エントロピーの法則とおみくじの話

高校の生物の授業で、先生がエントロピーの法則の話をしたことがありました。

私たちのからだは一人の人間としてまとまりをもって存在しているが、それは生きているからで、死んでしまったらそのまとまりはバラバラになる。生命の営みを続けているから一人の人間としてまとまっていられるのであって、その営みを終えれば自然の法則に従っていずれバラバラに、原子や分子に戻るのだ、という話だでした。

秩序があるものや組織されたものは何かの力が働いているからこそ秩序や組織が保たれるのであって、その力が働かなければ崩壊する方向に動いていくのが自然だというわけです。

高校生だった私は、自分が何もしていないように感じても、このからだを一人の人間として存在させるために何らかの力を働かせているということを知りました。

つまり、私のからだは地球上に存在したもともとバラバラの物質をうまいこと組み合わせて存在しているもので、それが存在し続けられるようにエネルギーを使っているから今のところバラバラにならずにいる。でも、本来バラバラになるのが自然で、その自然の力が勝ったときにはバラバラになって地球のさまざまな場所に戻る、ということです。このからだは地球からの借り物、というのは本当だなぁと思いました。

そういうわけで、私のからだはとりあえず一定期間地球上にまとまって存在しているわけだけど、生まれたときに私が借りていた地球の物質を死ぬときに返すのか、というとそうでもありません。例えば、垢となってはがれおちているにもかかわらず皮膚が存在し続けていることが示しているように、私たちは崩壊と構成を繰り返し、その流れの中でまとまって存在している状態が立ち現れているわけです。地球から借りて、返して、借りて、返して・・・を繰り返すことで、一人の人間として存在し続けられるということですね。

自然の法則に従って崩壊し、地球に返すということはなかなかに重要な営みです。ある程度成長してこれ以上大きくなる必要のなくなった私のからだの場合、壊した分だけ作るということで初めて現状を維持できるわけです。壊して作らなければ全体としても壊れていきますし、もったいないからといって壊さずに作ってだけいるとどんどん大きくなっていってしまいます。壊さずに後生大事にしていると大きくはなるかもしれないけれど古くなってうまく動かなくなるかもしれません。新しく作った部分とのバランスもとりにくくなる可能性があります。壊し続け、作り続けるということ、それをバランス良く継続することが健やかに生きるために必要だということを、心のすみに置いておこうと思います。

そういえば、以前引いたおみくじに、『もっともっと』と欲しがってばかりいると、自分の中にある袋が裂けてしまうので、粛々と目の前のことに取り組みなさい、というようなことが書いてありました。手放す必要があるものを手放さずに新しいものを欲しがってばかりいると、ゆるやかなまとまりを構成することのできる限界を超えてしまって、全てが崩壊してしまいかねないので、日々のことをバランスをとりながら継続しなさいという風に考えることができるかもしれません。

このことは、からだ、モノ、行動・・・いろいろな観点から考えることができそうです。どのようなまとまりがバランスをとりやすいのか、そのバランスを保つためには日々どのくらい自分のなかのものを動かしていくのがよいのか、なんてことをふと、考えました。手放して、手に入れて・・・、壊して、創造して・・・と繰り返しながら、より調和的な方向で質的に進化していけたら、生きてゆくことはなかなか楽しいのではないかと思います。

そうしたら、いずれエントロピーの法則に従って地球にこのからだの全てを返してしまったとしても、形のない大切なものを誰か別の人につないでいけるかもしれません。

それでは皆さま、今日も良い日をお過ごしください。

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