見出し画像

情緒がおかしいまま、鶏を殺した話をしよう

宿泊研修で鶏を〆た時のレポートを書かなくてはいけなくて
義務的に礼儀正しく鶏を殺して捌く過程を文章にしてみた。
レポートと言うには多少主観を入れすぎていて、日記のようになってしまった感は否めないけれど。
それでも、なんていうか、レポートらしさ、とでもいうのかな。
綺麗にまとまってしまったから、多少ぐちゃぐちゃに少しだけ語ってみようと思う。

鮮明に覚えている。鶏舎から出されゆく鶏たちが己の運命を悟ったのかなんなのか、叫んでいたことを。
騒がしかった。
可哀想に。と少し冷めきらない感情をぼんやりと飲み込みながら
鶏の両翼を掴んだ。ジタバタと暴れた。けれど力を込めてそのまま掴んでいたら10秒足らずで大人しくなった。
自分の脈が早くなったことに気がついた。
次に鶏の熱さを感じた。息を飲んだ。
物語の登場人物がよく命の温かみなんて言うけれど。
日々私はそれを鬱陶しく思っているけれど。鶏も生きていることを知った。何故そんなに暴れるのか、生きたいのか、少しわかった気がした。
鶏を持ってみたいと言った友人に手渡したあと、命を文字通り掴んでいた、重圧。ボクらと何ら変わりのない生存本能とボクとは違う生きたいという意思を手放せて、なんとも言えない心地で、いや、心底安心していた。
でも
引き渡してからも抜けていなかった力。
握りしめていた手の力を抜いて、見たのは血に染まった白い軍手だった。
何故、と思った。
すぐに分かった。
鶏の翼を握っていた時、細い骨を意図せず手折って、それが肉を貫通したのだと。
瞬間、息がこぼれた。
これから殺すというのに、情けない。
ごめん、と、気がついた頃には呟いていた。
痛かった、かな?って。唇を噛んだ。
後で殺す時暴れてこっちが側、人間が怪我しないよう、
足を紐で縛った鶏を笑顔で持つ友人の要望に応え写真を取ってやる。
私の笑顔がいつもより浅かったと感じたのはきっと気の所為ではないのだろうな。
私は鶏をこの手で殺す役割に立候補した。
半で一匹を殺し捌く。
他にも立候補者は居たけれど、珍しく、いつもどおりのやる気のない、グーしか出さないじゃんけんで一人、勝った。
一人は翼を抑える役を、一人は足を抑える役を、一人は頭を抑える役を、一人は撮影する役を。5人、役割分担。
柄にもなく真剣に。切り株に押さえつけられている鶏を見据えた。

重力に従い目を優しく閉じる。
慣れすぎてしまった眠気が頭を重くする感覚を緩やかに感じる。
軽く鼻から息を吸う。
そして吸った息の大凡倍を吐き出す。
力を抜いて。
肺が空気で満ちるのを感じながら。
目をパッと開いて世界を見る。
芝居をする前と同じように。
同じように。
感情を考える、感じれるように。

頭を切り落としたんだ。
哪吒、と呼べるのかよくわからない刃物で。
薄い膜を破るかのような感触だった。
血しぶきが飛んだ。
頭を抑えていたクラスメイトと私に血がかかった。
わかりやすく、血濡れた。
グニグニとした肉の感触。肉でしかなかった。
だけれどそれで終わりじゃない。
刃が硬いものに当たる。
ご、が、と。骨、骨なのだろうと。少し顔をしかめてしまったのを感じた。
薄く、ぼきっ、って音がして。また、ぐにぐにぐちゃぐちゃとした柔らかさが戻る。
骨を断つよりも肉を断つほうが刃が滑って断ちづらい、と力を込める。
はやく、はやく、と。もう鶏は力なくぐったりとしている。
死んでいる。
だけど、
はやく、はや、く、はやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやく
唱えて。ぶちって音がして。
呆気なくて。
命儚くて。
痛々しくて。
痛くて。
ぼんやりと、は、と、息が荒いことを感じて。
素に戻った、久々に本気になった、と感じた。
数秒、そのまま浅く呼吸を繰り返して。
手に持つ油と血で黒光りする刃物と鶏の胴と頭を見比べて。
ふ、と息をついて、
穏やかに笑ってみた。
物語の殺人鬼を描く描写が現実に広がった。
これが血に染まるということか、って。
平坦に、ゆっくりと、言葉を発してみて、自分が変わっていないことに安心して、落胆した。
作っている自分だから、あまり変わりないのは致し方ないのかもしれないけれど。だけど、ちょっとは崩れてくれるかなって思ったのに、駄目だったかぁ。って。
本気には成れたけれど、こんなものかって。
薬を100飲んだときと変わらない。
すぐに感情は薄れていって。何を思ったかも次第に忘れてしまう。
どうせなら、鶏の命に。
命一つに見合うくらいの人間らしさを手に入れたかったなって。
命を奪うなら代われると思っていた。希望を持っていた。
所詮ないものねだりだったのだと。
鶏には申し訳ないけど、少し、いや、結構絶望してしまった。
なんとなく顔にはねた血を拭ってみた。

命をうばって、血が失われていって
どんどんと冷たくなっていった。
でもその後温めて、羽をむしって。
捌いてから調理するまで冷やしておいて。
また加熱して。
同じ温度変化だとしても
生死にを感じる純粋な温度変化は、
自然の摂理は、最初しかないのだと知った。

皮肉だね、って。

本当。
有意義な宿泊研修だったよ。

いいなと思ったら応援しよう!