バンコク上陸の夜に

 80年代のアジア旅行は、たいていまずバンコクに飛んで1泊し、それから目指す国への飛行機に乗り換えることが多かった。
 わたしが初めてバンコクの地を踏んだのも、ネパールへ行くためのトランジットで寄ったのだった。自分としては、中国に次いで2度目の海外旅行だった。
 夜、ドンムアン空港に到着し、イミグレの長い列に並んで、ようやく入国できたのがだいたい深夜0時。ホテルサービスのカウンターで安宿を探し、タクシーで深夜の知らない街を走った。
 どこ違うところへ連れて行かれないか不安だった。同時に、知らない街にいることの歓びが自然にこみあげてきて、体じゅうに、うりゃうりゃした電流のようなものが流れた。
 ああ、この街も歩き回ってみたい。この街は、とてもエキゾチックな匂いがする。
 だがわたしは翌朝カトマンズへ飛ばなければならない。観光できるとしたら今夜だけだ。
 といってももう深夜1時近い。ひとまずホテルに入り、窓から夜の街角を眺めた。
 少し離れた一角に、電飾がギラギラしているのが見える。あれは何をやっている場所だろう。店だろうか。
 もちろんネオンの文字は読めない。
 あそこに行けば、強烈に刺激的な何かが待っている気がした。行ってみようか。
 でもこんな時間に外に出て大丈夫だろうか。タイのことなど何も知らないのだ。
 しばらく逡巡したわたしは、結局シャワーを浴びて寝てしまった。
 翌朝、窓の外を確認すると、あの電飾の場所にはアイスクリームの屋台がポツンと置いてあるだけだった。

「魅惑のバンコク」宝島社 2017.4

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