焔
焔はあるとき気がつきました、自分にも影があることに。
照らすにも灼くのでも、自分は光と同時に、影を生むものであると思っていました。
なので焔は、自分にも影があることに、それまで気づかなかったのです。
焔の影は、ゆらゆらと揺れていました。
それは、時空をとろかすような揺らめきでした。
焔は、自分の影を見やりながら思いました。
「いつか昼に輝く日のもとにかえりたい」
その願いはいつもそばに、自分のなかにあるはずなのに、思い出そうとしなければ、忘れてしまうものでした。
よに灯り、暖めるため、遣わされたはずでした。
それなのに、焔はいつも怖いものとされていましたし、怖いものに使われていました。
焔はそのまま、ただ燃えるだけなのです。
自分のことさえ燃やしてしまい、影を忘れたのかもしれません。
∞
「火は日へ還る、太陽の軌道へと」
わたしはいつかそう聴きました。
焔と、眼と眼の合ったとき、それを焔に伝えました。
焔は、「ああ、そうかい」と言いながら、あかあかと、見事な火花を上げていました。
∞
焔はあるとき、一つの胸に焚かれました。
悲傷と、哀願の思いでいっぱいの心でした。
焔……火の穂……は、苦悩に燃えて、身を捩りつつ揺らめきました。
たった一つのかなしみの、たった一つの影生むために。
決して、なきものにするためにではありません。
「かなしみよ、あなたも一つの星なのだ」
「かなしみよ、あなたは一つの星になれ」
焔は、照らし、眼ざし、影を生み、焚き上げました。
たった一つのかなしみは、たった一つの星となり、無数の星々とともに瞬きました。
その星が、脈を打つのを見届けて、焔はほっとしずまりました。
「奇し火や、靈。くしびや、くしび」
どこからか、ふいに、妙なる声が、とよもしました。
焔はうっとりとしてしまい、どの星からの声なのか、すぐにはわかりませんでした。
いいえ、天地水の、無数の星々が、焔を言祝いでいたのです。
焔はそのとき知りました。
自分も一つの星であり、星の一つであることを。
そして、焔の影は、宇宙の闇に安らいでいました。
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