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裁判官が違えば結論も変わる?ー業務上の必要がないことを理由に部長からの降格を無効とした事例【ビジネスパートナーほか事件・東京地裁令和4年3月22日判決・労働判例1269号47頁】ー

前回の記事で、配転を断った総合職員に対して行われた使用者側からの地域総合職との賃金差額(半年分・12万円)の返還請求を認容した事例を紹介しました。

その後、直近の労働判例誌に、同じ当事者の同時期の訴訟でありながら今度は労働者側が勝訴した事案が掲載されていました。

今回は、そのような事例としてビジネスパートナーほか事件(東京地裁令和4年3月22日判決・労働判例1269号47頁)を取り上げます。

どんな事件だったか?

本事件は、被告会社が、その子会社の営業部部長(兼取締役)であった原告に対し、第一営業部と第二営業部の全体の統括を打診したところ、原告から管理する人員が多くなるため困難であるとの意見が返ってきたため、原告を一般職員に降格させたうえ、さらに会社の債権管理について虚偽の月度結果報告を行なったことなどを理由に懲戒処分としての降級をしたことから、原告労働者側より①降格及び降級の無効による部長としての地位確認、及び、②減額前の水準による賃金の支払請求がされた事案です。
裁判所は原告の請求をいずれも認めました。

本件の事実関係

裁判所が認定した事実関係は以下のとおりです。

  • 平成27年7月1日、原告・被告会社との間で労働契約が締結される。同時に、原告は子会社(ライフティ)に出向して部長職兼取締役に就任する。

  • その後、原告は子会社の第一営業部と債権管理部の部長を兼務。

  • 平成30年5月30日頃、子会社のC社長は管理本部営業推進課のD社長に被告会社への出向を命じる。これに対し、D課長から出向を拒否して退職する意向が伝えられる。

  • 平成30年6月4日、被告代表者から原告に対し、子会社の第一営業部だけではなく第二営業部も含めた営業部全体を原告に統括させることが打診される。原告、各営業部に25名ほど従業員が所属しており合計50人もの従業員が所属する営業部全体を直ちに1人で統括することは困難であるとの意見を述べる。

  • このやり取りの後、原告と被告代表者との間でD課長から原告に対する引継期間を協議。被告代表者は原告に対し1週間で引継を終わらせることを指示。これに対し、原告は業務に支障を生じるおそれもあるので2、3週間はほしいとの意見を述べる。

  • 平成30年6月6日午後4時、C社長から原告宛に、被告代表者が辞表を提出するように言っている旨を伝える。理由は、原告がD課長の引継期間について被告代表者の指示に従わなかったことと、営業部全体の管理を拒否したことが指示命令違反に当たるからというもの。原告は、最終的には指示に従っていることなどを反論して辞表の提出を拒否。

  • 平成30年6月7日、C社長から原告に対して6月8日と11日の自宅待機が命じられる。

  • 平成30年6月11日、被告代表者、原告に対して子会社の取締役の解任し出向を解くよう告げる。

  • 平成30年6月13日、原告、体調不良で被告会社を休む。同日、精神科を受診したところ医師より急性ストレス反応の診断を受ける。

  • 平成30年7月4日頃、被告会社、原告に対して平成30年6月26日付で降格と扱う給与辞令を交付。

  • 平成30年10月2日、被告会社、原告に対し、被告会社の貸金事業における償却(貸倒れ)基準に違反したことや、貸金の回収の実績値を偽って報告していたことを理由として懲戒処分としての降級を行なう。

  • 平成30年12月25日、原告、被告会社に復職。同時にジャパントラスト社に一般職として出向

裁判所の判断

裁判所は以下の理由で原告に対する降格及び降級を無効としました。

降格の有効性の判断基準について

  • 被告会社は、原告との間の労働契約に基づき、原告の個別の合意がなくても、人事考課により降格やこれに伴う降給を決定する権限を有している。

  • もっとも、当該人事考課やこれに基づく降格・降級が不当な動機・目的をもってされたものであるときや、労働者に通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるときなど、特段の事情がある場合には、当該降格や降級は権利の濫用として違法・無効となる。

降格理由①ー営業部門を原告一人で統括することに難色を示したことは管理職として不適格か

  • 原告は何の事前説明もなく、突然、これまでのおよそ2倍の人数を一人で統括することを打診されており、その対応を難しいと言うことは自然なことである。

  • 原告は子会社の取締役でもあったのであるから、管理体制を変更する必要があり、そのために原告に営業部全体を一人で統括してもらう必要があったのであれば、原告に対し、その必要性を説明するとともに、原告が「難しい」と意見を述べた理由を聞き出し、その意見を踏まえてより良い管理体制へ移行する方法等について協議をすべきであった。

  • したがって、原告は管理職としての適性を欠いていない。

降格理由②ー1週間の引継に難色を示したことは管理職として不適格か

  • もともとD課長は退職までの3か月間を引継期間として希望していた。

  • 労働者は退職時期を選ぶことができるのであり、会社が会社にとって必要な引継期間を見積もった上で退職時期を指定することなどはできない。そのため、管理職が、労働者の意向を反映した引継期間を相当とする意見を述べても、労働者に便宜を図るものではないことは明らか。

  • 労働者の退職時期についての希望も考慮して、相当な引継期間について意見を述べることはむしろ好ましいことである。

  • したがって、この点でも原告は管理職としての適性を欠いていない。

懲戒処分としての降給について

  • 原告は、子会社の貸金償却基準上は貸倒となる債権であっても一定の回収が見込めるものについては、償却対象から除外することを提案した。そして、その提案についてはC社長も賛同しており、その後、原告からC社長には新しい償却基準の策定の経緯や内容を電子メール(CC)で送信していた。

  • したがって、原告が新しい貸金償却基準を用いることについては決裁権者であるC社長の事前の承認が得られていた。

  • 原告が月度結果報告について誤った数字を故意に記載したと認めるに足りる証拠はない。

  • したがって、原告には就業規則上の懲戒事由に該当する事実はない。

判決に対するコメント

判決の理由付けに若干の違和感があるほかは、結論と理由付け双方に賛成です。

まず、本判決は、降格の実施について個別の労働者の合意は不要としています。
この点、職位の変更の場合(例:部長→一般職など)については、その変更は人事権の範囲内であるとして個別の労働者の合意は不要とされます。

また、職能等級の引下げとしての降格(例:参事→主事)についても、就業規則上の根拠があれば個別の合意までは不要とされています。

実際には大多数の就業規則が職能等級の引下げとしての場合を含めて降格があり得ることを定めているため、この点で降格が無効になるケースは稀です。

今回も、職位の引下げとしての降格が行なわれた場合ですから、労働者の個別合意を不要とした判断は妥当といえます。

人事権の濫用について

制度上は降格が可能であるとしても、労働者と使用者は本来対等の立場であることから、使用者側が権限を濫用してはならないのは当然のことです。
特に、職位の変更が賃金の低下を伴う場合は、労働者の不利益が大きいことから、人事権の濫用に該当する場合はかなり広くなります。

この点、今回の裁判所は「不当な動機・目的」や「労働者に通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであると」などの特段の事情がある場合に、人事権の濫用に該当するとしています。

この点は、少しだけ違和感があります。

すなわち、今回裁判所が示した基準のベースは、おそらく東亜ペイント事件の最高裁判例(最小2昭和61年7月14日判決)と思われます。

しかしながら、東亜ペイント事件は配転の有効性が問題となる事案でした。
そして、従来のメンバーシップ型雇用のもとでは、配転は使用者が幅広い人材活用をするために必要な施策であり、他方、労働者にとっても将来のキャリア開発と昇進・昇給というメリットもあることから広く使用者側の裁量が認められていました。

配転が「労働者に通常甘受すべき程度を著しく越える不利益」を与えない限り有効という基準も、そのような配転がもつ意義を踏まえて、できるかぎり配転を広く認めようという価値判断があるからであるはずです。

これに対し、降格の場合は、基本的に労働者のキャリアの低下であり、多くの場合で賃金の低下を伴います。

すなわち、降格(特に減給を伴う場合)は類型的に労働者に強い不利益を強いるものであるため、権利濫用のための要件として「通常甘受すべき程度を著しく越える不利益」までは不要ではないかと考えます。


次に、今回の裁判所は「業務上の必要性がない場合」に言及していない点で違和感があります。

通常、権利の濫用が問題となる事例では、当該行為の必要性や、仮に必要性があるとしてそこまでの対応をするだけの相当性・合理性があったのかという観点から権利濫用の有無が審査されます。

その観点からすると、今回の裁判所が権利濫用となる場合について、「不当な動機・目的」の前段階として「業務上の必要性がない場合」を挙げなかったことには少しだけ違和感がありました。

もっとも、裁判所は実際の当てはめ段階で「管理職としての適格性」という観点から、原告を降格をする業務上の必要性がないとしているため、結論や理由付け自体には賛成できました。

その他、原告には子会社の取締役の地位があったことを理由に、被告会社側に営業部門の統括や1週間での引継の妥当性について丁寧に協議すべきであったと指摘した点も特徴的であると感じました。

本来、会社の経営事項は代表取締役の独断ではなく、取締役同士や取締役会による協議で決定すべきとされています(会社法348条2項・同法362条2項1号)。
そうすると、今回のケースでも、原告が、被告代表者とは異なる立場から、一取締役として自身の意見を述べることは、会社法上はむしろ奨励される行為であったと言わなければなりません。

その観点からすると、今回の裁判所の判断は「会社の代表者であれば経営事項を独断で決めても良いし、反対する者には遠慮なく制裁をしてよい」とするありがちな誤解を正す正当なものであったと考えます。

懲戒処分としての降級について

今回の原告に対しては、懲戒処分としての降級がされています。
懲戒処分として行なわれるものである以上は、労働契約法15条の定めるとおり、まず懲戒の根拠規定やそれに該当する事実が存在すること、懲戒をする客観的必要があり、処分内容も相当であることが求められます。

特に、降級は懲戒処分としてもかなり重い部類になるため(今回も降級は9段階あるうちの上から 4番目に重い処分だったようです。)、懲戒事由の該当性やその必要性・相当性は厳しくチェックされます。

今回の原告の行動については、そもそも懲戒事由への該当性が認められませんでしたが、仮に何らかの就業規則違反があるとしても、取締役や管理職として与えられている裁量の範囲内の行動と考える余地もあり、また、被告会社に対する実害も具体的には立証できないであろうことからすると、やはり無効と判断されたのではないかと思われます。

最後に

以上、ビジネスパートナーほか事件を取り上げました。

今回の事例を読んで、改めて「同じ事案でも裁判官の分析の視点が異なればこうも結論が分かれるのか」と強く感じました。

前回取り上げた裁判例では、どうも裁判官に「正社員が配転を拒絶するとはけしからん」という視点があり、それ前提で事案を分析してしまったように思われます。
他方、今回の裁判例は、「あまりにも被告代表者の言動が独善的すぎる」という視点があり、それが降格の必要性がないという判断につながったように思われます。

こうなると、「同じ事例なのに裁判官次第で結論が分かれても良いのか」という点が問題となります。
もちろんながら、そのようなことがないことが理想ではあります。

しかしながら、日本の裁判システムでは、人間の理解力には一定の限界があることを前提として、裁判官が独立した立場から自由な心証で事実認定することを認めています。

そうだとすれば、弁護士としては、裁判官ごとに判断が違うことを嘆いても仕方ありません。
弁護士ができることは、裁判官を説得するため、①事実と証拠に基づいて丁寧に論証すること、②裁判官にその事例の問題の核心部分をワンポイントで説明できるよう地道に努力することしかありません。

今回の裁判例は、そのような、弁護士側の努力の必要性を感じさせられた事例でした。


今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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