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Good night(西村曜)

 短歌な交換日記「水たまりとシトロン」も五巡目となりました。五巡目! めでたいことです。そして読んでくださりありがとうございます。

 今回のテーマはすっきりと「読書」になりました。読書にまつわることならなんでも、という仕様です。前回が「本棚にある、タイトルに飲み物が出てくる本」という無茶題だったので、その反動かもしれません。五巡目のテーマが決まったときはとうぜん(四巡目よりは易しいな……)とおもったのですが、いざ書くとなるとじつは難しい。「〜〜タイトルに飲み物が出てくる本」のほうが易しかったかもしれない。「読書」、すっきりしたテーマではありますが、どうじにざっくりしてもいるので、アプローチの仕方がたくさんありすぎるのかもしれません……。

 そんなこんなでさいきん読んでおもしろかった本を紹介するという、すなおな方法をとることにしました。紹介するのは、これまた前回も取り上げた作家、吉田篤弘さんの『おやすみ、東京』(ハルキ文庫)です。

 わたしは吉田篤弘さんの作品がすきで著書をちまちま集めていまして(吉田篤弘さんは吉田浩美さんと「クラフト・エヴィング商會」というユニットの名義で著作を出されていたり、デザインの仕事をされていたりします。この『おやすみ、東京』もクラフト・エヴィング商會による装幀で、たいへん愛らしいです)なんの話でしたっけ、そう、吉田篤弘さんの本をすこしずつ集めているのですが、近年新刊ラッシュでうれしい悲鳴をあげています。ぜんぜん買うのが追いつかない……! この『おやすみ、東京』も単行本が出たのを知って買おう買おうとおもっていたところ、一年すこしで文庫本になっていました。文庫本に追いつかれてしまったという。

 『おやすみ、東京』は帯には「長編小説」とありますが、体感としてはいくつもの短編が寄り集まって長編を成している……というかんじです(とおもっていたらあとがきに「連作短篇」なることばが出てきました)東京の夜を舞台に、映画会社の小道具倉庫で働く女性だったり、夜のみ営業するタクシーの運転手の男性だったり、電話相談室勤務の女性だったり自称「名探偵」だったりが、すれ違ったかとおもえば交差しあい、かとおもえばまたすれ違って……というお話です。全体を貫くおおきなストーリーがあるわけではなくそれぞれの登場人物が個々のストーリーを持ち、そのストーリーどうしが関わりあったり、また関わりあわなかったりします。一見バラバラになりそうなストーリーを「東京の夜」がつなぎとめています。

 わたしは関西生まれの関西育ちで東京には観光や旅行でしか行ったことがありません。『おやすみ、東京』で描かれているような深夜の東京も馴染みがないのですけど、本作の「東京の夜」は濃密で怪しく、しかしあたたかく、こんな夜になら身を投じてみたいとおもいました。あっそういえばありました「東京の夜」の体験。中学の修学旅行のとき泊まった五反田のホテルから窓の外を見て「東京の夜はなんて明るいのか!」となった思い出。あともうひとつあるな、大学のとき友人たちと夜行バスで東京へいき美術館巡りをして、たぶん帰りのバスに乗ろうとしていたらお巡りさんに「こんなおそくに何しているの?」と補導されかけた思い出。そのときみんなもう二十歳は超えていたのに……。というわけで、わたしもじつはこっそり、かつての「東京の夜」の登場人物だったのです。わたしも誰かと関わりあわなかったり、関わったりしていたのだなあ。吉田さんの作品はいつも、その登場人物をとおして市井のひとびとのささやかな生をやさしく、かつたしかに肯定してくれるのです。

街としか書きようのない街にいて誰も聞かないおやすみを言う

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