「京都大学の思い出」

「京都大学の思い出」
※フィクションです。でも、本当の物語。

もうすっかり教室の外は夜の帳で満たされていました。たくさんの生徒が帰路についた後、
電灯の下、教室には私と老教授だけが残されました。

老教授はまっすぐに私をみつめると、こう言いました。

「三宅くん、人工知能とはさかさまの科学なのだよ。」
「さかさま?」
「そう。原理と現象が逆転しているのだ。」

「失礼ながら、学問とは、ユークリッド幾何学のように、
 仮説があり論証を重ねて行くものではないのですか?」

老教授は聞こえていないようで、聞こえているようで、
しばらく沈黙したあと、今度は窓の外に杖を指して言いました。

「見たまえ、三宅くん。あの宇宙を。我々人類はこの6000年というもの、
 あの宇宙を理解しようと、知識を積み重ねて来た。つまりそれは、
 人間という知能が宇宙を理解しようとする試みだったのだよ。」

ごほっ、ごほっ、とそこで老教授は咳きこみました。

「先生...。」
「大丈夫じゃ。わしも長い間、知を探求して来た身じゃ。
 だいぶ、無理をした。ところで、三宅くん。
 三宅くんがしようとしている人工知能という学問は、
 その逆なのじゃ。君がしようとしている人工知能という工学は、
 宇宙に知能を作らせようとする試みなのじゃ。」
「宇宙ではありません。人間が作るのです。」
「同じじゃよ。人間が自由にできるものなど、何もありはせん。」
「はい。」

私はわかったような、わからなかったような返事をした。

「いいか。三宅くん。君がいくらプログラムを書こうが、
 電気回路をつなごうが、それは、この宇宙が我々人間を作り出した
 奥深い過程を、稚拙ながら模擬しているに過ぎぬ。ちょうど、
 人間がこの宇宙を人間なりのやり方で、知って来たようにな。」
「はい。」
「結局のところ...」

老教授は少しにやけながら続けた。

「われわれ人間は、本当の真理にも、本当の生命を作り出すことにも、
 たどりつけやせん。我々は宇宙と生命のはざまの存在で、
 宇宙を眺めては、宇宙を知りたいと願い、
 人間と接しては、人間を作り出したいと願い、
 人間という足場から僅かばかり天に手を伸ばしたり、
 人間という足場を僅かばかり掘り進めてみたり、
 それでも人間という存在からは離れられず、
 しがみついている存在に過ぎん。」
「はい。先生。」

僕は涙を流していた。何も彼の言葉に感動したわけではない。

「お別れです、先生。」
「ああ。知っとるよ。今日で君は卒業だ。おめでとう。
 これがわしから君の卒業へのプレゼントじゃ。
 世間は君が思っているほど甘くないぞ。
 ただ、君を良く理解してくれる友達を集めるといい。
 そんなに多くはないだろうが、世の中には自分を理解してくれる、
 僅かばかりの友人が見つかるようにできているのだ。
 それは君のような気難しい人間でも同じことじゃ。
 あきらめなければ、君は楽しくやって行けるよ。」
「ありがとうございます。」

私は深々と礼をして教室を出た。校舎の外は寒く、時計台がぼんやりとオレンジ色に輝いていた。
そして見上げる冬の空には、はっきりとオリオン座が輝いていた。

しばらくして、先生が亡くなったという連絡を受けた。

私は天に向かって泣いた。私はその時、世間で最初に自分を理解してくれていたのは、
他ならぬ先生その人であったことを悟ったのだ。

(三宅陽一郎 「京都大学の思い出」 )

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