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スタートアップにおける契約実務(1):総論~プロダクト/ビジネスモデルの視点から~後編

皆さんこんにちは。弁護士の三浦です。
さて、前編では契約書を作成するにあたって必要となる基本的な考え方について解説させて頂きました。後編ではもう少し戦略的な視点についてお話しさせて頂きます。

1.視点③:ビジネスモデルと契約内容が整合しているか
 現在はインターネット上で数多く契約書のひな形が出回っており、専門知識がなくともひとまず契約書の形は整えられる環境にあります。しかし、そのひな形ほとんどは従来型のビジネスを想定したものであり、必ずしも新規ビジネスにも対応可能な内容になっているとは限りません。そのため、スタートアップの契約書を見ていると、ビジネスモデルと契約内容が整合しておらず、リスクに対して適切な手当てがなされていなかったり、不要に重い責任を負わされているケースが散見されます。
 特に多い傾向にあるのは、役務提供の性格が強いプロダクトなのに成果物納入型(請負型)の契約内容になっており、過剰な結果責任を負わされているケースです。このようなケースでは、無駄にアフターサービスやトラブル対応に追われて新規の受注を取りに行けなかったり、支払条件の厳しさゆえに不要に資金繰りに苦しむリスクがあります。
 また、プロダクトの仕様と契約内容が整合していないと、当該プロダクトがもたらす効用や成果についてクライアントの誤解を招き、余計なトラブルに発展するおそれもあります。
 結果的にこのような状況に陥ってしまうのは、契約に対する理解・意識不足も原因としてありますが、そもそも経営者自身が自社のプロダクトやビジネスモデルを客観的に評価できていないことが原因と思われるケースが少なくありません。経営者は、本来であればプロダクトの内容を一番理解している立場にある人間ですが、意外にも「自社のプロダクトが第三者の目にどう映るか、法的な視点から見た場合どういう評価になるか」という観点からは十分な検証ができていないことが多いのです。特にマネタイズのポイントと契約書に規定された責任の範囲が整合していないと、上述のとおり対価性の低い業務にリソースを奪われ、事業の効率性を大幅に悪化させてしまう可能性があります。
 ちぐはぐな契約内容にならないようにするためには、まずは自社のプロダクト/ビジネスモデルを俯瞰的な視点から分析し、契約書に必要な要素を漏れなくピックアップしていくというプロセスが必要になります。

2.視点④:会社やプロダクトの成長ステージと契約内容が整合しているか
 会社が成長やプロダクトの進化に伴い、要求される契約内容も変わってきます。VCからの増資によって下請法の適用がなくなったり、力間関係変わって今までクライアントに言えなかったことが言えるようになる、といったわかりやすい変化もありますが、意外に気付きにくいのは、仕事のやり方やプロダクトの変化に合わせて契約内容も変えていかなければならないという点です。
 一例として挙げると、ほとんどのスタートアップでは、創業初期の段階において、実績作りのためにとにかく受託で受けられる仕事は何でも受けるというステージを経験すると思われます。そこで順調に実績を重ね、徐々にプロダクトの仕様を固めて受託型からプロダクト型のビジネスモデルに切り替えて行くのが一つの理想的なステップアップの流れになると思われます。プロダクト自体の知名度や信頼性が低い段階では、スタートアップもクライアントサイドも結果を重視せざるを得ませんが、プロダクトの品質が一定水準まで高まり、クライアントサイドからも一定の支持を得られるようになると、プロダクトが生み出す成果そのものよりも、いかにプロダクトを安定して稼働させるかが重要になってきます。これが成果物納入型契約から役務提供型(サービス利用型)契約への移行であり、このミスマッチを放置すると現実のリスクと契約内容の不整合が生じ、事業効率性を大幅に悪化させたり過大な責任を負わされる結果となるおそれがあります。契約書/利用規約を常に有効に機能させるためには、一度作って終わりにするのではなく、成長ステージごとにプロダクトやサービスの仕様と契約内容が整合しているかチェックしていく姿勢が必要になります。
 もちろん実際はケースバイケースであり、プロダクトが進化したからといって必ずしも契約書/利用規約をリヴァイズしなければならないわけではありません。ただ、プロダクトの仕様によって求められる契約内容が大きく変わる可能性があることを理解していれば、その性質を利用して段階的に自社にとって理想的な契約条件を実現して行くことも可能になります。戦略的に法務を活用する意味でも時間軸の視点は重要です。

3.最後に(スタートアップ主導によるMSA策定の必要性)
 以上が基本的な考え方になりますが、新規ビジネスにおいては、クライアントサイドではどのような契約内容がベストが判断が難しいケースが多いように見受けられます。リソース的になかなか難しいとは思いますが、スタートアップビジネスの安定的な発展、法務の充実の観点からは、プロダクトの内容を一番よく理解しているスタートアップサイドから積極的にMSAのひな形を提示するなどして契約実務を主導していくことが必要になると考えます。
 次回からは各論としてよりテクニカルな事項の解説に入ってきたいと思います。

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