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桜雨

振ったらカラカラ音がしそうなくらいに渇いていて。カラカラのカラって空っぽのカラから来ているのかしらと、熱いシャワーを浴びながら考えた。人のぬくもりを忘れて、もうこのまま忘れてもいいかもなんて。 春はよく雨が降る。また今年も目がチカチカするピンク色の花が、わたしの苦手な花が咲き始めるのかと思うと少しぞくっとする。春の冷たさと生温かさは、なんだか少しこわい。

    • 電流

      ベッドの上の彼は美しくて、仄暗い照明のなかでわたしを見下ろす姿をちらりと覗き見てはそのたびに眩暈を起こしそうだ。その美しさにいまだ慣れない。この美しいというのは例えばダビデ像を眺めて美しいと思う感覚と似ており独り占めではなく誰かに見てもらいたいとすら思う。瑞々しい肌を撫でて身体を支え合うように指がきつく絡む。襟足に薄らとかいた汗は白いシーツに溶け胸にのし掛かる重みは心地の良い苦しみ。いたずらっぽく身体の輪郭を這う指先からはビリリと電流を流されているかのようでわたしは震えが止ま

      • 走る

        パキ、パキ、と音がした。周囲には誰もおらず、足の裏で何かを踏んだようだった。小枝か、木の実か、小石か。一瞬で過ぎた足元に視線は追いつかなかった。顔を上げていなければ、転倒してしまう。イヤホンからの音楽で周囲の音は聞こえにくい。脚は地面を蹴り続け、腕は振り子のように止まらない。ほとんど無意識の世界、まるでわたしの身体ではないみたい。何を踏んだのだろう、とだけ考えた。何も、誰の事も考えなかった。一瞬だけの空っぽの時間。あっという間に日は落ちて、街灯に照らされたわたしの影は長く伸び

        • つづき

          エレベーターに乗り込むと、両手で頬を包まれ、彼の顔が近づいて影を落とした。わたしはずっと視線を逸らさなかった。ぬるい、なまっぽいキスだった。あら、こんなキスをする人だったかしら?と、記憶を巡らせていた。もっと柔らかくて吸い付くような、何回でも触れたくなるような唇だと記憶していた。キオクではなくキモチの問題なのだろうかと、二度目のキスをしながら考えていた。ふわりと繋いだ手の感触は変わっていなかった。分厚いむちむちとした、ポンデリングのような指。彼はその指で、わたしに初めて触れる

          「恋愛や結婚において、貴方の主体性がないように感じるけれど、それで貴方は幸せなの?」と尋ねた。早朝走りながら、昨夜のその質問を思い出し、愚問だったなと思った。 わたしもそうだから。ただ流れて、どんぶらこどんぶらこと揺れて。逃げる。「貴女が船で、男性側が港だ」と彼は言った。ふつうは逆じゃないの?と笑ったけれど、言い得て妙だと思った。 自分を守るために一定の距離を保つほうが楽だ。もう嫌なんだもの、逃げたい。きらい。関われば関わるほど、心がするすると溶けてなくなってゆく。何もか

          好きな色

          毎夜Tinderをスワイプし続けたり、誰かに会って身体を重ねていた頃のわたしは、どこか狂っていた、のかもしれない。 それが止んだ今、わたしの身体はたくさんの血を流すようになりました。ついに壊れた、としか思えないのです。その赤が、わたしの心まで真っ赤に汚すのです。

          好きな色

          オーガズムとわたし

          わたしが初めてオーガズム(らしきもの)を感じたのは、初めての彼氏とセックスをしている時でした。 初めての彼氏は、外見がタイプではなく最後まであまり好きになれませんでした。けれど身体の相性は良かったのではないかと後に思います。彼となぜ付き合うに至ったのか。わたしは恋愛経験が乏しいわりに、身体の経験が先駆けており、恋人という存在にひどく憧れていたからです。 彼と何度目かの行為の時でした。突然ぱちんと何かが弾けたように、目の前がピンク一色に染まりました。ピンク色にも沢山の種類が

          オーガズムとわたし

          季節が通り過ぎた。

          恋する季節が通り過ぎた。 わたしは相も変わらず彼らと食事をしたりセックスをしたりしているが、誰にも恋はしていない。もう二度とこれまでのような気持ちは持てないかもしれない、なんて。元来恋愛体質なのにそのような気さえするのだから、余程凝りているのだろう。恋ではないけれど、夫や彼らは好きな人たちに違いない。好きが沢山あるのはいけないことなのか。どうしてセックスの相手はひとりじゃないといけないの。 いまは、何かが零れてしまわないように、こころが動かないように、そろそろと生きている。

          季節が通り過ぎた。

          悪いことをしたな、と思うけれど。ざまあみろ、とも、思います。心のどこかでずっと計算をしています。無償の愛なんて、無理なのです。

          悪いことをしたな、と思うけれど。ざまあみろ、とも、思います。心のどこかでずっと計算をしています。無償の愛なんて、無理なのです。

          間隔

          駅前の高架下。信号待ちをしている間、会話が途切れた。信号が青に変わり横断歩道を歩き出したら、もうこれが最後なんだと思った。わたしはどんどん心臓の辺りが苦しくなって、水面で息継ぎをする弱った熱帯魚のように、すぅと息を吸い込んで、まだ帰りたくないと口にした。途端に心の中がザワザワし始める。横断歩道を渡りきる僅かな時間、とても蒸し暑い夜。何かがぐにゃりと狂う寸前。 改札に辿り着くと、わたしは正気を取り戻し、改札内に入ることができた。ほっとした気持ちと、残念な気持ちが入り混じる。な

          oshii

          「惜しい」 と、言われたことがこれまで何度かある。初めて他人から貰った「惜しい」は、10年以上前、当時好きだった彼の友人からだった。 3人で彼の部屋で真夜中に何をしていたのか、おそらく音楽や酒の話をしていたのだろう。その友人が買い出しに部屋を出て行った際に、彼とわたしはセックスをした。秘密とは最高のスパイスである。という話ではなくて。その友人はわたしの何を感じて惜しいと言ったのか、いまだに答えを見つけられないあたりが「惜しい」のだろうか。 夏の終わり。エレベーター内で、左斜

          別れと宇宙ごみ

          出会って別れて。別れるたびに苦しんで。だけど、またあの日のように偶然会えることを、ずっと願っていた。 どうか、わたしではない誰かが、彼の傷を癒してくれますように。 なーんてなー。 一時的な感傷は、誰かと寝ればまたいくらか薄れてゆく。本当のところの他人の痛みなんて、気持ちなんて、分からない。分かってしまったら、わたしはきっと今を生きていない。これからも鈍感でいい。 会えなくても好きであり続けることは、彼への気持ちは、ふわふわと宇宙を漂うよう。何度もぶつかって、何度も砕けて。

          別れと宇宙ごみ

          呪い

          ずっと心にいた彼がいます。 彼と会うと、産毛の生えた淡く薄い桃色の皮を剥ぐのと同じように、わたしの心はずる剥けになり、瑞々しい白色の、、、白色ならば良いのですが。熟し過ぎて茶色くなった、まるで美しくない果肉が露わになります。そうなると、わたしは心の制御ができなくなります。3年前の二度目のセックス後から、それは始まりました。 連絡をとっていなくても、身体がなくても、彼がどこで何をしていても、奥さまや恋人がいても、ずっと好き。彼とセックスをしたのは3年前が最後です。だけれど、い

          相と性

          ずっと心にいた彼がいます。彼はわたしに別の彼女との恋の話を聞かせます。 身体の相性、心の相性。相性と言えども様々ございますが、ぼくたち相性が良いよねって何をもって、みなさんそう軽々しく口にするのかしら。 以前彼はわたしに、ぼくたちは身体の相性が良いと言いました。だけれど今は別の彼女にそう言っているようです。わたしは別の男性に、ぼくたちは相性が良いよねと言われたばかりです。相性が良いって、単なる恋の盲目じゃないかしら。 みんな誰かの都合の良い相手。どう考えても、彼には彼女

          相と性

          この雨はきっと神様が嫌なことを全部洗い流してくれてるんやで

          無香料のボディソープで身体を洗っても、すぐそばで香水をふりまく人がいる。わたしは香りを遠ざけているのにまるで意味がない。いい香りの彼と別れ際にぎゅうっとハグをし、誰よりもおおきいなと思った。その胸の中に何でも包み込めそう。いまその光景を思い出して、またすっぽりと入りたくなった。しあわせな記憶より、ヒリヒリする記憶のほうが鮮明だ。 凪、ではなくて、何も感じないような、くるしいような、かなしいような。うれしいような、さみしいような。正気と狂気が入り混じるなかで淡々と仕事をし、飯

          この雨はきっと神様が嫌なことを全部洗い流してくれてるんやで

          クシャナ

          ツツジのピンクが目に染みる。 我がマンションの敷地の植え込みにも咲いているのだが、こんなにも強烈だっただろうか。もう10年近く暮らしているのに、今年は目にするたびに後頭部を軽くど突かれたような気分になる。ツツジにとっては待望の春のほころびであるだろうが、早く通り過ぎてゆけと願う春の雨。 どんなに願っても手にすることができず代わりにするすると何か大切なものがこぼれ落ちてゆく。子宮の奥から腹の底から胸の中から喉の奥から何か吐き出しそうなくらい欲しいなんて二度と思わないし思えない

          クシャナ