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日々のこと 1001 大根さんの話

「ユリイカ10月号」大根仁監督特集、ようやくゲット。まだ半分も読んでないのだけど、いろんな人が「大根さんと私」を語っているのを読んでいたら、もう、なんかとても熱い気持ちになってしまった。私も「大根さんと私」を語りたくてたまらなくなってしまった。なので勝手に語ります。

とはいえ、私は今、あんまり大根さんを語れない。新作に乗れなかったからだ。楽しみにしていた『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』も、『ハロー張りネズミ』も、うまく乗れなかった。ピンとこなかった自分が寂しくて、面白かったという人たちが羨ましかった。なぜ乗れなかったんだろう、そもそもなぜ私は大根作品が好きなんだろうか、などと考えたりしていた。だから、公開から一カ月後におそるおそる見た『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』がすごく良いと思えたことが嬉しくて、自分に少しホッとした。

私が最初に見た大根作品は、たまたま見た深夜ドラマ『ヴァンパイアホスト』(2004年)。すごく面白かった。そこで初めて大根仁の名前を知った。初めてドラマのDVD-BOXというものを買い、angelaの主題歌シングルCDまで買った。
バナナマンという人たちを知り衝撃を受けたのは『30minutes』だし、星野源を知ったのは『去年ルノアールで』だし、『週刊真木よう子』は今でも鮮烈に思い出すシーンがたくさんある。ブログも日々読んでおり、テレビマンであることにこだわり続ける大根監督はすごくカッコいいと思った。登場する映画や本にも大いに影響を受けたけど、そのブログに書かれていた日常への心情吐露みたいなものも好きだった。「仕事が終わって深夜の帰り道、泣いている幼い裸足の男の子に遭遇し、その子の家と思われる安アパートをのぞいたら、荒れた部屋には子どもたちしかいなかった。帰ってきた後も気になって仕方ない」という話は、時々今も思い出す。

その後、大根さんはドラマ『モテキ』の時に突然ツイッターで呼びかけて地方宣伝の協力者を募集した。私の友人女子が軽いノリで手を挙げてしまった。「モテキって知ってる? イベントやったら来て」と友人に言われ、知ってるどころの騒ぎじゃなかった私はビックリ仰天、「つーか、むしろやる!」と、一緒にイベントをやることになった。
しかしイベントなんてやったことがなく、何をどうすればいいか誰もわからない。連日みんなで相談し、場所を探したり機材を借りたり段取りを考えたり、勢いと手探りで何とか漕ぎつけた。当日は、名古屋駅で待ち合わせた大根さんから「今プラダにいるから来てー」とメールが届き、「カッコいい…」と、私たちを震撼させた。
「フジファブリックのテーマ曲の、この音が鳴ったら出てください」と、必死で大根さんに演出をつける素人の私たちを、大根さんは面白がってくれた。イベントは超満員で盛り上がった。楽しかった。この時、エライ気軽に『モテキ』台本データをいただいたのだが、イメージを伝えるYouTubeとかのURLだらけで大変ビックリした。ドラマ台本のデフォルトがわからないが、あんなふうなのだろうか。

その後、『モテキ』は映画になり、大根さんは試写にも呼んでくれた。そういうのを忘れない人なんだね~、と皆で喜んだ。公開後にも満員の映画館で見ていたら、幸世(森山未來)がみゆき(長澤まさみ)の胸をつかむシーンで客席の若い男の子たちが「ヒュー!」と口笛を鳴らし、場内がどっと沸いた。あの瞬間は忘れられない。「劇場体験ってこういうことか」と思った。ものすごく嬉しかった。

それから3年後、私はカンパニー松尾監督の『テレクラキャノンボール2013』を自主上映した。トークゲストに大根さんを思いつき、ダメもとでお願いしたら「モテキで世話になったし、松尾さんだし」とノーギャラで快諾、「10時間版のテレキャノを見返してきた」と、メモいっぱいのノート持参で登壇してくれた。
サインを入れてもらった『ヴァンホス』は、私のお宝。深夜番長と呼ばれた大根さんに「俺がテレ東でやった最初のドラマだ、これにサインするの初めて」と言われた。夢みたいだったなあ…。

熱いユリイカを読んでたら、「合わない時期の大根作品があったって、イイじゃないか」と思えてきた。テレビマン大根仁も、映画監督大根仁も、大根さんはずーっとカッコいい! と私は思うんですよ。
ユリイカ、続きを読もっと。


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