ダサいと思っていたものが、いつか突然格好良くなる。

 昼過ぎ、二日酔いの頭を手で叩きながら起き上がる。目は半開き、頬はむくんで水風船のよう。ただ、服装と髪の毛だけは昨日のまま、かっちり仕上がっている。バカみたいだ。

 いい加減目覚めようと思い、テレビを点けた。今流行りの俳優が、今流行りの女優と隣り合わせで座っている。僕は、その内容に大した興味も無く、タバコを吸いながらぼけーっと見ていた。水を飲んだら、血の味がした。俺はまた昨日も何かやらかしたのか。

 内容がまったく入ってこない。世に言う「朝活イベント」みたいなものに参加できる人が至極羨ましい。僕には絶対できない。毎日、起床後2時間は、脳みそ以外で生きているんだと思う。本能で顔を洗い、本能で着替え、本能で井の頭線に乗り込む。これは誇張が過ぎたが、半分本当である。

 何が何だかわからないまま、ずっと見ていた。タバコは2本目に突入、目が徐々に開いてきた頃、初めて脳が動いた。

シャツの裾をパンツに入れるの、なんで今になって、みんなやってるんすか?

 思えば10年以上も前に、「電車男」というのがあった。映画だったか。たしかドラマも小説もあったと思う。オタクの男の子が、酔っ払いに絡まれた絶世の美女を助けてナントヤラ…みたいな内容だった。2ちゃんねる全盛期のアレ。

 あの主人公、冴えないオタクの男の子は、たしかチェックシャツの裾をパンツに入れていたはずだ。たしかあの頃は、それこそが「オタクファッション」の代表だった。頭にバンダナを巻いたりなんかして。リュック背負って。タイヤメーカーのスニーカーを履いていたような気もする。それは当時、「ダサい」の代表・象徴でもあった。

 ワイドショーの中、流行りの俳優と女優。そのどちらも、服の裾をパンツに入れている。カジュアルなシャツ、太めのパンツ。あの頃と何も変わらないじゃないか。頭にバンダナこそ巻いていなかったが。靴はハイブランドのスニーカーだったが。それでも、あんまり変わらないじゃないか。

 街を歩けば、古着のシャツをタックインした若者も多く見られる。一つ言っておけば、これは決してバカにしている訳ではない。本当はトレンドに身を置く勇気が無いだけなのに、そこからあえて一歩引いてるような顔をして「流行りなんてダサいっしょ」と声を上げている訳では無い。事実として、事実のままを言っているだけだ。

 これだけ流行っている「タックイン」。つい10年前にはダサいものの象徴だったそれが、今になって急に、スタイリッシュなものとして認識される。ファッションの回帰性、ぐるぐると回り続けるメリーゴーランドのような特性は、やはり面白いなと思う。あのダサかった姿が、突然格好良くなること。オセロのようなパラダイムシフト。懐古主義に引き起こされるターンオーバー。やはりファッションは面白い。

 テレビの中で談笑する男女を見て、僕も昨日のままのTシャツを、昨日のままのパンツの中に入れてみた。ヨレヨレでシワシワの服を着て格好付ける僕と、パリッと小綺麗なワイドショーの二人。ちょっと恥ずかしくなって、やめた。ほんのりバカらしくなって、風呂に入った。全然格好良くない飯でも食おう。いつか流行るかもしれないしな。卵が2つ入っただけのインスタントラーメン、流行るかなぁ。

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