エピソード3|文士として咲き文学に散る

 小説を新人賞に出せた。人生で三作目、自身としては一番多い原稿用紙の枚数だった。良い作品が書けたと思う、それは面白いだとか、文章が上手いだとかそう云う単純なことではなくて、小説としての純粋な質の話だ。クオリティーが高いだとか、そう云うことでもなくて、良い話、誰かの人生に介入して糧となるような良い話が書けたと思う。誰かにとっての応援歌になるような、誰かにとっての慰めや救いになるような、慈悲深い、思慮深い作品が書けたと思う。それが僕にとってはとても幸福なことで、人生で一番好きな小説を聞かれたら迷わずに今回の自分の作品のタイトルを答える。そうして、誰かにとってもそう云う作品になれたらいい、賞を取って、沢山の読者の人達と、これからそう云う作品に育てていけたらいい。心からそう思う。
 こう云うことを考えられるようになったと云うことは、僕も少しは目標にしている「文士」に近付けていると云うことだろうか。早く立派な文士になりたい、その為にこれからも日々鍛錬を怠らずに精進していこうと思う。文学の道を志してから、もうすぐで一年だ。良い作品を書きたい、誰かにとっての良い作品を書きたい。そうして、唯ひたすらにロールモデルである三島由紀夫先生の背中を追い掛け続けたい。
 小学一年生のときに休み時間に漫画を描いて、クラスメイト達や先生達から褒められたのが嬉しくて、それから僕は二十歳を過ぎてもずっと漫画を描いていた。何かを諦めても漫画家になりたいと云う、小学一年生のときに持った夢だけは、諦めずに生きてきた。それだけは、他の全てのものを捨てても、失っても、両腕で大事に抱えていた。小学校六年間の雨の日の休み時間は、学年の皆が僕の絵や漫画を見に席に集まってくれた、誰かの役に立てたことが嬉しかった、誰かに必要とされることが嬉しかった。漫画を描けることが、絵が上手いことが僕の価値だと、修学旅行のディズニーランドのホテルで相棒と漫画の原稿を描いていた中学生時代の僕はそう思っていた。いつしかそう云う風に自分の価値を自分の才能に委ねていた、それは高校の部活動でも学園祭でも球技大会でも定期テストでも、僕が頭角を現せることなら何でもやって成功させて、それが僕の価値だと思っていた。
 途轍もない才能があるわけではない僕は、努力しなくても何でもある程度は出来る人間だった、そう云う風に教師達から言われたし、それが理由で一番仲の良かった友達には嫌われた。自分はテスト勉強も頑張ってやっとこの結果なのに、学校にも来ず何の努力もしていないあなたに負けるのが嫌だと。僕も何の努力もしていないつもりはなかった、授業を聴いても話が全く頭に入ってこないから授業は唯、黒板の文字をノートに写すだけの作業で苦痛だったけれど、学校に行ける日は受けていたし。そもそも学校に行けなかったのは中学生の頃に過敏性腸症候群になったのが原因だったし、過敏性腸症候群の成人男性が飲む量の薬を飲んでいても効かなかったのだ。それでも、まともに授業も受けられなかったけれど、無理して歯を食いしばって教室で耐えていたし、鬱や睡眠障害が酷くて学校を休むようになったのは高校生になって少し経ってからだ。
 中学は半分以上、高校は三分の一も通えなかった、それでもテストは忘れてしまうから前日に徹夜して教科書を丸暗記して受けたし、それはテスト期間の一週間ずっと続けたし、何の努力もしていないわけじゃなかった。字だってそうだ、小学校五年生まで字は凄く下手くそだった。それが嫌で、小学校から帰った後、自室に篭ってノート一冊分、今までに習った平仮名や漢字を全て綺麗に書けるようになるまで練習した。絵もそうだ、沢山描いたから上手くなった。小説だって、人生で三作目だけれど、この一年間百冊近い本を読んで、数十万字以上の文章を書いた。読書なら小学生の頃から図書室や図書館の本を沢山借りて、文章なら中学生の頃からTwitterを毎日やって、話の構想を練るのは六歳からずっと漫画を描くときにやっていたし、僕は今までもずっと小説を書く為の努力をし続けてきたのだ。だから早熟の天才でもないし、大器晩成型でもないし、僕が良い小説を書けたとしてもそれは才能ではなくて、努力の結果なのだと云うことをここで言っておきたい。
 そうして、過去の自分にも言ってあげたい、君の価値は才能ではなくて、人には見えない所で努力して自分の能力を磨いている君自身なんだよと。あの頃に誰か一人でも、そう云うことを言ってくれる大人が居てくれたら、僕はきっとあんなに長い間、あんなに沢山絶望しなくても済んだ。そうして、自分を傷付けることも死を選ぶことも無かっただろう。否、これは過去の話ではない、今も続いている、僕の中にずっとある問題の話だ。いつか自分で自分のことを認められて、この問題が解決出来るように、そうしてその道半ばで出会ったあなたにも、何かを言ってあげられる人間になれるように。それが僕の生きる意味になるように、それがあなたにとっての生きる理由になるように、僕があなたの人生にとっての良い作品を書き上げられるように、これからも僕は必死に夢中で努力する。その過程を楽しみながら頑張ろうと思う、だからずっと、僕の文士として歩む道を、傍で見ていて欲しい。僕は君の一等星になりたい。


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