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拳法無頼ジンノー「絶殺の拳士と不死の姫君 の4」

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「おお、帰ってきたぞ!」
「ゴラルドさんだ!」

 陽も落ちかけた頃、村の入り口でゴラルドに連れられたジンノーたちを迎えたのは幾人かの村人たちであった。
 ジャッカルたちと戦った場所からやや急ぎの歩きで半刻ほどしたところにゴラルドの治める村はあった。山間にある、ゴラルドの言葉通りの小さな村だ。戸数もそれほど多くはなく、人口もせいぜい200人いるかいないかというぐらいだろう。

(たしかにこれでは医者も付かんか)

 苛烈な大戦を経た今、実地で働ける医師はけして多くない。大戦で失われた人命の中にはもちろん医者も多く含まれているからだ。そのため医師は人口の多い……つまり医師の需要の高い都市部か、あるいはそうで無くても大きな街にしかおらず、このような寂れた村に居つくことは稀である。
 であればこそ、ジンノーが必要とされているのであるが……。

「ゴラルドさん、医者は!」

 村人の一人、年かさの男がゴラルドに詰め寄る。出迎えた村人達は老人がほとんどだ。ゴラルドが医者を呼びに行く羽目となったように、動ける若者はほとんどいないようだ。

「すまない……。途中で魔獣に襲われてしまい、逃げるので精一杯で医者のところにはたどり着けなかったのだ」

「そんな……」

 怪我をした家族でも居るのだろう、ゴラルドに詰め寄った老人は消沈する。
 しかしゴラルドは「だが!」と老人の肩を叩く。

「運よく道の途中でこのお方……僧士ジンノー殿にお助けいただけるようになった!」

「僧士ですと?」

 村人達はジンノーを見る。その視線はやや胡散くさげであったが、それはまあ無理も無いだろう。一応普通の僧服をまとってはいるものの激しい戦いを繰り広げてきたせいかところどころ擦り切れてボロボロであるし、ジンノーの風貌は見るからに野卑ていて粗暴だ。用心棒に連れてきたというのであれば納得されるだろうが、医者の代わりにと言われれば戸惑うのは当たり前だ。
 まして僧士といえば僧侶崩れの荒くれ者というのが一般の認識だ。歓迎されるはずもない。
 ゴラルドもそれは承知しているのか、慌てたように付け加える。

「心配は無用。ジンノー殿は治癒の魔術、いや聖術をお使いになられる。現に私も魔獣に襲われてできた傷を治癒していただいたが、その腕前は確かでいらっしゃる!」

「ゴラルドさんがそう言うなら……」

 力説するゴラルドに、村人たちはなおも疑いを隠せない様子でジンノーに向き直る。

「……では僧士殿、怪我人のところへご案内します」

「ああ」

 ジンノーは特に気にするでもなく頷き、案内する村人たちについて歩き出す。
 別段、うさんくさげに扱われたところでどうということもない。そんなことでいちいち不快に思うほど小さい男ではないのだ。

「…………」

 だが不満げに口を尖らせたのはシャオファのほうだ。
 彼女自身はただの付き添いであるから何かを言えた義理でもないのだろうが、それでも村人たちの態度には釈然としないものを感じたようだ。
 そんな彼女の様子を見てジンノーはふと笑みをもらした。

「なんだおまえ、何か文句でもあるのか?」

「いえ、何かというほどでもありませんが……。(少し小さな声で)彼らの態度、ジンノー様に対して少し失礼ではありませんか?」

 彼女の言葉に、ジンノーは面白げにくつくつと肩を震わせる。

「なんのなんの、下手げに礼など持たれてはかえって肩が凝ってかなわんわい。失礼上等、元よりただの流れの無頼ならば石を投げられんだけマシというぐらいよな」

「またそんなことを仰って……!」

「世の中はそんなものだということだ。村長が連れてきたとはいえ、胡散臭い僧士の男を信用しろなどという話がどだい無茶なことよ」

 しかしまあ、

「――面白くないといえば面白くもないな。どれ、一つおまえに免じてやつらの鼻を明かしてやるも一興か」

 そう言ってジンノーはニヤリと笑った。

   ●

 案内されたのは村の奥、森を背にした場所にある教会であった。

「僧侶様はもう何年もいらっしゃいません。……大戦の中に村から離れられてそれきりです」

 おそらくは教会本部から召集されたのか。大戦時には僧侶も不足していた。建物の主はおらずとも信仰の場所として村人達から大事に整備されていたのか教会の内部は綺麗に整えられていたが、今はそこは野戦病院さながらの有様となっていた。

「ひどいですね……」

 眉を寄せ悲痛につぶやくシャオファが見るのは、長椅子を簡易の寝台として並べた上に寝かされているのは怪我人たちである。苦痛にあえぐ怪我人の数は十数名、子供や老人、女も少しいるがほとんどは若い男である。村の規模から考えるとほとんど若い男がここにいることになるだろう。

「最初は家が一軒崖崩れで倒壊しまして、その家中の者が巻き込まれたのですが。問題はその後でして……」

 倒壊した家から下敷きになった者を助けようと、村の者たち……特に若い男が集まったがそこで不慮の事態が起きてしまった。

「二次災害、というやつだな」

「はい。間の悪いことにちょうどその時崖崩れがさらに広がったのです。それにまた巻き込まれ若者たちが……」

「よう死者が出なかったものよ」

「それは不幸中の幸いなのですが、しかしかといって怪我の具合も軽くは無く……」

「ふむ……」

 ジンノーは怪我人たちを検分する。

「打撲。骨折。擦過傷といったところか。ふむ、内臓を傷つけている者も少なくないな。……しかし脳をやられているものはおらんというのは僥倖か。頭は治すのが手間だからな……」

 そんなようなことを呟きながら、驚くほどの手際で怪我人たちを見極める。その検分があまりにもあっさりとしているため、それが正しいのかとゴラルドたち村人もわずかに不安そうになる。

「少し見ただけでそこまでお解りになるのですか?」

「この程度の怪我、戦地では飽きるほど見ておるでな。怪我の程度を見極めるに参考は事欠かんかったな。――まったく目玉やら腹の中身やらが飛び出ていない怪我人なぞ可愛いものよ。クハハハハ!」

「は、はあ……」

 ジンノーは磊落に笑うが、村人達は笑えもしない。

「それでジンノー殿、癒していただくことは可能でありましょうか?」

「無論」

 おずおずと問うゴラルドにジンノーは簡潔にうなずいた。

「検分は済んだ。まずは命に障る者の傷から片付けるぞ」

 言って立ち上がり、痛みに呻くもののところへと向かう。まず向かったのは、

「やはり子供からか」

 10歳ほどの年齢の、男児のところである。おそらく最初に潰されたという家の子であろう。傷の程度そのものはさほど重くはないが、子供の体力ではなかなか耐え難いものがある。意識も無く、熱に浮かされた顔は苦しげだ。

「シャオファ、儂の荷物を寄越せ」

「荷物? ――これですか?」

 シャオファが抱えて持ってきたのはジンノーの旅荷物の収まったずだ袋(一枚布を袋状にして、口を紐で縛っただけの簡易な鞄のことだ)だ。

「うむ、欲しいのはそれの中の――これだ」

 ジンノーはずだ袋を受け取って、その口を開いて探り目当てのものを取り出す。

「布束……?」

 それは厚手の生地の布を、一方向にロールして束ねたものだった。

「の、中身が肝要だ」

 そう言ってくるくると丸めてある布束を開いてみれば、ロールの芯にするようにしてそこに納められていたものが顔を出す。
 それは鈍い銀色に光る、細く長く鋭い金属片。つまり『針』だ。
 裁縫用のものなどよりもなお細い、髪の毛ほどの細さのその針の一本をジンノーは引き抜き、じっと目を凝らして見定める。針に歪みや欠損が無いかを確かめたのだ。

「……よかろう」

 針の確かめが終わったジンノーは、子供の服をまくり上げその胸に突き刺した。

「な、何を!?」

 驚くシャオファとゴラルドだが、ジンノーはそれに取り合わず次つぎと針を子供の胸に突き立てた。止める間もなく子供の胸は針山のようになってしまう。

「……儂の治癒聖術をもってすればこの程度の傷の完治はたやすいことであるが、しかしそれだけでは少し都合の悪いこともある」

「都合の悪いこと、ですか?」

「うむ。対象の肉体に術者の魔力を注ぎ込み、それを糧として傷の修復を行うのが治癒聖術の根本原理であるが……しかしそれはあくまで傷を塞ぐだけのこと。真に『治す』のであればそれだけでは足りぬ」

 全ての針を刺し終わり、ジンノーの手には治癒聖術の光が宿る。

「外部から与えられた魔力でただ傷を塞いだだけでは治癒した部位とそうでない部位の齟齬――食い違いが産まれてしまうのだ」

 人体とは例えるならば複雑な機構が幾重にも重なった精密機械といえるだろう。
 そしてもしその精密機械が破損しそれを修理するとすれば、普通ならば壊れた部品……たとえばそれが歯の欠けた歯車などであれば、その欠けた歯を接いで補うなどするのが普通だろう。治癒聖術が行うこととはまさにそれだ。
 しかし精密機械の修理とはそれだけで済む話ではない。部品を補ったのであれば、それを全体と噛み合わせて動作に不備が無いかを確かめる作業が必要となる。そしておおむねの場合、細やかな微調整が必要となってくることは言うまでもない。
 この針――否、鍼はそのためのものだ。

「人体には『経絡』というものがある。血や水、魔力の流れる道筋のことだな。この鍼で経絡の要所を打つことでその流れをコントロールする。さすれば――」

 治癒の光が消えれば、男児の顔にはもはや苦痛の色は見えない。それどころか穏やかな寝息を立てているほどに安らいでいる。

「なんと、これほどとは……」

 ゴラルドは己の背中の傷の疼きを思い出した。やや深手であったとはいえ、ただの切り傷の治癒ですらじわじわと疼く違和感が背中にはある。もしこれが全身の傷であり、またその身が幼子のものであればこの疼きはどれほどのものであっただろうか……。
 おそらく傷が治り命の危険は去っていたとしても、身体の大きな変調は免れなかっただろう。ジンノーは鍼の術により、先手を打ってその身体の変調を未然に防いだのだ。

「ゴラルド、村の女どもに言って清潔な湯を沸かさせろ。シャオファ、儂が鍼を抜いたらその湯で鍼を洗え」

 そう指示し、休むことなく次の患者の元へ向かう。治療を待つ怪我人はまだ多く居る。
 教会の外はすでに夜の帳が落ちるころであるが、治療はまだ始まったばかりだった。

    ●

 ズン! という地響きを感じ、シャオファは目を覚ました。

「……?」

 寝ぼけた頭で眼をこすれば、やはりまたズン! と地響きを感じた。

(地震? いえ、違う)

 一瞬そう考えるが、すぐに違うと判断する。地響きは(ここで再びズン! と響く)一定のペースで響いており、なんらかのリズムにそったものであるかとわかったからだ。

 時刻は早朝。そして彼女が眠っていた場所はゴラルドの屋敷だ。
 街道で出会ったゴラルドに乞われ、傷を負った村人の治療にやってきたジンノーとシャオファ。ジンノーの類稀なる治療術のたまものにより、村人たちの怪我はすべて一応の回復を見た。体力が戻るまで安静にする必要こそあれ、命の心配はすでにない。
 ジンノーの治療は的確かつ迅速であったが、さすがに十数名もの数の患者を診るには相応の時間がかかる。すべての怪我人の処置を終えたときには既に夜の帳は落ち切っていた。
 となれば今更街道に戻るわけにもいかず、ゴラルドたち村人の厚意に甘え一泊の宿を借り受けることとなったわけだった。

「夜露さえしのげれば寝床なんぞどうでもいい」とジンノーはぼやいたが、連れのシャオファはそうもいかない。
 昼間の兵士からの逃避行、夕刻のジャッカルとの戦い、そして夜の村人の治療。そのすべてはジンノーによって解決されたものではあるが、つきそっていたシャオファは相応に体力を消耗していた。おぞましき呪法により不死身の体をもっていようと彼女の体力は年相応の少女のもの。激動たる一日の流れにはとても耐えきれるものではなかった。

 ゴラルドの屋敷――とはいっても粗末な村にあっては、多少富貴な家という程度だが――で客人用の寝床を供されると、シャオファは食事すらしないままに眠りに落ちてしまった。
 そして早朝。謎の地響きで彼女が目を覚ました時にはジンノーの寝床は空になっていた。

「こちらのほうから……?」

 いまだに疲労を残す身体を引きずるようにして寝床から這い出し、上着を羽織って朝の冷えた空気の中を音のする方向へと向かう。音が聞こえてくるのはゴラルドの屋敷の裏からだった。戸をくぐり、外へと出た彼女が見たのは……。

「スゥーッ……フッ! ハァー……」

 独特の呼吸を重ねながら、一心不乱となり『突き』や『蹴り』の動作を繰り返すジンノーの姿であった。

(拳法の訓練をなさっておいでなのでしょうか?)

 ジンノーの額に浮かぶ玉の汗、そして真剣な表情を見れば彼が極度の集中をしていることがわかる。声をかけ集中を乱すのはまずいかと判断し、心中でそう問いかけた。
 訓練の動きは鋭く、重くそして単調である。屋敷の裏庭の端から端へ、一定の距離を決まった動作を繰り返しながら往復する。知らずに見ればなんらかの儀式か、あるいは舞踊の類かとも思われるだろう。
 しかしこれが武術の動きであることは二度も彼の戦いぶりを見たシャオファにはわかる。そして何よりも、
 ズン!
 この特定の動作の際に強く踏み込む足の音(地響きの正体はこれだ)がこれがなんらかの威を伴う行為であると強く訴えかけてきた。
 ジンノーはしばらくの間、何周も動作を繰り返し、シャオファはそれを黙って見守っていたが、

「……フゥーッ」

 決まった回数の訓練を終えたのか、最後にゆっくりと息を吐いた。
 そしてシャオファがそこにいたのを見知っていたのかようにくるりと彼女へと向き直った。

「よく眠れたか……などと聞くまでもないか。涎まで垂らして寝こけておったな?」

「えっ!」

 言われ、シャオファは顔を赤くし慌てて口元をぬぐったが、

「カッカッカ! 嘘だ嘘! さすがに育ちがよいのであろうな、行儀よく眠っておったわ!」

 そう言ってジンノーは大笑した。からかわれたのに気づき、シャオファは憮然とする。

「ジンノー様は人が悪うございます!」

「なんだ、ようやく気づいのたか?」

 そしてまたニヤリと笑った。

「何、あまりに呆けた顔で儂の動きを見ておったものだからな、まだ寝ぼけておるのかと思ったまでのことよ。おまえ、套路(とうろ)を見るのは初めてか?」

「套路、ですか?」

 聞きなれぬ言葉に首をかしげるが、おそらくは先ほどの反復練習のことであろうと推察する。

「左様。おまえに見せておったのは拳術の所作の流れの一つ、まあ『型』というやつだな」

「兵士が剣の訓練などで似たようなことをしているのは見たことはありますが……」

「うむ。武術の訓練であれば、素手であれ武器であれ特定動作の反復というのは基本中の基本であるな。基本ゆえにかかせぬもので、儂もこうして場所を借り受けて行っておったのだ」

 そう聞かされ、シャオファは少し意外に思う。
 なるほど、どのような武術であれ基礎的な訓練というものは大事なのであろうが、しかり見る限りでは地味で単調であったあの反復練習は、豪放なる人柄のジンノーにはあまり似つかわしいとも思えなかったからだ。

「ジンノー様ほどの拳法の使い手であっても必要なことなのですか?」

 そう思い、素直に聞いてみたのだが、今度はジンノーのほうが憮然とする番であった。

「おまえな、そのようなことを間違っても他の武術家に言うではないぞ? 怒鳴られ拳骨の一つも見舞われても文句は言えぬぞ」

「そういうものなのですか?」

「そういうものだ。武の技とは身に付けるものではなく、身に刻むものであり。それは生涯のすべてを賭けて弛まず行い続けるべきものなのだ。……それを言うに事欠き、もう練達の必要はないだろうなどと言ってのけるのは、『貴様はもはや何も為せない半端者』と侮蔑するにも等しいことであるぞ」

 そう諭され、素直な疑問な言葉が思っていたよりもずっと失礼なものであったと気づきシャオファは恐縮した。

「そ、それは失礼なことを申しました。どうかお許しください」

 シャオファは頭を下げたが、

「いやいや、シャオファ殿が疑問に思われるのも無理からぬこと。それほどまでにジンノー様の技の冴えは素晴らしくあるかと」

 助けの声は別のところから来た。屋敷の主、ゴラルドだ。
 褒め殺しかと思うような賛辞に、ジンノーは苦虫をかみつぶしたような顔をする。

「つまらん世辞はやめろ、ゴラルドよ」

「世辞などととんでもない。私も幼いころから幾人か武術家を見たことはありますが、ジンノー様ほどの使い手を見たのは初めてでございます」

「だとすれば貴様の見聞が狭いだけだ。天下には儂など及びもつかんような使い手などごまんとおるわ」

「おっしゃる通り、大きな街の大きな道場の中にはそのような方もいらっしゃるでしょうが、ジンノー様のごとく野にありて衆生を救いながら克己される方はそうはおらんでしょう。いやまさにジンノー様こそ天の御使い、天道の守護者であらせられる!」

 ゴラルドの賛辞はもはや世辞の範疇をこえつつあり、そこまでくるとさすがにシャオファも、そしてもちろんジンノーも何かを訝しむような顔で彼を見た。

「……だんだんおまえのやり口がわかってきたぞゴラルド。貴様またぞろ儂に何か面倒を寄越す気であるな?」

「いえいえそのようなことはとてもとても! ――ただ少しそのう、ジンノー様の御業の一部、そのご慈悲を再び授けてもらえぬものかという者が」

「何?」

 ジンノーは眉を寄せ、一瞬顔に疑問を浮かべたが――その疑問は次の瞬間に解決した。

「ジンノー殿!」「ジンノー殿はいらっしゃるかい?」「ジンノー殿はどこかのう?」

 大勢の人の声が屋敷の表側から聞こえてきた。ジンノーを呼ぶ村人の声だ。
 それだけでもう何かを察したのか、ジンノーは歯ぎしりをしゴラルドを睨んだ。

「ゴラルド、貴様!」

 睨まれたゴラルドもさるものか、年相応の老獪さを明後日を向いてごまかす。

「昨晩の見事な治療術には、拝見していた村の者たちも感服しきりでございまして。さらには快癒しました怪我人たちも家族や隣人にその素晴らしさを伝えましては、我もその恩恵にあずかりたいと申す者が次々に訪れまして」

「鼻薬を利かせすぎたか……」

 頭を抱える。ただの漂泊の僧士と侮られたままというは面白くはないとして、少々やる気を出してを見たはいいが、どうやら腕前を見せすぎたようであった。
 考えてみれば医者もよりつかない辺境の村であれば、急な重傷人でなくとも医者――ではないのだが、まあこの際贅沢は言わないということか――にかかりたい者はいくらでもいるだろう。
 と、なれば……

「おお、ジンノー様!」「こちらにいらっしゃったか!」「ジンノー殿がおられたぞー!」

 わいわいと騒ぎ立てながら、村人たちが裏庭に回り込んできた。その人数は一人や二人ではない。
 やってきたのは大半が老人であり、若者は少ない。農村の老人らしくかくしゃくとしているが、やはり寄る年波には勝てぬのか腰が曲がっていたり顔色が悪いものもいる。すぐに何らかの治療が必要……というわけでもないだろうが、治してもらえるのであれば治してもらいたい持病を抱えているのは間違いない。

「じ、ジンノー様? これはどうなさいましょう?」

 突然のことに、あっ気にとられていたシャオファはジンノーにそう問うが。

「儂に聞くな……」

 難儀の気配をひしひしと感じ、がっくりと肩を落としてジンノーはつぶやくのみであった。

(続く)

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