ホワイトデー、小箱を開けると紅白饅頭が入っていた(なぜ!)

受験の終わった息子が、彼女から「遅ればせバレンタイン」をもらってきた。

茶色い無地の小箱を開けると、ガラス細工のような半透明の四方形が、ぎっしりと詰まっていて、思わず「まさに宝石箱や〜」と言ってしまった。

琥珀糖、というお菓子らしい。薄いピンクから紫、紫から水色にグラデーションした水晶のようなキャンディが、白い薄紙に包まれ鎮座していた。カラフルで透明感にあふれていて、食べるのがもったいないような気になる。

…が、「お返し何にしようかなー」と言いながら、カリントウか何かのようにバリバリと頬張る息子。おいおい、作った彼女の乙女心に、少しは想いを馳せても良いのではなかろうか。

ふと、自分の高校生の時を思い出す。

私も作ったなぁ、クッキーとかカップケーキとか、ホール丸ごとチョコレートケーキを焼いたこともあった。でも、ホワイトデーにお返しってもらったっけ。

あの頃は、バレンタインデーって、一大イベントだった。

今みたいに「友チョコ」とか「自分にご褒美チョコ」なんて言葉もなく、「義理」か「本命」かの2択しかなくて、ギリギリの意思表示を迫られるイベントでもあった。もらった方も「返礼」として、どのくらいが妥当なのか、駆け引きみたいなものもあった気がする。

人生で初めてチョコレートを渡したのは、高校1年生のときだった。

家庭科の時間、女子だけの授業中に「チョコレートを渡す予定があるか」という話になった。驚いたことに、ほぼ全員渡す相手がいた。同じ部活の男子や先輩にあげるという「義理」組の子もいたけど、公式に付き合っている「カップル」がいない自分のクラスでも、みんな「恋愛」に興味があって、積極的な活動をしていることにビックリした。毎日、顔を合わせて授業受けてお弁当食べながら、そんなことに興味ないって感じだったのに、いつのまに…!!

でも、それで気づいた。

もう少し仲良くなりたい、と思っている男子に、キッカケを作る良いチャンスではないか。それで私も2月13日の夜に、せっせとチョコレートクッキーを焼いたのだった。

そして当日。

クラスの仲良しの子と、パッケージしたチョコをこっそり見せ合う。皆、センス良く可愛らしい小さな袋を抱えて、いつ渡そうかと朝からそわそわ思案している。

「橋渡し」や「呼び出し」を友達に頼むパターンはありがちだ。しかし、渡してから相手にガッカリされることも起こりがち、悲喜こもごも、青春ドラマがあちこちで展開されている。

ところが昼食時間にお弁当を食べながら、皆に経過報告を聞くと、誰も渡していなかった。

「今日は5時間授業だよーーー渡せないまま1日終わっちゃう!」

NちゃんとEちゃんは、お互いに付き添って昼休みに渡す、と決心した。

Tちゃんは放課後、下校時に張り込んで、一人になったところを狙ってブツを渡すと言う。

「それが一番確実だし、周りから見られたりして、気まずい思いしなくてすむし」

さすがだ、片思いのプロ! 私もその戦法に習おう!!でも、なんだか麻薬密売みたいだな。

午後の授業が始まる前に、無事渡したNちゃんとEちゃんが教室に帰ってきたが、浮かない顔だった。渡すところを周囲に囃し立てられて意気消沈、といった感じだ。んもう、男子どもめ、子どもだな!!どうして気を使ってやらんのだ!!!女心が分からん奴らに憤る。

やっぱり人目が多いところで渡すのは危険だ。尾行して、相手が一人になったところを狙おう。

授業が終わると、部活へ向かったり帰宅に急ぐ人々が、波のように廊下に出る。

その波に乗って昇降口へ向かうと、昼休みに話した通り、下駄箱の陰にTちゃんがいた。声はかけず、目だけで合図を送る。グッドラック!幸運を祈る!

そのとき、目の前をつーっと早足で、黒いリュックが通った。目標発見!

しかし、そこで思わぬトラブルが起きた。いつのまにか隣にEちゃんがいて「ほらほらほら、早く!」と私の背中をつついてくる。余計なお世話だっての!

周りの視線を気にして、私は無言で昇降口を素通りし、北校舎の渡り廊下へ方向転換した。「目標」は、靴に履き替えて外へ出て行こうとしている。「ちょっと!」とEちゃんは「目標」に声をかけて、私の方を指差した。

おせっかいはやめてくれよ! 恥ずかしさのあまり、その場から逃げ出す。勢いよく廊下を走って突き当たりの階段を駆け上がった。

背後でEちゃんが「ばか!いくじなしー!」と叫んでいた。「どっちがじゃ〜」と叫びたいのは、こっちだった。君の好意はありがたく気持ちだけ受け取っておく。だけど、こんな人通りの多いところで、見世物よろしく公開処刑されるのはごめんだ!

階段を上がって、2階の渡り廊下をまた引き返す。何やってんだろう。ため息をつきながら、ぐるぐると歩き続けた。

階段の踊り場で、ふと外を見ると、誰もいない中庭を「目標」の黒いリュックが横切っていくのが見えた。

思わず、窓を開けて呼びかけていた。

「おーい」

リュックは振り向くと、私のいる窓の下へノコノコとやってきた。

「なに?」緊張しているのが見てとれる。

今日ずっと持ち歩いていた包みを「ちゃんと受け取ってね」と言いながら窓の下へ落とすと、なぜか仰け反って避けられた。それは、ごつんと音を立てて地面に落ちた。

その包みが、まるで未処理の爆弾かのように、そのままじっと見つめている。

「毒は入ってないよー」笑いながら思わず言う。

黒いリュックが屈み込んで、それを拾い上げるのを見ると、すっかり満足して私は窓から離れ昇降口へ向かった。下駄箱にもたれて、EちゃんとNちゃんが待っていた。

「あー、きたきた」「どうだった?」「渡せたよ」「ほんとーーー?」

それから、EちゃんとNちゃんと3人で、今日1日の話をしながら帰った。任務達成したような満足感があった。


ホワイトデーに、EちゃんもNちゃんも、お返しのキャンディをもらっていたが「ありがとう」以上の言葉はなかったようだ。今まで通りの仲の良い同級生という位置から出ず、あたりさわりのない付き合いのまま進級になり、クラス替えになって顔を合わすことがなくなった。でも「こんなもんかな」とあっさりしていて、バレンタインデーが一過性のお祭りなことを思い出させた。楽しめれば良いのだ、という感じだった。

Tちゃんは、尾行して一人になるところを待っていたら彼の自宅に着いてしまい、玄関ドアにぶら下げてきた、と聞いた。中にカードを入れたので、送り主は分かっていると思うが、はっきりした言葉はなくて、その後も、向こうからのアクションも皆無だった。どこまでも受け身、これは日本男子の特徴なのではと思う。

私は、バレンタインデーのときの反応から、相手からの返礼はないだろうなぁと感じていた。

「毒は入ってない」って言ったけど、どうだろう。食べたのか食べなかったのか、美味しかったかどうか、最低限のお礼も何もなく、あからさまに避けられていた。仲良くなりたかったのに、逆に距離をおかれるとか…なんだか悪いことをしたようで悲しい。しかし、それって人としてどうなのよ。

授業が終わり、帰ろうと廊下を曲がったところで、ぐっと後ろから引っ張られ、空き教室に引き込まれた。なんじゃ!暗殺犯か?!と振り向くと、黒いリュックが目の前にあった。90度以上に頭を下げて、リュックから足がはえたように見える。

「本当にごめん!!これしか、用意できなかったんだ、ごめんなさい、これが俺にできる精一杯なんだ、こういうこと初めてなんで、その、ごめんなさい」

早口で謝りながら、私に小さな箱を押し付けて、リュックは教室の外へ走って出ていった。

呆然としていると、にやにやしながら教室にTちゃんが入ってきた。

「何もらったの?ホワイトデーのお返し?」

ちょうど両手に収まるくらいの小箱。緑色の和紙に包まれていて、ホワイトデーの返礼品には全く見えない。私とTちゃんは二人、顔を見合わせた。

「なんだろう?」「開けてみよう」

和紙の包みを解くと、薄紙をかけた白い箱がでてきた。…これ、のし?

「こ、紅白まんじゅう…」

中には「卒業おめでとう」と焼印の入ったピンクと白の饅頭が2つ入っていた。

何故、卒業おめでとう…?


次の日、リュックを捕まえて「あのーーーあれ、何…?」と聞いた。

すると、顔を真っ赤にしながら「ごめんなさい、ああいうのもらったの初めてで、何かお礼を渡さなくちゃいけないくらいの知識はあったんだけど…どこで何を用意すればいいのか分からなくて…ずっと悩んで考えて、弟が卒業式にもらってきた饅頭があったから持ってったんだ…ごめんなさい」と言われた。

あんまりな理由で爆笑する。

そういうことだったのか…小学生みたいだな。リュックは、土下座しそうな勢いで、バッタのように直角お辞儀を繰り返している。

「いや、あのねーー深い意味はなく、仲良くなりたいなぁって思ってさ。あれ、食べた?美味しかった?」

「うん、すごく。今までに食べたことない美味しさだった。ありがとう」

もっと早くそれ言ってよ!と私が言って、向こうもようやく緊張がほぐれた。

それから、ふたりは良い友達になったんだ。その後いろいろあったけど、今でもあのリュックの後ろ姿を思い出すと懐かしい。


そう、だからわかるのです。

息子よ、その素っ気ないほどのシンプルなパッケージは、中の琥珀糖の輝きを引き立てるためのものなのだよ。メッセージカードも、結んだリボンのピンクも、贈り主に合わせて選んだ特別なものなのよ〜〜〜〜

あんたが科学の実験のように作るフォンダンショコラとは、違うのだ。

もう少し味わって感謝しなさい!!と、ついお説教口調になりそうになるが、面倒なことは言わずに「一口ちょうだーい」と少しもらった。

意外に、サクサクと歯ごたえがあって、大変美味しゅうございました。



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