右から左に流さない

Aさんは最近前任者からプロダクトを引き継ぐことになった新任プロダクトマネージャーだ。ある日法務担当者からSlackで会員登録フォームのちょっとした改修を依頼される。

「会員登録フォームに免責事項を伝える文言を入れてもらえますか?今のままだとリスクあります」

法律は遵守しないといけない。法務が言うなら対応しておこう。一文入れるだけなら簡単だし、想定していた開発計画への影響はない。次のスプリントに入れられるだろう。そう考えたAさんは依頼を快諾した。

A「わかりました。この文言を入れればいいんですね。すぐできると思います」

「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」

バックログに追加してスプリントプランニングでチームに要件を説明したところ、デザイナー氏からこう質問があった。

「これって本当に必要なんですか?」

A「はい、法務に入れてほしいと言われてるんで」

「入れないとどんな問題が起こるんですか?」

A「うーん、そこまで聞いてません」

「離脱率上がるかもしれないですよ。それでもいいんですか?」

確かに免責事項の文を読んで、プロダクトを使う気持ちが削がれるかもしれない。

「文言入れるのは簡単ですけど、影響をちゃんと考えてからリクエストして欲しいです」

A「わかりました。法務に再確認します」

A「この文言は本当に必要なんでしょうか」

・ ・ ・ ・ ・ ・

「はい、必要です。法務としては看過できません」

A「わかりました」

・ ・ ・ ・ ・ ・

A「法務に確認しました。やっぱり必要なので文言の追加をお願いします」

「離脱率が上がってもいいんですね?」

A「うーん、それは困りますね…」

(このPMは大丈夫かな)

文言を追加するだけ、というごく簡単な改修内容だが、法務担当に言われるがままに右から左へ受け流すようにチームに改修を依頼してしまった。その結果、「この人は言われるがままに要望を受けてしまう、当事者意識に欠けたPMかもしれない」という不信感を持たれることになってしまったのだ。新任PMとしてチームの信頼を獲得しなければならないAさんにとって、これはちょっとした躓きだった。

Aさんは対応工数がほとんどかからない簡単な依頼だからといって法務からの依頼を安請け合いしてしまった。では法務担当から最初に依頼を受けたときに、Aさんはどのように考えるべきだったろうか。

法令遵守は重要だが、法務担当から言われたことをすべてそのまま実行しなければならないわけではない。本来であればデザイナー氏から指摘を受ける前に、要求の背景、解決したい問題、影響範囲、最適な解決策を整理すべきだっただろう。

・法務担当がリスクがあると考えた背景は何か
・どんなケースを想定しているのか
・その問題を解決するのに「登録フォームに一文を追加する」という解決方法はベストなのか
・一文を追加することで会員登録の途中で離脱されるリスクがあるのではないか
・本当にリスクがあるなら会員登録後のオンボーディングプロセスできちんと伝えたほうが、むしろ離脱や事後のトラブルが避けられるのではないか

プロダクトを中心にビジネスを展開している会社では、様々なステークホルダーがプロダクトに対して要求を投げかける。そうした要求は往々にして特定の部門の観点しか考慮されておらず、ユーザー視点やビジネス視点で総合的に考えられたものではないことがある。PMはそうした要求の門番でなければならない。

プロダクトに対するリクエストは、それがどんなに些細なことであっても、「本当に必要なのか」「どんな問題を解決したいのか」「それがベストな解決策なのか」をPMは問い直す必要がある。

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