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フィンランド紀行  「自分の体が嫌い」な僕は、”理想郷”のリアルに勇気をもらった。

こちらのNote、何と...『Note編集部お気に入りマガジン』に登録していただきました...!(ありがたい...)

最後まで無料で読めるエッセイですが、お小遣いチャンスを設けてみました(社会人2週間目、パンデミックに試されまくっているのです...どうか...)

フィンランド紀行のお話は、記事の中盤から始まります。「フィンランドどこいった?」となってしまわぬよう、先にお伝えさせて頂きますね。


・・・


コンプレックスは、誰にでもある。

「気にしすぎだよ」という優しい言葉にさえ、「君には分からないでしょ」なんて性格の悪いことを思ってしまう。「乗り越えなきゃ」とは思いつつも、絶対に触れたくない、触れて欲しくない自分の一部。

「コンプレックスなんだよねぇ」と笑いで誤魔化せない域の傷が、予兆もなく生活の中で思い出される”醜い”部分が、誰にでもある。


僕のコンプレックスの1つは”体”。「男性にしては珍しい」とよく言われるくらい、自分の体を見ると気持ちが酷く塞いでしまう。

もしも僕が女性の体を持って生まれてなんか来たら、画一的な「美」を必死で女性に配り続けるこの社会で、今頃ぶっ倒れているだろう。

僕がかなりの痩せ型であることは一目瞭然で、やけに細長い手足や狭い肩幅を、183cmという身長が変に際立てている。

コンプレックスの種は意外と自分では自覚していないことが多くて、これに気が付いたのは中学校の終わり頃。それまではプールも大好きだったのに、「男子はここで着替えてな」っという先生の言葉に、無意識にため息をついていた。

体つきも顕著に変化を見せるこの時期だったけれど、逞しくて骨格のがっちりとした「男らしい体」なんて僕にはやって来なかったのだ。一応は運動部にもいたんだけどね。

高校に入った頃には着替えのタイミングともなると、みんながいない瞬間を待つか、無人の教室に忍び込んでサッと着替えていた。真夏でもない限りは、制服の下に必ず体操服を着て登校する(隠す)日々。

2年生まで男子の必修だった柔道なんて、もはやホラーだ。「柔道?先生、僕のこの容姿を見て仰いました?」と思ったが、今思えば同じ気持ちだった人も少なからずいたと思う(ただ、常に身構えていたというだけで、高校生活そのものは総合的に楽しかった)。

相変わらず「男らしくない」ままの僕を他所に、周囲はどんどんと「男らしく」なっていき、「あの細長いやつねぇ」というレッテルが定着した。そして、その言葉を言われ続けるうちに、それが蔑みの言葉に聞こえだしてしまった。

例えそれが日常の中で何気なく言われる「細いね」でも、僕は自分の身を守る盾を構えるのに相当な体力を要したのだ。「ヒョロい」なんて言われようものなら、その盾も粉砕だ。

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容姿への言及が鳴り止まぬ日常の中で、トラウマも掘り起こされていった。

小学4年生の頃、転校先の小学校で僕は”しくった”。田舎から出てきたばかり、ただでさえ色眼鏡で見られる転校生という立場でありながら、僕は新しい環境に順応できず、”虐め”というものを経験した。小学生という小さな世界の住人にとって、転校生は異星人かのように見られるのだ。

当時から既に青白く細長かった僕は、そこに付け込まれた。都会の子は良くも悪くも成長が早い。それまでは容姿のことなんて全く気にしていなかったし、いじめっ子も虐めの”切り口”の1つにそれを選んだに過ぎない。

けれど、そこでついた傷は残り続けた。そして「男らしく」なれなかったことをきっかけに生まれた「細長い」という何の気なしの言葉をトリガーに、とうとう血を流し始めた。

「そんなの後付けだ」と否定し続けた。

目をそらしながら。

耳を塞ぎながら。

それでも、ダメだった。

小さい時に浴びせられた鋭利な言葉が、掃除の時間にかけられた冷たい水が、机に書かれた落書きが、全て溢れ出た。止まらなかった。

そして、その経験の全てを「自分の体のせいだ」と感じてしまった。思ったのではない。そう感じたのだ。

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大学に入ってもそれは変わらずで、ゼミ合宿で行った日光でも、他の男子がお風呂に行くのを後ろから見送っていた。

最近は「細いね」と言われても「体質なんだよねぇ」とサラッとやり過ごせるようにはなったけれど、体に触れられた時、服を脱いだ時、また”それ”が僕を襲う。

どんなに頭で整理しても、体が触れ合うこと、普段は隠れている部分について言及されることは圧倒的な破壊力を持っている。腕を掴みながら「めっちゃ細いねぇ!ひょろひょろじゃ〜ん」なんて言われれば「え、キモっ。死ねよ」にさえ聞こえるし、「私より細いねぇ!」と当時の恋人に太ももを掴まれた際には「振られるのかな、これ」と不安で泣きそうになった。


体が触れることは、地獄でしかなかった。


・・・


大学4年生の秋、僕はフィンランドの首都、ヘルシンキにいた。急に海を渡ったが付いて来て欲しい。イギリスをふらふらと動き回っていた僕に「今はフライトも安いからおいでよ!」と友達、ヴィッレが呼んでくれたのだ。

彼のアパートに入り浸っていたある朝、彼がニヤニヤとした顔付きで僕を起こした。「フィンランドっぽいこと、しようよ」と言って彼が部屋の窓から指差したのは、海辺にあるウッド調の建物。。。サウナだ。。。

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静謐なアパート。首都の中心とは思えないほど、穏やかな時の中に佇んでいる。


「サウナは必須だよ!」と行く前から念押しをされていたのだけど、もちろん乗り気にはなれなくて、正直はぐらかしていた。けれど彼の、この親切で心優しい気遣いにNOなんて言えない。

ヴィッレは仕事の日だったので、当日は午後に現地集合。前日の夜にパーティーで紹介してもらったヤスミンが先にやって来て、二人でしばしの間、雑談をした。普段からすっぴんが多いらしい彼女だけれど、表情の豊かさ故か、とても華のある人だ。

「ここのカフェのサラダが衝撃的な美味しさなの!」と熱弁する彼女の話し声に少し緊張がほぐれたけれど、頭の中は正直、この後のことでいっぱい。ましてや、ヴィッレはモデルの仕事をしている。街に大きなポスターが貼られているような人の横に並ぶって。。

そんなことを思っているうちに彼がやって来た。「お待たせぇ。ミズキに早く体験してほしいなぁ。気にいるかなぁ」とニコニコの彼。

とうとうだ。。。


清潔感のある脱水室には細長いロッカーが5メートルほど続いていた。ユニセックスの場所もあるらしいけれど、ここは男女で更衣室も別れている。そうそう、ヘルシンキでは比較的新しい建物だと、お手洗いも男女で別れていないんだよ。

10代と思わしき若者からお年寄りまで、程よく混み合った更衣室で戦々恐々と服を脱いでパンツ一枚になる。「"You're so skinny(ほっそいねぇ)"くらいは言われるんだろうなぁ。どうしよう、顔とか引きつってるの見たら立ち直れないぞ?」と不安でいっぱいの僕に、ヴィッレは何も言って来なかった。あれ?


「ヤスミンが待ってるよ。早く〜」

「え、あ、うん」

水着に着替えたヤスミンと合流して、3人でシャワーを浴びる。

「ヴィッレもミズキも準備万端だね。今日は意外とあったかいから楽しめると思う」

「うん。よ、良かった」

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サウナで汗を流したらプールや海に入って、それを繰り返すのがフィンランド流。9月と言えど日本育ちの僕からすれば、気温8℃の曇り日に海に飛び込むのは正気の沙汰じゃない。「意外とあったかい」とは...

少しでも骨が浮き出ないように姿勢を工夫したかったけれど、あまりの寒さに背中を丸める。身震いする僕を見て2人が笑っている。笑っているけれど、小学校で僕を痛めつけたあの笑い声とはまるで違う笑い声だ。

「I can finally say "Welcome to Finland!!"(これでやっと『フィンランドへようこそ!』って思えるよ)」

ヴィッレは海へ飛び込み、それにヤスミンが続き、僕を手招きしている。まるで絶対安全領域にでも呼んでいるかのように。


ヴィッレ:This is soooooo cool!!(すっごく良い気分だよ!)

ヤスミン:This is so refreshing!!(すっごく頭がスッキリする!)

ミズキ:This is so insane!!(すっごく頭がおかしいよ!)


僕らの会話を聞いていたスタッフが思わず吹き出す。張りっぱなしだった僕の心は少しずつ、ぎこちなく、ほぐれ始めていた。

(いやめっちゃ寒いんですけどね)。サウナはここ↓

その後も何度か海とサウナを行ったり来たりして、プールの中でお喋りを楽しんだ。普段の生活のこと、僕が出会う前のヴィッレのこと、ヤスミンがインドを巡っていた頃のこと。色んなことを話した。


「あの建物は最近できたんだけど、ブサイク(ugly)だよね」と眉に皺を寄せるヤスミン。「ん?どれ?」と尋ねる僕に「あれだよ。正に”ugly”だね」と長い髪をかき上げながらヴィッレが答える。そして「何よりharmoniseされてない(調和されていない)。そう思わない?まぁ、もちろん調和の偏重も良くないけどね」と続けた。

綺麗な建物だった。確かに言われてみればなんとなく他の建物と喧嘩をしているけれど、ピカピカで整っているとも形容できるあの建物が、これが、この人たちには醜い(ugly)なのか。ハーモニーを奏でることをしない姿勢が、見た目そのものよりも、”ugly”の物差しになるのか。

自分の中で凝り固まったものがグラグラと揺らいでいた。

幾多の地を旅して、色々な人たちと時間を過ごしてきた2人は決して多様性を恐れるような人達ではない。深読みかもしれないけれど、ここで言うハーモニーも「空気を読む」や「一緒くたにする」ではなく、「美しく共存する」ことだと強く思った。

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ヴィッレとの出会いは何と浅草。彼がアジアを旅していた頃。


”Ugly”って何だろう。馬鹿にされないように、後ろ指を刺されないようにしていたのは、僕がいた小さな世界で、たまたま僕が”Ugly”に当てはまったからだったのかもしれない。

いじめっ子に対して僕が攻撃的だったことは一度だってない。「美しく共存する」なんて綺麗なものじゃなくても、「お前も〜じゃないか」なんて形で反撃したことはない。

少しエゴっぽいけれど、そう言う意味で、あの日の僕は”Ugly”ではなかったんじゃないだろうか。そう思った。やっと肯定できた気がした。自分で、自分を。


「そうだね、確かにブサイクだ。すっごくね」


暫くの間を置いて息を吐くようにして答えた僕は、仰向けになって水に浮かんだ。肋骨が目立つ姿勢だ。

空を覆っていた曇が少し透けて、その存在が確認できる程度の僅かな光が空に浮いていた。

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次の日、パーティで知り合った新しい友達、タラと遊びに出かけた。あの夜、誰よりも激しく踊っていた彼女とは、帰りのトラムで隣同士になって打ち解けた。

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空港に着いた5時間後にお邪魔したパーティー。ジャスティン・ティンバーレイクが流れると皆んな大盛り上がり。


話の弾みで「大学でジェンダーについて齧っている」と話をしたところ、タラはすごく興味を持ってくれた。「よ!ジェンダーギャップ121位!」と掛け声を上げたくなるほど男女格差のある国だ、政治にも多くの女性が参加するフィンランドで生まれ育った彼女からすれば、不思議な異国であろう。

集合場所は中央駅。方向音痴なので分かり易いところを、とお願いした。昼過ぎに散歩をした海辺の街は、物語の中に入り込んだかのような穏やかな雰囲気に包まれている。

「私、これすごく上手いの。掴まって」という彼女の肩にしっかりとしがみつき、電気スクーターに乗って海辺や街を走り回った。中学生の頃、初恋に破れた思い出のスポットを爆笑しながら紹介し、行きつけのメキシカンバーや大きな図書館もお勧めしてくれて、お気に入りのカフェにも連れて行ってくれた(ヤスミンが食べてたサラダ、ここにあったのね!)。

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ヘルシンキ中央図書館『Oodi』  ベビーカー専用の広いスペースやレンタルスタジオに加え、ガラス張りの壁も印象的。なんと入場無料...

老若男女が行き交うモールの広い通路を通り抜けた時には、「出産」がテーマの展示会がやっていた。人間美でいっぱいの写真を眺めながら、僕が「これね、変な話だけど、日本でやったら”エロ”って類にされちゃうと思う。コンビニにはそういう雑誌も売ってるんだけどね」と言った時の彼女の頭を「?」が埋め尽くしていたのは一目瞭然。

彼女が「私、オーロラ見たことないの」と言った時の、僕の顔もあんな感じだったのだろうか(北部に行かないと滅多に現れないし、ムーミン愛が特に強いわけでもないとのこと。なんと)

(出産に関して、少しタブー的な雰囲気があるのはフィンランドでも同じらしい)

日が暮れて、自称「最悪のツアーガイド」と市場を散歩しながら、自分がどんなことに幸せを感じて、自分のどこが好きで、どこを直したいか、語り合った。すると、細身で「美人」な彼女が、摂食障害を患った過去があるほどの体型コンプレックスの持ち主だと明かしてくれた。彼女も自分の体が大っ嫌いだったのだ。

「『鍛えれば良いじゃん』とは思い立ったものの、極めて太りやすい体質の人が”理想の体”を維持するのって難しいじゃない?それと同じで、すぐに痩せてしまう人にとっても、体型の維持は至難の技なんだよね。沢山食べようとした結果も散々だったし。それでも痩せ型体質の人の苦労は、あんまり理解されない。むしろ『羨ましい』なんて言う人もいるし、勘弁してよってね」

それに関して、あまり多くを語らなかったタラ。しかし、陽のエナジーを人の形にしたような彼女の瞳に映る光は、その一瞬だけ、どこか遠くへ身を潜めた。


「幸せの国」とも謳われるフィンランドは、その異名に引けを取らない福祉や育児支援の充実度に加え、「美」のあり方や「男/女なのに」にもあまり囚われない国民性で知られている。プールでの出来事はそれを象徴するような出来事だったし、僕はそれに救われた。

けれど、その現実を享受する一方で、この国に「美」や容姿から来る虐めが全くないのかと言えば、勿論そうではないだろう。

容姿について言及する文化の極めて薄く、交通機関やあちこちに「完璧な男女」を貼る風習のない”きらきらの異国”にだって、その地の現実問題、リアルがあり、そこで誰もが傷つけ合い、いたわり合っているのだ。

彼女を見て、そう思った。


電車の駅でさよならをした後、泣く泣く購入した北欧価格のトラムチケットをポケットにしまい、寒い夜道を歩いて帰った。一日の残り香を、少しでも長く身にまとっていたかった。

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正直、この旅に出るとき、僕は日本という”リアル”から逃げるようにして空港を後にしていた所もある。

「男なんだから」「細いね」どんなにコミュニティを選んでも逃げられない言葉が、雰囲気が、日本にはあった。そして、その全てから自分を守ろうとして、どんどんと壁を築き上げていた。

けれど、「日本と海外」なんて構造は、やっぱり存在しない。どこへ行ったって、みんな、戦っているのだ。

”私たちは「ここじゃない世界に行きたい」と今いる場所から離れたくもなるけれど、その遠い場所では結局、別の現実の中で人々が懸命に生きている” ──『「ここじゃない世界」にいきたかった アイルランド紀行』より

とは言え、この尊い出会いたちが、僕をちょっぴり強くしてくれたこともまた事実。そして、自分と同じ悩みを抱えた人が、遠く離れた”理想郷”にもいるというリアルに、「もう少し、前に進んでみない?」とそっと手を差し伸べてもらった気がする。

僕は、その手をしっかりと掴んでいきたい。

数ある世界と価値観の中で僕たちにできるのは、自分で自分の物差しを選んでいくこと。

きっと、それだけだから。

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フィンランド紀行  「自分の体が嫌い」な僕は、”理想郷”のリアルに勇気をもらった。

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