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ドラマチック・エアポート《秋田珍道中記①・出発編》


 最終便の飛行機に乗り遅れるなんて、予定にはなかった。

 夕焼けに見とれるあまり、飛行機に乗り遅れて・・・そんなロマンチックどたばたコメディは、映画のなかだけとは限らない。なぜならば、わたし自身がやらかしたからだ。正確にいえば、乗り遅れたわけではない。乗り遅れそう・・になっただけだ。ただし、乗り遅れるよりも罪は重かった・・・かもしれない。

 こんなわたしに名誉もへったくれもあったもんではないが、いちおう慣用句的に、名誉のために言っておく。
 空港へは出発時刻の3時間前・・・・に到着していた。



 タイトルに珍道中と書いたし、事後にネタになるとニヤついたけれど、もちろん最初から珍道中にしようと意気込んで旅に出たわけではなくて。
 そもそもの始まりは7月。こども達の学生野球の最後の夏の大会だった。予想外に彼らは勝ち進み、泊りがけで地方大会へ遠征してきた親たち全員を熱狂させた。もちろん声を出しての応援はNGだから、優勝を決めた瞬間は、サイレントバンザイ。みんな、両手と潤んだ瞳だけで喜びを分かち合って。「全国大会へ行ける!」、それは親にとって「もう一度、我が子たちの野球を応援できる!」という喜びでもあった。最後だと思っていた今日の日が、わずかだけれど確実に延びるのだから。
 例の禍で、開催の時期も地方も球場も二転三転した結果、開催は秋まで持ち越しになった。時期が変更になったせいで休みが取れなくなった親もたくさんいたけれど、保護者のLINEグループは開催されるだけ有り難いという空気に満ちていた。昨年は大会そのものが無くなってしまったのだから。


 


 10月下旬の出発当日。午後から有休を取って、同じ便を予約したタカちゃんとふたりで空港へ向かう。
 こんなに人のいない空港ははじめてだった。せつなくなるほど人がいない。利用客よりもスタッフのほうが圧倒的に多いし、飲食店の半分ちかくはシャッターを下ろしていた。

 まずは航空会社のカウンターへ立ち寄り、持ち込まないスーツケースを預ける。今回、搭乗するのは小型のプロペラ機。10年前に機内持ち込みサイズとして購入したスーツケースは、プロペラ機には僅差で持ち込めなかった。

 係員にそれぞれスーツケースを渡す。スーツケースはベルトコンベアに載せられ、ピロピロしたカーテンの中に吸い込まれて・・・タカちゃんのスーツケースが通過した瞬間、ブザーが鳴った。

「お客さま、何か入ってますね」
「えっ?」
「四角いものですね。もしかしてモバイルバッテリーか何かでしょうか?」
「あっ! 入れてます!!」

 発火のおそれがあるため、入れてはいけないらしい。みっともなく言い訳すると、タカちゃんもわたしも前に飛行機に乗ったのはモバイルバッテリーなんて持ち歩かなかった時代だから、予想もつかなかった。事前に航空会社のホームページで調べたときも、機内持ち込みサイズがアウトだとわかった時点で叫んで、持ち込み禁止の荷物までちゃんと調べていなかった。
 普段、学生には「説明文書は最後まで読みましょう」とか言っちゃってるくせに、自分が読んでない。あかんわ、これ。

 その他にわたしが持っていたのはリュックサックひとつ。なかにはクッションボックスに包まれたカメラと望遠レンズが入っている。わたしの目的は彼らの学生最後の大会をカメラで切り取ること。でも、もしかしたらこのときカメラが手元にあったのが、悲劇?の始まりだったのかもしれない。

 閑古鳥が鳴いたら隅々まで響きわたりそうな空港で、行きたい場所などどこにもない。ひととおりぐるっと歩くと、わたし達はもう疲れてしまった。歩き回ったからではないと思う。人のいない空港は今にも息絶えそうなくじらのようで、少し横にそれると照明までもが暗い。わたしの知っている活気のある空港とは違って、どこもかしこも空気が重かった。
 スタバで飲み物を買って、空港内に点々と置かれた椅子で飲む。出発時刻まであと1時間半。

 わたしと同じドラゴンズファンのタカちゃんとあまりにも不甲斐ないペナントレースを振り返り、2022シーズンへの溢れんばかりの希望を語っていたら、急にまぶしくなってきた。別にスポットライトが当たったわけでも、対向車のハイビームに照らされたわけでもない。空港の展望デッキへの出口から角度の低い西日が射しこんできただけだ。
 逆光の魔法をかけられた空港はとてもドラマチックで、思わずわたしはカメラを手にした。



 またたく間にオレンジの光が空間を満たしていく。

「外、きれいかも。展望デッキで飛行機見てみようか」と外へ出た。ついさっきまでの白いベールをひろげたような空は美しいグラデーションに染まりはじめていた。

 轟音とともに動き出すなめらかな機体は、滑走路に出ると一気に加速する。わたしは慌ててカメラを構え、オレンジに染まる機体を追った。
 おだやかな海の向こう、空は刻々と色を変えていく。やがて夕陽はぽってりと大きくなって、山の向こうへ落ちていった。



「30分前になったよ。そろそろ搭乗できるかな」

 タカちゃんの声がけで、搭乗口へ向かって歩きだす。

「ゲートは何番だったっけ?」
「電子チケットの画面出さなきゃ、わかんないよね」
「搭乗ゲートが3桁って、どこなんだろ? 見える看板はひと桁だよね」
「近くに行ったら聞いてみたらいいよね」

 まったく、いい大人が「よね」「よね」って何の同意を求めてるんだか。でも、今ならわかる。この「よね」は安心を得たいがための「よね」だ。
 空港はとてもとても静かで、だだっぴろい。3桁の搭乗ゲートは見つからない。

 10メートルほど先の通路から、コツコツコツ・・・とヒールの音を響かせて制服のグランドスタッフが出てきた。救世主あらわる! この人に聞こう!と思ったけれど、何だか様子がおかしい。彼女はでっかいタブレットを口もとに床と平行に持ち、キョロキョロしながら喋っている。誰かを呼びながら探しているようだった。余裕がなさそうだけど話しかけてもいいかな?

 その瞬間、放送が入った。
「ANA秋田行き◯◯◯便にご搭乗の水野う・・・」
 なんだか聞き覚えのある名前・・・わたしか?! タカちゃんと目が合う。やばい! 探されてたのは、わたし達だ!
「ハイハイハイハイわたしです!!」
「お客さま! お客さま見つかりました」

「お客さま、ご案内します。お急ぎくださいませ!」とキリッと笑顔を見せた瞬間、制服の彼女はヒールの音を鳴らして走り出し、その平行タブレットに「今からご案内します」と報告した。

 走るー走るーオレーたーちー・・・なんて余裕はもちろんない。走る走る走る走る・・・ステイホームで堕落したハムストリングが酸欠になって、ちょっと呼吸を整えたいと思った瞬間、前を走るパンプスの彼女は別のグランドスタッフにわたし達を引き渡した。
「お急ぎくださいませ!」と新たな彼女も走り出す。
 え? 3桁の搭乗口ってこんなに遠いの? 空港広すぎ! でも、走る走る走る走る。もはや聞こえるのは、パンプスのコツコツと自分のぜぇぜぇという喘鳴だけ。あぁ、待って。足が・・・足がもつれる・・・ちょっと止まって・・・あ、エスカレーター。助かった!

「お急ぎくださいませ! こちらでございます。足元にお気をつけくださいませ」
「代わります。お急ぎくださいませ!」

 なんと、合計4人のグランドスタッフに交互に伴走してもらった。転がるようにエスカレーターを駆けおり、スマホ画面のQRコードをかざして、ゲートをくぐる。

「行ってらっしゃいませ!」

 おおお、数えきれない「お急ぎくださいませ」から「行ってらっしゃいませ」に変わったぞ!
 いや、感動してる場合じゃない。自動ドアを出ると、そこにはバスが停まっていた。

 バスか! バスなのか! 3桁の謎が解けた!
 ノドから血が出そうなほどぜぇぜぇ言いながらバスに乗り込んだ瞬間、バスは走り出す。先にちゃんとバスに乗って待ってたみなさま、お待たせしてすみません。夕陽に見とれて空港で名前を連呼、想像だけどたぶんそう、連呼されてたのはわたしです。もう誰の目も見れない。
 ド迫力サイズの機体の間を抜けてたどり着いたのは、小さなプロペラ機だった。



 飛行機に乗ったら、がら空き。全部で10名くらいしか乗っていない。これじゃ飛べば飛ぶほど赤字だろう。あっという間に扉が閉まり、救命胴衣の説明もそこそこに出発する。
「こちとらお前のせいでずっとバスで待っとったんじゃ! そんなやつ、乗らんでええ。今すぐ降りてまえ!」って言いたい人もいたかもしれないけれど、パンプスリレーのおかげで無事に間に合った。あぁ、良かった。みなさんに迷惑をかけまくったけど、定刻どおりに出発できた。パンプスで全力疾走させて、ホントすみません。

 額の汗を拭きながらカメラを抱きしめているわたしを観て、CAは柔和なほほえみで言った。
「お客様、秋田へは撮影ですか? 大きなレンズですね。もしよろしければ、こちらのお席から撮影なさってはいかがですか?」
 天使か! 天使がいた!
 大きなレンズですねって、飛行機撮ってた望遠レンズのままなんだもの。白いバズーカ持って空港を走り抜けたんだもの。球場でもこんなに走ったことない。

 あぁ、空の色がどんどん変わっていって、マーカーが輝きだす。整備士たちが手を振っている。飛行機に乗るよりも、空港を撮っているほうが好きかもしれない。

 空港には、ドラマがあふれている。
 夕景、働く人たち、旅立つ人たち、見送る人たち。
 ドラマチック・エアポート・・・・・・って、どの口が言う笑



 余談だけれど秋田から帰ったあと、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」の録画を見て、わたしは地中に頭をめり込ませて土下座したいほど、めちゃめちゃ反省した。グランドスタッフが定時運行のためにどれだけの努力をしているのかが、詳細に描かれていたからだった。あのときは、本当にごめんなさい。懺悔。

 バチが当たったのかと思ったこの続きは、またいつか。




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ここまで読んでくれたんですね! ありがとう!