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ESG・SDGs UPDATE Vol.13:国連人権理事会「ビジネスと人権」-作業部会の「ビジネスにおけるLGBTI+の人権に関する報告書」公表


1. はじめに:ESGと「ビジネスと人権」

昨今、事業を行う上でESG(環境・社会・ガバナンス)は国際的な潮流となっており、特に、「ビジネスと人権」は「S」(社会)の重要な部分を占めています。この人権には、LGBTI+(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、インターセックス)の人々の権利も当然含まれます。

LGBTI+の人権への関心は、西欧諸国に限らず、アジア全体でも着実に高まってきています。直近の例では、タイが、台湾・ネパールに次いでアジアで3番目に同性婚に関する法律が可決し、2025年1月の施行を予定しています。

日本においても例外ではなく、LGBTI+の人々に関する人権意識は確実に高まってきています。例えば、在日米国商工会議所(ACCJ)の発表した意見書「日本で婚姻の平等を確立することにより人材の採用・維持の支援を」には140を超える企業や法律事務所が賛同しました。2024年10月30日には、東京高等裁判所が同性カップルに法律上の配偶者としての法的保護を与えないことは違憲であると判断する旨の判決を下しました。

こうした潮流を受け、2024年10月に国連の「ビジネスと人権」に関する作業部会(以下「作業部会」といいます)は、ビジネスにおけるLGBTI+の人権に関する報告書(以下「本報告書」といいます)を発表しました。本報告書では、国家や企業がビジネスにおいて直面するさまざまなLGBTI+の人権に関する課題と、その対処方法が示されています。

本報告書自体には法的拘束力はありませんが、企業がLGBTI+の人々を含む全ての人々の権利を尊重するためにはどのようにすればよいのかの指針を示すものであり、企業としての人権への向き合い方、人権尊重の取組の実施方法を考える上で非常に参考になります。

本稿では、作業部会及び本報告書の概要、企業がLGBTI+の人権尊重の取組む際の留意点について解説します。

2. 作業部会とは?

作業部会は5人の独立した人権に関する専門家によって構成されており、2011年に国連人権理事会によって設立され、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「国連指導原則」といいます)を推進・導入することを職責とします。その活動の中には、世界におけるさまざまなビジネスと人権に関するベストプラクティスや教訓を踏まえた推奨事項などについて報告書を作成することも含まれております。

日本との関連では、作業部会は、2024年5月1日付けで訪日調査報告書を公表しており、日本の企業の人権上の課題全般について指摘をしています(詳細は、下記参考リンク内の英語版報告書及び本連載のnote記事での解説をご参照ください)。

【参考リンク】
作業部会訪日報告書(英語)

ESG・SDGs UPDATE Vol.12:国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会の訪日調査報告書公表|三浦法律事務所/Miura & Partners

3. 本報告書の全体像

本報告書には、国家や企業がLGBTI+の人々の人権保護を取り組む上での課題や具体的措置について、以下のように詳細に記載されています(和訳は筆者作成)。

Ⅰ. Introduction(導入)
A. Context and objectives(本報告書の背景及び目的)
B. Methodology and scope(本報告書の調査方法及び範囲)

. Progress and gaps in the implementation of the Guiding Principles(国連指導原則の導入の進捗と課題)
A. State duty to protect(国家の保護義務)
1. Discriminatory and non-inclusive laws and policies against LGBTI+ persons (LGBTI+の人々に対する差別的・非包括的な法律や政策)
2. LGBTI+ persons and criminalisation (LGBTI+の人々と犯罪化)
3. Protecting against LGBTI+ discrimination in employment(雇用におけるLGBTI+の人々の差別に対する保護)
4. National action plans on business and human rights(「ビジネスと人権」に関する国家行動計画)
5. Legislation on human rights due diligence(人権デュー・ディリジェンスに関する立法)
6. Guidance and incentives for businesses(企業へのガイダンスとインセンティブ)
7. Economic diplomacy(経済外交)
8. State-business nexus (国家と関連する企業)

B. Corporate responsibility to respect(企業の尊重責任)
1. Public commitment from business enterprises(企業による人権方針(コミットメント)の策定)
2. Gender-responsive human rights due diligence through a LGBTI+ lens(LGBTI+の視点を取り入れたジェンダー対応の人権デュー・ディリジェンス)
3. Respecting LGBTI+ rights in operational context that discriminate against LGBTI+ people(LGBTI+の人々に差別的な環境下で事業を行う場合のLGBTI+の人々の権利の尊重)

C. Access to remedy(救済へのアクセス)
1. State-based judicial mechanisms(国家による司法的メカニズム)
2. State-based non-judicial mechanisms(国家による非司法的メカニズム)
3. Challenges in accessing State-based judicial and non-judicial mechanisms(国家による司法的・非司法的メカニズムへアクセスする上での問題点)
4. Non-State-based mechanisms(非国家的メカニズム)

. Conclusion and recommendations(結論及び勧告)

以下本稿では、本報告書のうち、作業部会が企業に対してLGBTI+の人々の人権を尊重するために何をすべきかについて述べた部分に焦点を当てて、解説していきます。

4. 企業がLGBTI+の人権侵害に関与する可能性

企業は、LGBTI+を含む全ての人々の人権侵害を引き起こしたり、それに加担したり、直接的に関わることを避けるべきとされています。作業部会は、企業が意図せずLGBTI+の人権侵害に関与する例として以下のような事例を挙げています。

  • LGBTI+の従業員に対し、同性愛が違法である国など、暴力や差別など危険がある国への転勤を命ずること

  • 同性カップルの家族を考慮した慶弔規定を設けていないこと

  • LGBTI+の従業員に関する機密性の高い情報を法的義務を超えて共有したり、迫害のリスクがある形で国家機関に提供したりすること

  • LGBTI+の人権を侵害している国家や差別的な取組を行う企業と連携すること

作業部会は、企業によるLGBTI+の人々の人権保護に向けた取組に一定の進捗があることを認識しつつも、その取組が多くの場合、職場内にとどまっていることに懸念を示しています。その上で、企業は、事業を展開する労働市場やコミュニティー、サプライチェーンなどにおいても、LGBTI+の人々の人権を尊重する取組をするため、より広範な取組を行うべきとしています。

5. 企業が押させておくべきポイント

国連指導原則及び日本政府が定めた「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「人権尊重ガイドライン」といいます)は、企業が人権尊重責任を果たすための具体的な措置として、①人権方針(コミットメント)の策定、②人権デュー・ディリジェンス(人権DD)の実施、③苦情処理のメカニズムの設置という3つの項目を設けています。人権尊重ガイドラインの詳細については、下記のリンクをご参照ください。

【参考リンク】
ESG・SDGs UPDATE Vol.7:「ビジネスと人権」の基礎③-「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」の公表-

ESG・SDGs UPDATE Vol.8:「ビジネスと人権」の基礎④-「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」の公表-

作業部会による本報告書の提言もこれらに沿っており、企業がLGBTI+の人々の人権を尊重するために取り組むべき点として、大要、以下の事項を挙げています。

a. 人権方針(コミットメント)の策定

作業部会は、企業が人権尊重の責任を果たすためには、企業の最上級レベル(取締役会)で、LGBTI+の人々の人権へのコミットメントを示すことが重要であるとしています。

企業の中には、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)や人権一般に関する社内規程を設けている例も増えていますが、LGBTI+の人々の人権について具体的に言及している例はまだ限られています。取締役会などの最上級レベルでこうしたコミットメントを公表することで、子会社など事業を展開する各拠点でもLGBTI+の人権を尊重する取組を促進することが可能になります。

具体例として、本報告書では、フランスに本社を置く企業がLGBTI+の従業員保護の枠組みを構築したところ、その子会社であるポーランド企業がその枠組みを土台にして、近年反LGBT運動が盛んなポーランドでLGBTI+コミュニティー支援を表明し、LGBTI+の人々の権利を守る行動に踏み出したことが挙げられています。

b. LGBTI+の視点を取り入れたジェンダー対応の人権デュー・ディリジェンス

作業部会は、企業が人権デュー・ディリジェンスを実施する際、LGBTI+の人々の人権に関するリスクを考慮することが重要であると述べています。具体的には、以下のような配慮が求められます。

  • 事業による影響を受ける可能性のあるLGBTI+の人々との対話

  • 事業を行う国や地域におけるLGBTI+の人々を取り巻く法律・文化的状況の調査

  • 機密性の高い情報の安全な管理

  • 労働組合との対話

  • 最も明白な人権侵害行為のみ焦点を当てるのではなく、LGBTI+の人々をはじめとする他の人権侵害についても配慮すること

  • 他の企業や経済団体との協同

  • 投資先企業への影響力行使(例えば、LGBTI+の人権問題を取締役会で取りあげることを求める等)

c. LGBTI+の人々に差別的な環境下で事業を行う場合のLGBTI+の人々の権利の尊重

作業部会は、LGBTI+の人々の権利に関する国内法が国際法上の基準と合致していない場合でも、企業は国際法に基づく権利を尊重する方策を模索すべきと指摘します。そのため、事業を行う国において、政府がその人権保護義務を果たしているかどうかにかかわらず、企業は当該人権尊重責任を全うすることが求められます。

具体的な例として、作業部会は以下のような方策を挙げています。

  • 公然とした行動や、現地政府との関係を通じて、LGBTI+の人々に悪影響を与える法律に影響を与えること

  • 現地の状況にかかわらず、LGBTI+の人々の権利を保護する規程を適用すること

  • 契約等を通じて事業パートナーやサプライヤーの人権基準を強化すること

  • 現地法を狭義に解釈等することで、LGBTI+の人々の人権を尊重する方法を検討すること

  • LGBTI+の人々の人権に差別的な政策を推進または間接的に支持する立法者や第三者を支持しないこと

  • 企業の影響力を行使しても事態が改善しない場合は、関係を解消すること

  • LGBTI+の従業員が、同性愛が違法である国など危険性の高い国や地域に配属されることなく昇進の機会が保証されていること

d. 救済措置の提供

救済措置へのアクセスは、国連指導原則の重要な要素の一つです。本報告書で作業部会も指摘しているように、事業レベルで苦情処理メカニズムを設置する際には、各地域や国における事業活動においてLGBTI+の人々が直面する多様な人権問題に適切に対応することが求められます。

日本ではすでに、多くの企業がコンプライアンス目的でパワハラ指針やセクハラ指針に基づいたハラスメント・ホットラインや内部通報システムを設けていますが、人権尊重の一環として「苦情処理メカニズム」を整備している企業は依然として少数にとどまっています。今後、日本企業が国連指導原則や人権尊重ガイドラインに基づいた苦情処理メカニズムを検討する際には、特にLGBTI+の人々の人権に配慮した仕組みとすることが必要になってきます。

例えば、本報告書では、LGBTI+の人々が匿名性を確保したまま使用することができるホットラインの設置や、救済措置を求めた従業員に対する報復禁止措置を徹底するために企業内でトレーニングを実施した例が挙げられています。

6. 最後に:企業がまずすべきこと

作業部会による本報告書は、ビジネスと人権に関する議論が高まる中で、企業がどのように事業活動を通じてLGBTI+の人々の人権を守り、尊重することが重要であるかを説いています。本報告書の内容は多岐にわたり、企業が何から始めればよいのかという懸念もあるかと思いますが、まずは事業を展開している国や地域におけるLGBTI+の人々を取り巻く法律や文化的背景を検討した上で、LGBTI+の人々を含む全ての人々の人権尊重を明記した人権方針(コミットメント)を策定することが不可欠です。

本報告書の指摘は、ジェンダーの観点からESGに関する企業の取組に求められる国際水準を端的に示すものであり、企業は単に形式的な人権方針を策定するだけでなく、その方針を実質的なものにするための努力が求められます。

本稿が、ESGの観点からLGBTI+の人々の人権をどう事業活動にどう反映させていくかについて検討する際の一助となれば幸いです。


Authors

弁護士 田中 太郎(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2013年弁護士登録(2024年再登録、第二東京弁護士会所属)。日本の大手法律事務所及び国際連合(ジュネーブ及びニューヨーク)を経て、2024年11月より現職。
国際連合では、ミャンマーをはじめとした紛争下における国際人権法上の様々な問題に取り組む。
ビジネスと人権、ESG/SDGs、D&Iのほか、国際仲裁等の国際紛争案件等を取り扱う。

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

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