あなたの仕事はなんですか?~日本講演新聞

日本講演新聞は全国の講演会を取材した中から、為になること心温まるお話を講師の許可をいただいて活字にし、感動と元気を勇気と希望を提供する全国紙です。

とあるセミナーでの一コマを思い出した。講師が参加者に「あなたの仕事はなんですか?」と問い掛けたのだ。

 ある人は「教師です」と言い、ある人は「保険の営業です」と言った。

 講師はこう返した。「皆さんが言っているのは職業です。私が聞いているのは仕事。つまり、その職業を通してどんな仕事をしているのか、ということです」

 みんなしばらく考えた後、「教師」と答えた人はこう言った。「大人になってから学ぶことのほうがはるかに多いので、私は教師という職業を通して子どもたちに勉強の仕方と学ぶことの楽しさを伝えています」

 「保険の営業」と答えた人は、「人生には『お金で解決できる悩み』と『できない悩み』があります。『お金で解決できない悩み』とは、たとえば家族間の悩みです。その『お金で解決できない悩み』にお客様が集中できるように、『お金で解決できる悩み』を解決させていただくのが私の仕事です」と話していた。

 このことを思い出したのは、先日、大阪で『ベテラン弁護士の「争わない生き方」が道を拓く』の著者・西中務さんと出会ったからだ。

 今年で弁護士生活46年になる西中さんのもとには、これまでいろんな人が「法律で何とかならないか」と、さまざまな揉め事を持ってきた。法律で争う場合、片方が「訴える側」で、もう片方が「訴えられる側」になる。西中さんが受ける相談の8割は「訴える側」だという。

 たとえば、「長年働いてきた会社から退職勧奨を受けたのだが、もらえるはずの退職金が思ったより少なく、裁判に勝てば会社の提示額以上の退職金がもらえるのではないか」という相談があった。

 西中さんは、「そんなことよりもっと大切なことがあるんじゃないですか?」と言って、争うより和解を勧めた。

 「依頼者の真の幸せは何かと考えると、争うより争わないほうがずっと幸せだと思うのです」と西中さんは言う。

 冒頭に紹介したセミナーに西中さんが参加されていたら、きっとこう答えるだろう。「私は弁護士という職業を通して、どうすれば幸せを感じ、喜びに溢れた人生を送ることができるかを依頼者に考えてもらう仕事をしています」と。

 そんな西中さんも若い時は「争って勝つことがすべて」と思っていた。ある日、スーパーの中で精肉店を営んでいた男性から「オーナーに『別の精肉店が入ることになったので出ていってほしい』と急に言われた」という相談があった。

 西中さんは「損害賠償金を請求しましょう」と提案したが、男性は「長年お世話になったオーナーと争いたくない」と言って、結局文句を言わずに出ていった。それどころかきれいに掃除をし、「今までお世話になりました」と丁寧に頭を下げた。

 その後、前より条件のいい場所で出店することができた。それはオーナーの人脈のおかげだった。

 数年後、精肉店は成功し、もう一店舗出そうと考えていたところに、あのスーパーのオーナーから「戻ってきてほしい」と言われ、結果的に彼は二つの店を持つことができた。「もし損害賠償金を請求して争っていたらこんな展開にはなっていなかったでしょう」と西中さんは言う。

 退職勧奨を受けていたあの男性も争うことなく退職した。その際、会社から関連会社を紹介してもらい、再就職できた。大手企業からの紹介だったので新しい会社では高い地位をもらうことができ、前の会社に感謝しているという。

 「争わなくて済むのならそれに越したことはありません。同業の弁護士から『仕事がなくなる』と言われそうですが、こんな弁護士が世の中に1人くらいいてもいいではありませんか」と西中さん。

 もちろん「お金」そのものが問題なのではない。「お金」は人を幸せにするのに十分なものだ。しかし時として「お金」のせいで不幸になる人もいる。怒りや憎しみ、恨みが絡んだ「お金」は人を幸せにしない。西中さんはそのことを見てきたのだろう。

(日本講演新聞 2016年10月24日号 魂の編集長・水谷もりひと社説より)



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