M&P LEGAL NEWS ALERT #2: 近時の日本版クラスアクションの活用-入試不正関連問題を例に
1. 大学入試における差別的取り扱い
数年前、一部の大学の入試で、女性および浪人生に対する差別が行われてきたことが明らかになりました。そのきっかけとなったのは、入試にまつわる不正調査でした。その後、他の大学においても調査が行われた結果、複数の大学で同様の不正が行われてきたことが発覚し、メディアで大きく報じられることとなりました。
入試結果は各受験生のその後の人生を左右することにもなり得る以上、手続きの公正性が強く求められます。折しも日本のジェンダーギャップ指数の低さが広く認知されるようになってきており、またSDGs・ESGといった非財務的な価値への関心が高まった時期とも重なった結果、入試不正問題は社会的な注目を浴び、複数の関連訴訟が提起されるに至っています。
本稿では、入試不正問題で活用された訴訟類型を紹介した上で、ダイバーシティに配慮した組織づくりが期待される中で企業に求められる法的な取り組みにも触れます。
2. 通常の裁判手続きを通じた救済
入試不正問題が発覚した複数の大学に対しては、元受験生を原告として、慰謝料等を求める民事訴訟が相次いで提起されました。報道によれば、2022年5月には、東京地方裁判所が入試において性別のみによる不利益な扱いがあったとして元受験生の請求を一部認容する判決を下しています。
また、既にいくつかの訴訟では和解が成立しているとも報じられています。日本の訴訟手続きでは両者の合意が成立し、和解という形で裁判が終了することも多く、その場合には和解内容が開示されないのが一般的です。本件でも具体的な和解内容は明らかではありませんが、報道によれば大学から一定の和解金が支払われることとされています。
3. 日本版クラスアクションを通じた救済
裁判による救済を求める場合、上記のように個別に民事訴訟を提起するのが一般的ですが、入試不正問題に関しては、日本版クラスアクションと呼ばれる「消費者裁判手続き」に基づく救済も活用されています。
これは、2016年施行の消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律(「消費者裁判手続き特例法」)に基づく手続きです。
消費者裁判手続き特例法は、二段階型の訴訟手続きを採用しています。まず、内閣総理大臣の認定を受けた「特定適格消費者団体」が、被害を受けた消費者を代表し、事業者に対して「共通義務確認」を求める訴訟を提起し、違法確認判決を取得することが求められます。その後、「簡易確定手続き」と呼ばれる裁判所での手続きにおいて、個々の消費者から授権された特定適格消費者団体が債権届出を行い、債権確定後、被害者に対して認定された債権額について支払いがなされる仕組みとなっています。
このように、消費者裁判手続きでは、原告適格を有するのが特定の団体に限られることや、被害者に金銭が支払われるまでに二段階の裁判手続きを要することなどから、利用例は限られていました。
今般の入試不正問題では、原告適格を有する特定適格消費者団体が2019年に東京地方裁判所に受験料等の返還義務の確認を求める訴訟を提起し、2021年9月には大学の受験料等の返還義務を認める判決が下されました。この背景には、各受験生の被害が受験料等の形で一般化しやすかったこともあると思われます。その後、特定適格消費者団体は、2022年4月に簡易確定手続における債権届出を行った旨を公表しています。本件で消費者裁判手続きを通じた大規模な救済がなされれば、今後、消費者被害事案において日本版クラスアクション制度がより活発に利用されることも想定されます。
4. ダイバーシティに配慮した組織づくりの要請に応えるために
不正入試問題で女性差別という形で改めて争点となったダイバーシティは、企業活動を念頭に置いた場合、自社サービスのユーザーとの関係だけでなく、さまざまな場面で配慮すべき課題となっています。
例えば、2021年に改定されたコーポレートガバナンス・コードでは、経営レベルでも従業員レベルでもダイバーシティへの配慮がうたわれ、株主総会実務としてもこの要請に応えていないとみられる役員選任議案には反対票が投じられるなど、ダイバーシティ経営への要請は確実に高まっています。
また、自社内部のみならず、サプライチェーンにおける人権への配慮にも注意が向けられ、欧米諸国で人権デュー・ディリジェンスに関する法律が整備されています。日本でも2022年4月、経済産業省の「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」がガイドライン骨子案を公表するなど、自社のビジネスパートナーが人権に配慮していることにも目を配ることが求められています。
ソフトローを中心に、コーポレートガバナンス、人事、サプライチェーンマネジメントなど企業運営の様々な場面でダイバーシティに配慮した制度整備が求められています。海外の動向にも注視ししつつ各社に合った形での導入が肝要です。
Author
弁護士 緑川 芳江(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:弁護士(日本・ニューヨーク州)。東京大学法学部卒業・同法科大学院修了、コロンビアロースクール(LL.M.)修了。2007年弁護士登録(第二東京弁護士会)、2015年ニューヨーク州弁護士登録。森・濱田松本法律事務所等を経て、三浦法律事務所設立パートナー。紛争案件を中心に、国内外のビジネス法務を手掛ける。日本およびシンガポールの大手法律事務所での勤務経験を通じ、国際実務に即したアドバイスを提供している。日本の不正調査実務についてのインタビュー記事として「Navigating the Fraud Landscape of Japan」Lawyer Monthly。英国仲裁人協会会員(MCIArb)、日本仲裁人協会会員。The Best Lawyers in Japan (訴訟) 2023、The Best Lawyers in Japan (コーポレートガバナンス&コンプライアンス) 2023等選出。
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