現代語訳「我身にたどる姫君」(第一巻 その9)

 曇ってはいるものの、雪と月光が混じり合いながら降ってくる風情のある空の下、簀子《すのこ》もすべて雪に埋もれていたため、男は粗末な放出《はなちいで》の戸に寄り掛かっていた。並大抵の人とは異なるその見事な容姿に、いつも雪や氷に閉ざされているように感じている女房たちは、魂が消え入りそうな心地で見とれていた。
 ある幼い童《わらわ》がやって来て姫君に告げた。
「あちらの人の話によると、三位中将《さんみのちゅうじょう》殿だそうです」
 他の女房から静かにするようにたしなめられたが、童は話をやめなかった。
「どうも后《きさき》の宮の病が重いために、使いとして比叡山《ひえいざん》に登ったのですが、夜が更けたので急いで帰るところらしいです」
 女房たちは胸をときめかせたものの、あいにく不釣り合いである。病にかかっているのはどちらの宮だろうと気になった姫君がさらに話を聞き出したところ、どうやら中宮《ちゅうぐう》のことらしい。
 一方で尼君は、「立派な身分の人が来たのに何も用意がない」と困惑していた。
(続く)

 突然の来訪者は「三位中将」と名乗っています。
 この「三位中将」は「三位でありながら中将」という意味です。「中将」自体はそれほど際立った身分ではありませんが(従四位下相当の官職)、「三位」は公卿《くぎょう》・上達部《かんだちめ》と呼ばれるトップエリートです。「三位中将」は摂関家や大臣の子息が若い頃に就くことが多く、出世コースと見なされていた華やかな官職になります。

 また、屋敷の具体的な位置が今回のエピソードで明らかになっています。
 物語の初めに「屋敷から見て西の方角に山があり、その向こう側に都がある」と書いてあったため、音羽山の東側の麓、琵琶湖から瀬田川《せたがわ》が流れる辺りをイメージしていた人もいるかもしれません。
 しかし、今回登場した三位中将が、比叡山への参詣後に都へ戻る途中で立ち寄っていることから、屋敷があるのは音羽山の北側で、「逢坂《おうさか》の関」の少し手前(現在のJR大津駅近辺)となります。(姫君が見ていた西の山は、どうやら大文字山だったようです。)

 なお、話題として挙がった「中宮」については、別の機会に改めてご説明します。

 それでは、また次回にお会いしましょう。

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