見出し画像

揺るぎなきアカウント【1ー1】


眞山竜平(まやまりゅうへい)は、神崎広太郎(かんざきこうたろう)の住むアパートから一番近いコンビニにいつものように立ちよった。
ここで、神崎から頼まれたカップラーメンと、チンするだけのご飯を調達する。
今日はついでに、頼まれていないノンアルコールビール2本をカゴに入れてレジに並ぶ。

「すみません。この・・・唐揚げパックを一つ、それと箸を2膳ください」
箸の数え方なんてどうでもよいが、どこかのレジで2本下さいと言ったら、「2膳ですね」と言い直されたので、合わせることにしている。
眞山はいつもよりワクワクしていた。もう数えきれないほど通い詰めている神崎のアパートだが、電車を降りてからアパートまで、こんなに近く感じたことはない。
自然と早歩きをしていたのか、神崎と話す内容を考えていて、歩くことを、足を動かすことを意識していない。
それというのも、今日は神崎から話があると言ってきた。そして、眞山も神崎に聞きたいことがあった。

「入るぞー」
眞山は部屋の前に立ち、声をかけると同時に玄関を開けた。眞山が来ることを知って鍵をかけてないのか、常に開けっぱなしかは知らないが、いつも来た時には開いている。
1K10畳の神崎の部屋は、タンスもベッドもなく、ただ効率良く快適にゲームをするためだけに作られていて、異様な雰囲気を漂わせている。
ノートパソコン3台。ゲーミングモニター4台。ゲーム機本体が初代ファミコンから最新のまで16台。
それらが神崎を中心に囲むように設置されている。さらにその周りには、きちんとパッケージに入った新旧ゲームソフトが本棚に綺麗に陳列されている。
以前、眞山が昔好きだったゲームを持っているか聞いたところ、すぐに図書館みたいなゲーム棚からソフトを取り出したことかある。
あいうえお順か年代順にでも並べてあるのかもしれない。
テーブルの上には各機種のコントローラーがずらり。
下にはビジネスホテルにあるような小さい冷蔵庫と電子レンジ、給湯ポットが置いてあり、風呂とトイレ以外では一歩も動かなくて良いように考えられている。
いつもここに来ると、たくさんのモニターに囲まれて事件を捜査する、刑事ドラマのワンシーンがよぎる。

眞山が部屋に入っても神崎は見向きもせず、部屋の入り口にあるソファーを軽く指差した。そこには頼んだ買い出し分の300円が置いてあった。
神崎はゲームにかなり集中している様子で、物音一つたてられない張り詰めた空気だ。
神崎が今プレイしているのは、横スクロールのシューティングゲームで、四方八方から飛んでくる敵の攻撃を、神崎が操作する戦闘機が華麗に避けている。
以前神崎がシューティングの醍醐味は弾よけだと言っていた。今まさにその醍醐味を魅せつけられている。
雨のように隙間なく襲ってくる敵の弾に囲まれて、もう駄目かと思いきや、小刻みに戦闘機を動かして弾を避ける。
これこれ、と思いながら眞山は買ってきたノンアルコールビールをビニール袋から取り出した。神崎のプレイするゲームを観賞しながら飲み食いするのが眞山の楽しみだ。

プシュ・・・

・・・!?

チュドーン

「あ!・・・ごめん」
眞山がビールの缶を開けた音で集中力が途切れたのか、神崎の操作する戦闘機がやられてしまった。
神崎はコントローラーをテーブルの上に置き、背伸びをしたまま椅子をくるりと反転させた。

「ビールは頼んでないよ」
「これは観賞代、今飲む?」
「飯の時でいいよ、ありがと」
そう言ってまた椅子を反転させると、再びゲームを始めた。
今まで気付かなかったが、神崎がいつも玄関の鍵を閉めてないのは、玄関を開けることでゲームを中断したくないからだろう。

神崎とは高校からの付き合いで、現在専門学校生。お互いゲームを通じて仲良くなり、こうやって集っては一日中ゲームをして過ごす。昔は一緒に対戦ゲームをしていたが、最近は神崎がプレイしているゲームを観賞するパターンになっていた。
神崎は高校のころからゲームにおいて右に出る者がいないほどだった。
ゲームの知識、テクニック、その上自分でゲームを作ったりしていた。
将来はゲーム開発の道に進むと思っていたが、何故か一緒にグラフィックデザイン関係の専門学校に入った。今神崎がプレイしているシューティングゲームも、自分で作ったゲームだ。

「きゅーけー。飯にしよ」
神崎はそう言って、ゲーム中の戦闘機をある位置に動かしてコントローラーを置き、眞山に買ってきてもらったカップラーメンにお湯を注ぎ始めた。
眞山は神崎が途中で止めたゲームが気になってしばらく見ていた。
神崎はゲームの電源を切ったり、ポーズをかけて止めている訳ではない。まだゲーム続行中のまま、ラーメンにお湯を注いでいる。しかし、ゲームの中の神崎が操作していた戦闘機はまだやられていないのだ。
無数に敵の弾が飛び交っているが、動かない戦闘機にはスレスレの所で命中していない。むしろ、わざと戦闘機に弾が当たらないように外しているように見える。

「これ、なんで弾当たらないの?」
「それね、新しく作ったシューティングゲームのテストプレイ中。そこにいたら弾当たらないように作ってる」
へー、と感心しながら眞山もカップラーメンにお湯を注ぐ。たしかに、どんなに難易度の高いゲームでも、作っている側からすれば攻略法は思いのままだ。

「なあ、眞山」
「ん?」
「ゲームの裏技って昔っからあるだろ?」
「そうだな、俺等が生まれる前から上上下下とかってあったんだろ?」
「ああ、裏技に裏アイテム。裏ステージや裏ダンジョン。それってなんの為にあると思う?」

神崎はたまにこういう意味深なことを言い出すが、これもまた楽しみの一つだったりする。


次へ【1ー2】

この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?