主に免許の取得ないし更新時の本人の申告に基づいてなされるものであるため、現に免許を保有している運転者がてんかんに罹患し、その診断を受けたような場合や、免許取得・更新時に本人の申告がない場合には、直ちにその運転を抑制する手段にはならない。

2 過失に関する考え方

てんかん発作による意識ないし運動障害の結果引き起こされた自動車事故について刑事ないし民事上の責任が問われたケースは少なくない。

この点、重大な事故につながるのは、運転者がてんかん発作により意識障害を来し、心神喪失状態で車両の運行を継続させたという場合であろう。

このように、事故発生時に心神喪失となっている場合、実際の事故の時点では既に事故の回避可能性がないという特殊性から、刑事事件、民事事件を問わず、「運転を差し控えるべき義務」あるいは「開始した運転を中止すべき義務」(ないしその義務違反)の有無という形で過失が問題となるのが一般的である。

以下、過去の裁判例を概観する。

(1)刑事責任についての裁判例

てんかん発作による自動車事故について、刑事上の責任が問われた裁判例としては以下のようなものがある。

ア 責任を認めた例

①大阪高等裁判所 昭和42年9月26日判決(判例時報508号78頁)

 (業務上過失傷害被告事件)

被告人が(正確な病名について知らされていなかったとしても)自己の病気がいわゆる「てんかん」様のけいれん発作を伴うものであることの認識をもっていたこと、その上医師からも、抗けいれん剤継続服用の指示を受け、自動車の運転は差し控えるよう注意を受けていたこと等を根拠に、被告人には「自動車の運転を差し控えてその運転中にてんかん性発作を起すことによって生ずる事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある」旨判示した。

②仙台地方裁判所 昭和51年2月5日判決(判例時報839号128頁)

 (業務上過失致死傷被告事件)

被告人が(病名について明確な認識はなかったものの)てんかんの病識があり、抗てんかん剤の投与を受けていたという事案につき、「自動車の運転に従事した場合にはその運転中にも右の如き発作が起き安全な運転が不可能になるおそれがあることを予見して自動車の運転に従事することを一切回避し、もつて交通事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を負っていた」ものと判示し、同注意義務違反によって2名を死傷させたことを理由に、禁錮1年2月、執行猶予3年の刑を言い渡したもの。

③東京地方裁判所 平成5年1月25日判決(判例時報1463号161頁)

被告人が事故の約27年前より真正てんかんと診断されて投薬治療を受け、事故の3年前で10日に1回程度、また事故当時においても月2~3回程度、夜間を中心に精神運動発作を繰り返していたという事案につき、「睡眠不足、過労、ストレス等身体の状態如何では、昼間の自動車運転中においても発作が起こることもありうることを予見することは可能であり、また、予見すべきであったといわざるを得ず、右予見義務を尽さず本件運転行為に及んだ以上被告人の過失は免れない。」と判示した。

そして、上記注意義務に違反して自動車を運転し、運転中の意識喪失により幼児1名を含む3名を跳ねうち1名を死亡させるに至った点につき、禁錮1年6月、執行猶予4年の刑を言い渡したもの。

④大阪地方裁判所 平成6年9月26日判決(判例タイムズ881号291頁)

 (業務上過失致死傷等被告事件)

被告人が、(事故以前にはてんかんであるとの診断を受けた事実はなかったものの)事故の約7年前より年に2~3回程度、夜間や睡眠中に一時的な意識障害に陥るようになり、自動車運転中にも意識障害を生じたという事案につき、「たとえ専門医によっててんかん病の病名が判定されておらず、従ってその診断に基づき自動車の運転を差し控えるよう忠告されていなかったとしても、本件自動車運転開始時において、被告人が、自動車運転中に右の一時的な意識障害に陥る発作に見舞われうることを予見することは十分可能であった」とし、「被告人が右予見に従って運転を差し控えるべき業務上の注意義務を負うこともまた当然である」と判示した。

その上で、上記注意義務に違反し、自動車運転中の意識障害によって歩行者2名を跳ねとばし、うち1名については死亡に至らせた点につき、禁錮1年2月、執行猶予3年の刑を言い渡したもの。

⑤長野地方裁判所 平成17年2月23日判決

 (業務上過失致死傷被告事件)

被告人が事故以前にもてんかんを原因とする意識障害を起こし、物損事故を起こすなどして医師から車両運転を控えるように指摘されていたこと、てんかん発作抑制のため服用しなければならない抗てんかん剤を自らの判断で減らし、気晴らし目的で車両運転を続けていたこと、事故直前にもてんかん発作の前兆を感じながら運転を継続したこと等から、「運転を差し控えるべき注意義務があったのにこれを怠った」ものと判示した。

その上で、てんかん発作による意識障害の結果、信号待ちの車列に高速で追突し、7人を死傷させた点につき、懲役4年の実刑判決を言い渡したもの。

⑥横浜地方裁判所 平成21年3月18日判決

 (自動車運転過失致死傷被告事件)

被告人が事故の3年前にもてんかん発作による意識喪失を原因とする事故を起こしていたこと、医師から処方された症状緩和に必要な薬を長期間服用していなかったこと等から、てんかん発作による意識障害によって事故が生じることを予見可能であったと判示した。

その上で、意識障害の下でトラックを歩道に乗り上げさせ、歩行者2名を死傷させた点につき、禁錮2年8月の実刑判決を言い渡したもの。

イ 責任を否定した例

稀なケースではあるが、⑦大津地方裁判所平成17年2月21日判決(本紙2005年3月号4頁参照)のように、事故時までにてんかん発作に見舞われた事実がなかったなど、運転中に(てんかんによる)意識障害に陥ることを予見できなかったものと判断される事案において、結果の予見可能性、回避可能性のいずれもが否定されるとして無罪とされた事案が散見される。

なお、⑧東京高等裁判所 昭和49年7月19日判決(東京高等裁判所(刑事)判決時報25巻7号60頁)は、被告人がてんかん発作による意識障害の結果事故を生じたものと認められるとして心神喪失を理由に無罪(破棄自判)を言い渡したものであるが、被告人自身にてんかんの病識がありたびたび発作も生じていたという事案であり、公訴事実の内容によっては有罪となった可能性がある特殊なケースであると思われる。

ウ 評価

以上に見るように、てんかん発作による意識障害に陥ることを予見し得たという事案については、「運転を差し控えるべき義務」の違反を理由に、刑事責任を認めるというのが一般的な刑事裁判実務の流れであるといえ、過失の存在が否定されたのは、運転者に事故前に病識が一切無く、運転中の意識障害の発生を予見できなかったというような例外的な事案(⑦)に限られている。

もっとも、責任肯定例の中でも、てんかん罹患が運転免許取得の絶対的欠格事由とされていた時期の裁判例(①~④)に比べ、平成14年の道交法、同法施行規則改正後の事案(⑤・⑥)においては、当該運転行為に至るまでの事実経過について、より緻密な事実認定がなされているように感じられる。

なお、当然のことながら、過去に同種事故歴がある事案や、抗てんかん薬服用の懈怠等が認められる事案(⑤・⑥など)においては厳しい判決が言い渡されているが、これには死傷の結果の重大性のほか、近時、この種の事案が社会問題化していることの影響も否定できない。

(2)民事責任について

民事事件においては、賠償責任の有無の場面で、刑事事件の場合と同様に加害者側の過失の有無が問題となる。

ア 一般不法行為責任について

民事上の賠償責任の場面、一般不法行為に基づく請求(民法709条)を前提とする限り、心神喪失を理由に賠償責任が否定される場合が生じうることとなる(民法713条)。そして、この「心神喪失」については、てんかんの発作による場合も含むものと解されている(名古屋地方裁判所昭和38年8月20日判決・訟務月報10巻1号96頁)。

もっとも、てんかん発作による意識障害の場合であっても、例えば前記⑤・⑥の各裁判例のような事情が存する事案においては、そのような心神喪失状態を招いた点に運転者の過失があったものとして責任が肯定されるものと考えられる(民法713条但書)。

なお、同条但書の場面では「心神喪失の状態を招致するについての故意・過失」があれば足り、「心神喪失を利用する意思」や「加害行為をなすに至るべきおそれがあることの予見」までは必要とされていない(青林書院「新版注解交通損害賠償法2〔民法〕」250~251頁、静岡地方裁判所平成5年3月26日判決・判例時報1504号111頁)。

そのため、てんかんによる事故の場合も、てんかん発作による意識障害に陥る点についてのみ過失(予見可能性・回避可能性)があれば、意識障害の結果生じた事故による損害の賠償責任は免責されないこととなる。

この点、一般的には民事責任における過失は刑事責任におけるそれよりも広い概念であるとされており(前掲「新版注解交通事故賠償法2〔民法〕」102頁参照)、刑事責任が認められるてんかん事故の場合には、一般不法行為に基づく責任も認められることとなろう。

イ 自賠法3条に基づく責任について

なお、運転者が運行供用者(自賠法3条)に該当する場合、同条に基づく責任には民法713条は適用されないことから(大阪地方裁判所平成17年2月14日判決・判例時報1917号108頁)、運転者は自賠法3条但書記載の厳格な三要件を満たさない限り賠償責任は免れないこととなる。

そもそも自賠法3条は自動車を運転していると否とにかかわらず、運行供用者に実質的な無過失責任を負わせており、また、運転者の心神喪失も車両の構造上の欠陥・機能の障害と同様いわゆる「車両圏内」の要因・事情であって、これを理由として運行供用者責任の免責を認めるのは相当でないことに照らせば、上記は当然の帰結であるといえる(前掲大阪地方裁判所平成17年判決参照)。

(3)加害運転者の使用者の民事責任について

これに対し、てんかん発作に基づく事故を招致した加害運転者の使用者の責任については若干異なる考慮が必要となる。

ア 使用者責任(民法715条)について

この点、加害運転者自身に一般不法行為の成立が認められ、かつ使用者責任(民法715条1項)の定める要件も認められる場合には、使用者が加害運転者と連帯して賠償責任を負うと解することに問題はない(不真正連帯債務、大審院昭和12年6月30日判決)。

他方で、使用者責任については被用者自身に一般的不法行為の要件が備わっていることが要求されるから(大審院大正4年1月30日判決)、てんかん発作による事故発生について加害運転者自身が免責される場合には、使用者の責任も否定されることとなろう(もっとも、このような場合がさほど多くないと考えられることは前記のとおり。)。

イ 運行供用者責任(自賠法3条)について

他方で、自賠法3条に基づく責任追及の方法がとられた場合はどのように考えるべきであろうか。

例えば、タクシー乗務員がてんかん発作による意識障害に陥ったままタクシーを走行させ、その結果人を死傷させた場合を検討してみよう(筆者が今回携わった事案も同様のケースであった。)。

(ア)運行供用者責任の主体と免責要件

この場合、タクシー乗務員自身は「自己のために自動車を運行の用に供する」者といえず、その運行供用者性が否定されるものと考えられるため、一般不法行為責任の成否が問題となる程度である。そしてこのような場合にはタクシー会社自体が運行供用者に該当することとなろう。

そのため、この場合も、タクシー会社としては自賠法3条但書に定める三要件の立証を行わない限り免責は認められないこととなる。

具体的には、

①自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、

②被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと、

③自動車に構造上の欠陥又は機能の障害が無かったこと

の3つを証明した場合にのみ免責されることになる。

(イ)具体的検討

この点、加害運転者本人に一般不法行為に基づく責任が認められるような場合にはそもそも①の要件を欠くこととなり免責は認められない。

また、加害運転者本人が民法713条により免責される場合であっても、やはり使用者は上記三要件の全てを立証しない限り自賠法3条に基づく賠償責任を免れない。

この点、前掲名古屋地方裁判所昭和38年8月20日判決も、てんかん発作による意識障害に陥った観光バス会社の乗務員(加害運転者)について、意識障害に基づく心神喪失に陥ることの予見可能性が無いとしてその不法行為責任を否定する一方、その使用者たる観光バス会社については上記②の免責要件を満たさないとして自賠法3条の責任を認めている。

なお、筆者の携わった事案では、使用者であるタクシー会社が健康診断の実施や健康状況の把握に努めていたにもかかわらず、本人の申告が無かったことにより被用者(加害運転者たる乗務員)のてんかん罹患の事実を事前に一切知り得なかったという事情があった。もっともこのような事情は、前記①の免責要件のうち「自己が注意を怠らなかったこと」(すなわち、運行供用者自身の選任監督義務違反の有無)の判断において意味を持つものに過ぎず、これが満たされるだけでは免責は認められない。

また、非常に限定的な事案ではあるが、加害運転者自身に事故前に一切病識が無いなどの場合には前記①の要件(運行供用者・運転者双方の無過失)が満たされる場合も考えられなくはない。もっとも、この場合でも、てんかん発作により急激な意識障害を来すというてんかん事故の性質に鑑みれば、前記②の免責要件を満たさない場合が多いのではないかと考えられる。

3 まとめ

以上のように、てんかん発作による自動車事故の場合においては、自賠法3条に基づく運行供用者責任が否定されることは極めて稀であると考えられる。

もっとも、営業用車両の事故のような事案では、前掲名古屋地裁昭和38年8月20日判決の事案のように加害運転者本人の責任(一般不法行為責任)が否定されるケースも考えられることから、使用者に対する責任追及について使用者責任と運行供用者責任のいずれを選択するかによって大きく結論を異にする可能性があるため、賠償請求の際には注意を要する。

以上

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