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短編小説集(原稿用紙20枚から150枚)

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1.とおりゃんせ(経済発展によって行き場を失う霊性の物語)  2.一円玉の歌(落ちている一円玉にまつわる都市伝説)   3.ムシの多いレストラン(現代社会で忌み嫌われる虫。虫の正…
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2020年9月の記事一覧

ムシの多いレストラン(短編小説)

ムシの多いレストラン(短編小説)

 男は三十三歳、独身。大手IT企業に勤めるシステムエンジニアである。金曜日のこの日、いつもより早い時間の午後六時半に仕事を終わらせた。会社のロッカーでクリーニングしたばかりのYシャツとジャケットに着替え、脇の下に香水をシュッとひと吹きさせた。鏡に向かって髪も念入りに整え、顔の脂をあぶらとりフィルムできれい拭き取った。
 今晩七時にレストランの予約が入っていた。そのレストランは、最高のジビエ料理を提

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一円玉の歌(短編小説)

一円玉の歌(短編小説)

 一円玉は絶望の雄叫びを上げた。
「誰かおらぬか! いたら救出してくれ!」
 叫んでもどうにもならなかった。それもそのはず、一円玉は暗くて狭い路地に横たわっていた。財布からポロリと落ちてからどれくらい時が流れたことか。雨の日もあった。雪の日もあった。風の強い日もあった。誰も拾ってくれない。それどころか誰からも目も合わせてもらえない。
「おかしいじゃないか。俺様を誰だと思っているんだ。一円玉だぞ。俺

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とおりゃんせ(小説)

とおりゃんせ(小説)

   一
 公園は屈託なく笑っていた。透き通った青い空に芝生の緑がまぶしく反射し、寄り添うように流れる大河から絶え間なく風が通り抜けてゆく。老人も子供も、男も女も、市民も異国人も、資本家も労働者も、健常者も障害者も、皆別け隔てなく吸収し、人びとの憩いの場となっている。
 タケルとシンは噴水の前でジャグリングの練習をしていた。シンは百八十五センチのスラリとした長身で容姿端麗、少女漫画に出てくるヒロイ

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