【判例評釈】複合局所疼痛症候群(CRPS)ないし反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)が認められた事案【交通春秋社判例速報】

神戸地方裁判所 平成22年12月7日判決(平成20年(ワ)第3026号)

以下は、交通春秋社刊【交通事故判例速報】(No.540)に掲載された以下の判例評釈の内容をウェブサイト用に再構成したものです。

自賠責保険の後遺障害等級認定において「局部に頑固な神経症状を残すもの」(別表第二第12級13号)との認定を受けた事故当時26歳の被害者(女性)につき、複合局所疼痛症候群(CRPS)ないし反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)様の症状が存すること等を理由に同等級10級に該当する程度の後遺障害の残存が認められた事例

1 事案の概要
本件事案の概要は以下のとおりである。

①平成17年4月7日、Y運転の普通乗用自動車が交差点において右折中、右折先横断歩道手前で同じく右折のため停車中であった他車に追突してこれを前進させ、その結果、同車の前部が、横断歩道を青信号に従い横断中であったX搭乗の自転車に衝突し、Xが転倒負傷した(以下、「本件事故」という)。

②本件事故により、Xは当初、頚部捻挫(頚椎捻挫)、左肩・左手打撲、腰部打撲・肋骨骨折(疑)、左側胸部打撲等と診断された。

その後、Xは治療を続けるも左手指から左肩、首の部分のひどい痺れや疼痛に悩まされ、日常生活すら大幅に制限される状態に陥った。

このため、Xは事故後、稼働再開もできないまま退職を余儀なくされ、事故から約2年4ヶ月後となる平成19年8月31日、頚椎捻挫、反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)、左肩・手指関節拘縮等の障害による頚部~左上肢痛、左手しびれ感、左手発汗過多、皮膚温低下、浮腫(腫脹)、夜間不眠、左上肢筋力低下及び巧緻運動障害(関節機能傷害を含む。)等の症状を残したまま症状固定となった。

③自賠責保険の後遺障害等級認定手続においては、頚部から左上肢にかけて残存する神経症状について、他覚的に神経系統の障害が証明されるものと評価され、「局部に頑固な神経症状を残すもの」(別表第二第12級13号)に該当する旨の認定がなされたものの、上記CRPS(ないしRSD)については「骨萎縮が判然とせず、皮膚の変化も健側と比較して明らかに認められるとは捉えられない」として、後遺障害としての評価はなされなかった。

④Xは、自己の症状はCRPS(ないしRSD)によるものであり、後遺障害等級9級(労働能力喪失率35パーセント)に相当する旨主張してYに対し訴訟提起(なお、Yは、Xの後遺障害について同等級12級を越えるものではないと主張)。

⑤裁判所は、平成22年12月7日言渡しの判決において、Xの後遺障害につき、「後遺障害等級10級に該当する程度の後遺障害を負ったものとして評価することが相当である。」と判断した。

2 主要な争点
本件の主要な争点は①後遺障害の程度(CRPS(ないしRSD)罹患の有無を含む。)、②素因減額の要否(適否)及び③双方の過失割合であったが、争点②・③についてはいずれもYの主張に具体的な根拠がないという理由で排斥されている。

そこで、本稿では、実質的に大きな争いとなった争点①を取り上げる。

3 基礎知識
本件事案の把握のためには、まずCRPS(ないしRSD)に対する理解が不可欠であるため、以下に軽く触れる。

(1)RSD(CRPS)の病態と呼称
反射性交感神経性ジストロフィー(reflex sympathetic dystrophy=RSD)は、交感神経の異常な反射亢進に起因する疼痛、腫脹、関節拘縮等を主徴とする病態であるとされており、近年、労災保険において神経系統の機能又は障害に関する認定基準の改正がなされたこと等により交通事故賠償の実務においても注目度が高まっている障害であるといえる。

もっとも、研究や病態の理解が進むにつれ、従来のRSDの概念では捉えきれない症例が存在することが認知されるようになり、近時はより広く複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome=CRPS)という呼び名が提唱されるようになった(なお、本稿では特に必要がない限り、以下、CRPS(RSD)との語を用いる。)。

(2)発生機序
一般に、人は外傷を受けると正常な交感神経反射が生じ、出血や腫脹を防ぐため、四肢の血管が収縮することとなるが、通常であれば、外傷の治癒によりこのような反射は消失することとなる。

ところが、この反射が消失せずに働き続けると、末梢組織に強い交感神経の亢進状態が持続することとなり、その結果、局所の虚血状態やより強い持続的な痛みとなって悪循環を形成し、CRPS(RSD)を発症することとなる。

このようなメカニズムにより生じるものであることから、CRPS(RSD)では「原因となる外傷に不釣り合いに強烈な疼痛」が生じることが特徴であるほか、場合により、外傷を受けた場所とは別の部位に出現する可能性もあるとされており、この病態への正しい理解がないと、ややもすると過剰・過大な受傷主張と捉えられてしまう危険性があるため注意を要する。

(3)CRPS(RSD)の主な症状
疼痛、腫脹、関節拘縮、皮膚変化(栄養障害)が4主徴とされているほか、末梢循環不全、発汗異常、骨萎縮、筋萎縮、手掌腱膜炎等の症状が現れることがあるとされている。

(4)CRPS(RSD)の診断基準
CRPS(RSD)については、研究者や公的機関等により何種類かの診断基準が提唱されている。そのうち主なものは以下のとおりである(なお、本件でXについて当てはまった項目については下線を付した。)。

ア 国際疼痛学会(IASP)によるCRPS(RSD)の診断基準(神経損傷を生じない症例について)

以下の基準のうち②~④を必ず満たさなければならないとされている。

①きっかけとなった侵害的な出来事や当該部位を動かさなかった(固定していた)既往があること

②持続する疼痛があるか、アロディニア(通常では疼痛をもたらさないほどの微小な刺激が全て疼痛として認識されてしまう感覚異常)もしくは痛覚過敏の状態であり、疼痛のきっかけとなった出来事に不釣り合いであること

③経過中、疼痛のある部位に、浮腫、皮膚血流の変化、発汗異常のいずれかがあること

④疼痛や機能不全の程度を説明可能な他の病態がある場合、この診断は当てはまらない。

イ 厚生労働省CRPS研究班作成のCRPS(RSD)判定指標
なお、IAPSによる診断基準では判定指標としての感度(陽性の患者を陽性と判定しうる精度)、特異度(陰性の患者を陰性と判定しうる精度)が十分でないことから、厚生労働省CRPS研究班により、上記IAPSの診断基準に加え以下のとおりの判定指標が提唱されている。

(ア)自覚症状についての基準
前記「ア」の基準を満たした上で、さらに次にあるCRPS(RSD)判定指標のうち、病期のいずれかの時期に、以下の自覚症状のうち2項目以上(但し、各項目内のいずれかの症状を満たせばよい。)に該当することが必要であるとされる。

①皮膚・爪・毛のうちいずれかに萎縮性変化

②関節可動域制限

③持続性ないし不釣り合いな痛み、しびれたような針で刺すような痛み(患者が自発的に述べるものであること)、知覚過敏

④発汗の亢進ないしは低下

⑤浮腫

(イ)他覚所見についての基準
前記「ア」の基準を満たした上で、さらに診察時において、以下の他覚所見の項目のうち2項目以上該当することが必要であるとされる。

①皮膚・爪・毛のうちいずれかに萎縮性変化

②関節可動域制限

③アロディニアないしは痛覚過敏

④発汗の亢進ないしは低下

⑤浮腫

ウ GibbonsのRSDスコア
陽性を1点、疑陽性を0.5点、陰性0点とし、5点以上は"probable RSD"とされるところ、Xは合計8.5点であった(以下の括弧内はXについての評価)。

①アロディニアあるいはhyperalgesia(1)

②灼熱痛(1)

③浮腫(1)

④皮膚の色調あるいは発毛の変化(1)

⑤発汗の変化(1)

⑥皮膚温の変化(1)

⑦X線像上の変化(脱灰像)(1)

⑧血管運動障害/発汗障害の定量的測定(1)

⑨RSDに合致した骨シンチグラフィー所見(0)

(⑩交感神経ブロックの効果)(0.5)

4 本件での問題点と裁判所の判断

(1)Yの反論主張
上記「3」のとおり、Xについては、主治医の診断・指摘によればCRPS(RSD)の診断基準ないし判定指標の複数を満たしていることとなる。

もっとも、Yより以下のとおりの問題点が指摘され、Xの症状はCRPS(RSD)には該当しないとの主張がなされた。

①CRPS(RSD)に伴う関節拘縮はあくまで他動でも関節が動かないものが見られるところ、Xの手指の関節可動域は、他動的には正常に近いこと

②CRPS(RSD)の筋力低下は神経原性で日々変化するものではないが、Xの筋力・ROMは疼痛の軽重により変化する旨の主治医の指摘があること

③必ずしも筋萎縮・骨萎縮が著明とまではいえないこと

④CRPS(RSD)では星状神経節ブロックや腕神経叢ブロックが効果があるがXには効果が不明確なこと

(2)裁判所の判断
以上のYの指摘に対し、裁判所は判決において、「Xの症状には、通常のCRPS(RSD)とは異なる所見があることは否定することができない。」とした上で、以下のとおり判示した。

「Xには、本件事故による軽度の外傷により強度の疼痛が持続し、筋力低下などの障害や、発汗、皮膚温度の異常、皮膚の変色などが見られる。」

「Xの関節可動域制限については、左肩・左肘・左手指の関節可動域(自動・他動)の測定結果によると、①左肩関節の屈曲及び外転は、自動・他動ともに正常値の2分の1以下に制限されていること、②左肘関節の自動・他動での可動域の測定値は、自動関節可動域の合計は80度であり、また、Xの他動関節可動域の合計は100度であり、正常値の4分の3以下に制限されていること、③左手関節の可動域の測定値は、自動・他動ともに、正常値の2分の1以下に制限されていること、左手指関節の可動域については、左手の5指について自動では動かすことができない状態にあるものの、左手の各関節について、他動による場合の可動域は正常に近い結果が出ていることなどがうかがわれる。」

「Xの左上腕部は周囲26.3センチメートルであるのに対し、右上腕部は周囲30センチメートルであったこと(原告本人尋問時の確認結果)、本件事故後の症状で就労可能な職場を見出すことが困難な状況にあること、Xは、毎日、洗濯、掃除などの家事は娘の助けを借りて行い、一人でこなすことができない状況であることなどが認められる。」

「上記に加えて、前記認定の治療経過や前記CRPSの診断基準等に照らすと、Xの前記症状がCRPS(RSD)の診断基準等を満たしていることは否定することはできない」

そして、裁判所は、「(上記の)疼痛等も影響して、左肩・左肘関節について、関節の機能に障害を残すものと評価することができ、これにXの前記症状を総合すると、本件事故により、Xに後遺障害等級10級に該当する程度の後遺障害を負ったものとして評価することが相当である。」とした。

その結果、第一審判決において、Xの後遺障害が同等級10級(労働能力喪失率27パーセント)に相当する旨認定された。

なお、Yより素因減額がなされるべきとの主張もなされたが、これについては前記のとおり根拠がないとして排斥されている。

5 解説

(1)CRPS(RSD)の診断基準について
そもそもCRPS(RSD)は患者により症状が多種多様であり、かつ変化しやすいものとされている。そのため、前記のように数種の診断基準が提唱されてはいるが、いずれについても特異性が乏しいほか、診断基準の各項目の正常・異常の境界も明確でないことから、診断に際しては医師の主観が入らざるを得ないとの指摘がなされているところである。

また、発生機序、病態、定義等についても現在種々の説があり、未だ現在の医学界において統一的な理解・見解が確立しているとは言い難いという事情がある。

このため、訴訟の現場においても、CRPS(RSD)に当たるか否かの確定的な判断は困難であることが多く、同病態にあるか否かの判断に踏み込むことなく、実質的な労働能力喪失の程度を認定した裁判例も少なくない。

なお、自賠責保険においても、近時、CRPS(RSD)様の後遺障害について、別表第二第7級、第9級、第12級を認定する動きが見られる。

もっとも、画一的・定型的な判断を行うため、自賠責保険では前記のような診断基準は用いられておらず、健側に比して①関節拘縮、②骨萎縮、③皮膚変化(皮膚温の変化、皮膚の萎縮)という慢性期の主要な3症状全てが症状固定時に明らかに認められる場合についてのみ後遺障害の残存を認める扱いとなっている。

そのため、前記診断基準に照らせばCRPS(RSD)に該当すると考えられる事案においても、自賠責保険においては後遺障害として評価されないものも出てくることが考えられる。本件事案も「健側と比較して明確な骨萎縮・皮膚変化が見られるとまではいえない」として、CRPS(RSD)としての後遺障害残存が否定されていることは前記のとおりである。

(2)裁判所の判断の手法
本件事案において、裁判所は、複数の医師がCRPS(RSD)の複数の診断基準を満たすだけの症状・所見を指摘していること、そして現実にCRPS(RSD)に該当する旨の診断もなされていることを認めつつ、これを特段の既往歴が存在しないことや事故後の生活状況等の具体的事情と併せて考慮し、その結果Xに「左肩・左肘関節の機能に障害を残すもの」という後遺障害が残存したものと評価している。

このように、本件判決においてCRPS(RSD)該当性の有無そのものに関する認定(判断)がなされていないのは、Yも指摘するように、通常想定されるCRPS(RSD)の病態に当てはまらない症状・所見がうかがわれることが影響したものではないかと思われる。

そして、本件と同様に、CRPS(RSD)罹患の有無について明確な判断をしないまま後遺障害の残存を認めた裁判例としては以下のものがある。

 ・京都地方裁判所平成17年1月20日判決(自保ジャーナル1590号)

 ・京都地方裁判所平成15年5月27日判決(自保ジャーナル1531号)

 ・大阪高等裁判所平成13年10月5日判決(自保ジャーナル1421号)

この点、CRPS(RSD)の一般的な診断基準全てを満たすとはいえない場合においてもRSDに罹患しているとして後遺障害逸失利益を認めた裁判例として、仙台地方裁判所平成14年10月25日判決(自保ジャーナル1471号)がある。

もっとも、裁判実務においては、診断基準の厳密な検討や医師の医学的判断に基づいてCRPS(RSD)罹患の有無を判断するものが一般的なようである。

なお、CRPS(RSD)罹患を理由に後遺障害の残存を認める裁判例においては、これを神経系統の症状の範疇で捉える事案(7級4号や12級12号(平成16年6月30日以前の事案))も多いが、本件事案では関節機能障害の一事情として評価している点も興味深い。

(3)本判決の評価
先に示したように、CRPS(RSD)は、原因となる外傷に不釣り合いに強烈な疼痛が生じることが特徴的な病態である。そのため、逆に言えば、被害者が事故の程度に比して大きな疼痛を訴える事案においては、CRPS(RSD)に罹患しているか否かという点が、症状と事故との因果関係の有無を判断する上で重要な要素となる。

もっとも、後遺障害の評価において真に重要な点は、事故による障害の結果、被害者にどの程度の労働能力喪失が生じているかという点であり、自賠責保険の後遺障害等級認定の内容や具体的な傷病名は、いわば上記の点を推し量るためのツールに過ぎない。

そして、上記のとおりCRPS(RSD)については、医師による確定診断も困難な場合が少なくないことから、交通事故訴訟において同傷病罹患の有無に拘りすぎることは、少なくとも訴訟戦略としては相当ではないと思われる(その意味で、前掲の仙台地裁平成14年10月25日判決はやや特殊な事例ではないかと思われる。)。

このような見地から、本件においてはCRPS(RSD)に該当するとの主位的な主張を行いつつ、医師への医療照会や陳述書の提出、本人尋問の場における症状の確認など、現にXに生じている障害・不具合の程度・内容を裏付ける事実の立証に努めてきており、これが奏功した事案であるといえる。

(4)補足
なお、CRPS(RSD)の病態・類型・診断基準と裁判例の認定内容については「民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準2006年」の下巻(講演録編)にある髙取真理子裁判官の論文(「RSD(反射性交感神経性ジストロフィー)について」)が詳しいため、興味があれば一読されることをお勧めする。

以上


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