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ESG・SDGs UPDATE Vol.2:ESGと役員報酬②-役員報酬と連動させる「ESG指標」とは?-

1. はじめに

Vol.1では、ESGやSDGsの基礎的な説明をした上で、欧米ではESG指標を役員報酬に連動させる企業が多く、日本でもESG指標連動の役員報酬を導入する企業が増えている旨を紹介しました。

ESG指標連動の役員報酬は、文字どおり、何らかの指標を決め、その指標をどの程度達成したかを評価した上で、その評価に基づき役員報酬の一部を決定し、金銭や株式等を支払うということが想定されています。

そのため、ESG指標連動の役員報酬を導入する場合には、最低限、以下の事項を決定する必要があります。

① 報酬と連動させる「ESG指標」
② ESG指標に連動させる報酬の種類
③ ESG指標に連動させる報酬の割合

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今回は、このうち、①の「報酬と連動させる『ESG指標』」の具体例や、実際の導入事例を紹介した上で、ESG指標を設定する際の留意点を解説します。

2. 報酬と連動させる「ESG指標」

(1)そもそも「ESG指標」とは?

「ESG指標」とは何でしょうか?

まず、「ESG」については、Vol.1で説明したとおり、E(Environment、環境)、S(Social、社会)、G(Governance、ガバナンス)の頭文字をつなげた用語です。そして、「責任投資原則 国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)と国連グローバル・コンパクトと連携した投資家イニシアティブ」4頁では、ESG要因は無数にあり、絶えず変わっている旨の留保付きで、以下の要因が例示列挙されています。

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次に、「指標」という言葉の意味は、「物事を判断したり評価したりするための目じるしとなるもの」(出典:デジタル大辞泉(小学館))とされています。そして、評価するための目じるしになるためには、何らかの数値や客観的なモノサシである必要があります。

これらを踏まえ、ESG指標は、E(Environment、環境)、S(Social、社会)、G(Governance、ガバナンス)の要因を評価するための数値やモノサシと捉えると分かりやすいと思います。

会社が設定したESG指標(数値目標、認定やランクの取得等)を達成した場合には、この指標に連動させた役員報酬が役員に対して支払われるという立て付けとなります。

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(2)ESG指標の具体的内容

ESG指標の具体例としては、村中靖・淺井優「役員報酬・指名戦略(改訂第2版)」161頁(日本経済新聞出版、2021)において、「役員報酬サーベイ(2020年度版)」を出所と明記した上で、以下のものが挙げられています。

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なお、上記表の「Green House Gas:スコープ1/2/3」という記載に関しては、温室効果ガスの「サプライチェーン排出量」(事業者自らの排出だけでなく、事業活動に関係するあらゆる排出を合計した排出量)を理解する必要があります。具体的には、以下の定義がなされています(詳細は、環境省の「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」のウェブサイトをご参照ください)。

サプライチェーン排出量=Scope1排出量+Scope2排出量+Scope3排出量

・Scope1:事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)
・Scope2 : 他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出
・Scope3 : Scope1、Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)

【参考リンク】

環境省ウェブサイト「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム『サプライチェーン排出量算定をはじめる方へ』

(3)内部評価を用いた指標

上記(2)のESG指標の具体例のうち、「ESG外部指標」以外のものについては、会社独自の数値目標やモノサシを定めるという意味で「内部評価」と整理することができます。

内部評価については、会社の裁量で自由にESG要因や目標数値を検討・決定することができ、自社の重要視しているESGに関するテーマとリンクさせることで、自社の目指す方向に邁進すべく、役員に動機付けをすることができます。

もっとも、どのような内部評価を採用するか、具体的にどの程度の数値等を目標として設定するかを決めることが難しい場合もあり得ます。そのような場合には、他社(特に、自社と類似の業種・業態の会社)の公表事例を分析することが有用であると考えられます。

内部評価を用いた指標を採用している具体例として、戸田建設株式会社では、「前事業年度に対するCO2排出量の増減率」という指標を取締役の株式付与報酬のポイント計算における非財務連動係数の1つに挙げています。ここでいう「CO2排出量」は、「企業活動によって直接排出する温室効果ガス」と「企業活動において購入した電気、熱などの使用により間接的に排出する温室効果ガス」の合計である旨が注記されています(戸田建設株式会社 有価証券報告書(第98期)54-56頁)。

【参考リンク】
戸田建設株式会社 有価証券報告書(第98期)

(4)外部評価を用いた指標

内部評価ではなく、外部の格付け機関等が公表している「外部評価」を取得できたか否かをモノサシとするESG指標もあります。上記(2)のESG指標の具体例で示されているDow Jones Sustainability Indicesは外部評価の一例です。

【参考リンク】
Dow Jones Sustainability Indices

ESG指標に関する外部評価は、グローバルレベルで多種多様なものが存在しています。外部評価をESG指標として設定する場合には、自社のESGに関する取組が適切に評価され得るものであるかを吟味した上で、当該外部評価を実施している団体のランク付けや高評価を取得すべく、尽力することになります。

どのような外部評価をESG指標として採用するかを検討するに際しても、他社(特に、自社と類似の業種・業態の会社)の公表事例を分析することが有用であると考えられます。

例えば、アサヒグループホールディングス株式会社では、変動報酬の1つである中期賞与の40%分について、「ESGインデックス」という「社会的価値指標」を採用しています(アサヒグループホールディングス株式会社 有価証券報告書(第97期)80-81頁)。

【参考リンク】
アサヒグループホールディングス株式会社 有価証券報告書(第97期)

アサヒグループホールディングスの採用している「ESGインデックス」としては、①「CDP Climate Change, Water」でAリストに認定されること、②「FTSE4Good」に継続採用されること、③「MSCIサスティナビリティレイティング」でBBBを取得することの3つが挙げられています。

①の「CDP Climate Change, Water」に関しては、イギリスの非政府組織(NGO)であるCDPが「Climate Change」、「Forests」、「Water Security」の3つのカテゴリーで、企業の取組をDからAで評価し、Aリスト入りした企業をCDPのウェブサイトで公表しています。下記のCDPのウェブサイトにおいては、アサヒグループホールディングスが「Climate Change」と「Water Security」でAリスト入りしている旨が公表されています。

【参考リンク】
CDPウェブサイト「The A List 2021

そして、アサヒグループホールディングス株式会社は、2021年12月8日付けリリース「国際環境非営利団体CDPの調査において最高評価となる『気候変動Aリスト』『水セキュリティAリスト』に認定」において、同社がCDPの調査において、「最高評価となる『気候変動Aリスト』『水セキュリティAリスト』」に認定された旨を公表しています。

②の「FTSE4Good」に関しては、イギリスの格付け企業であるFTSE Russell社が「FTSE4Good Index Series」という投資指数を公表しています。

【参考リンク】
FTSE Russellウェブサイト「FTSE4Good Index Series

そして、アサヒグループホールディングス株式会社は、2021年2月2日付けリリース「ESG投資の代表的指数『FTSE4Good Index Series』とGPIF採用のESG指数『FTSE Blossom Japan Index』の構成銘柄に選定」において、「『FTSE4Good Index Series』は、2001年に英国のFTSE Russell社によって構築された世界的なESG(E:環境、S:社会、G:ガバナンス)投資指数で、ESGについて優れた対応を行っている企業が選定されています。」と説明し、同社が2002年から19年連続で構成銘柄として採用された旨を公表しています。

③の「MSCIサスティナビリティレイティング」に関しては、アメリカの格付け企業であるMSCI. IncがESGリスクに対する企業の回復力を測るためにMSCI ESG Ratingsを実施しています。具体的には、ルールベースの手法により、ESGリスクへのエクスポージャー、および同業他社と比較したリスク管理能力に応じて、各企業をCCC、B、BB、BBB、A、AA、AAAの尺度で格付けをしています。

そして、アサヒグループホールディングス株式会社は、MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数の構成銘柄とされており、下記ウェブサイトによると、同社のESG格付けは「A」と記載されています。

【参考リンク】
MSCIウェブサイト「MSCIジャパンESGセレクト・リーダーズ指数

(5)内部評価と外部評価を組み合わせた事例

公表事例の中には、内部評価と外部評価を組み合わせてESG指標としているケースもあります。

例えば株式会社小松製作所では、中期経営計画の業績連動報酬(譲渡制限株式の付与)と紐づけられる経営指標の1つにESG(環境負荷低減と外部評価)の指標が挙げられています。そして、①環境負荷低減については、「CO2排出削減:2030年に50%減(2010年比)」、「再生可能エネルギー使用率:2030年に50%」、②外部評価については、「DJSI選定(ワールド、アジアパシフィック) CDP Aリスト選定(気候変動、水リスク)など」という経営目標が記載されています。

なお、「DJSI」とは、ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・インディシーズ:米国S&Pダウ・ジョーンズ社とスイスのロベ コ・サム社によるSRI指標、「CDP」とは、企業や政府が温室効果ガス排出量を削減し、水資源や森林を保護することを推進する国際的な非営利団体と注記されています(株式会社小松製作所 有価証券報告書(第152期)84-85頁)。

DJSI」(Dow Jones Sustainability Indices)および「CDP」については、上記で解説しているとおりです。

【参考リンク】
株式会社小松製作所 有価証券報告書(第152期)

3. ESG指標を選定・設定する際の留意点

以上のとおり、ESG指標と言っても、E(Environment、環境)、S(Social、社会)、G(Governance、ガバナンス)のいずれの要因に紐づけるのか、内部評価、外部評価又はそれらの組合せにするかによって多種多様なものがあり得ます。

自社でESG指標に連動する役員報酬を導入するに際しては、自社として積極的に取り組むべきESGに関する取組を決定し、どのようなESG指標と役員報酬を紐づければ、役員が当該取組を積極的に推進するかを吟味・検討することが重要です。

自社の重要視しているESGに関するテーマとリンクしない的外れなESG指標や、およそ達成することが困難なESG指標を設定してしまうと、役員への効果的なインセンティブ付けはできず、むしろESG指標連動の役員報酬が画餅と化し、モチベーションの低下に繋がるリスクがあります。

逆に、役員が容易に達成できるようなESG指標を選定・設定してしまうと、役員はESGに関して自らが積極的に取り組む必要性を感じず、インセンティブとして機能しないリスクがあります。

自社の重要視しているESGに関する取組を効果的に推進できるような制度を設計することが望ましく、そのためには、自社のリソースや戦略を掘り下げるとともに、他社事例を分析・研究することも重要です。

本稿も、ESG連動の役員報酬の適切な制度設計のための一助になりましたら幸いです。


Author

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

袁 智妤(三浦法律事務所 中国パラリーガル)
PROFILE:2018年中国法律職業資格取得。2018年中国華東政法大学卒業、2021年慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了。2021年7月から現職。

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