見出し画像

オンラインの出会いの狭間で

 これは、最近、オンラインで話した初対面の人の話だ。

 一人は、私のnoteをずっと読んでくれていた同い年の女の子。「実は、いつもnoteを読んでいて、話してみたいなって思ってたんだ」と言う。不思議な感じだ。私は初対面のつもりなのに、向こうは私のことをずっと前から知っている。しかも、私のnoteはかなり自分の内面を明かしているから、なんともむずがゆい恥ずかしさがある。

 でも、嫌な気はしなかった。なぜなら、彼女の知っている私は、私の言葉で語られた「私」だからである。出所の分からない噂を聞いて、「知っているよ」と言われるのとは違う。私が、私の責任で書いた言葉で描いた自分を知ってくれていることは、とても安心感があった。

 もう一人は、ネットの記事で知っていてとても尊敬していた方だ。「実は、ネットのインタビューの記事を読んでいて、ずっとファンでした」と言うと、恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしていた。だが、話してみて気がついた。当たり前のことだけれど、私が知っていたのはその人のほんの一部だった。その方の考え方も、今までやってきたことも知っていたけれど、実際に話したその方は、周りの空気を明るくしてくれるとても素敵な人だった。その方のつくる空気のことなんて、私は全然知らなかった。

 オンラインで出会った人と話すことも、もはや日常のことになった。ひょっとすると、学校や職場の人間関係よりも、相互フォローの人間関係の方が密なのかもしれない。しかしそれは、その人自身の言葉を知っているという意味では完全かもしれないが、生身のその人の振る舞いを知らないという意味では、不完全かもしれない。

 オンラインで生まれる、完全で不完全な人間関係の中で、今日も一人つぶやいている。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
わーい!
5
国家公務員1年目 / フッ軽公務員のメンヘラ気味なnote / このアカウントの発言は所属する組織の見解ではなく、個人の見解です。

こちらでもピックアップされています

つれづれなるままに
つれづれなるままに
  • 33本

ふとした時に感じたこと。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。