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税務UPDATE Vol.22:【速報】タックス・ヘイブン税制の適用に関する最高裁判決~キャプティブ保険会社の非関連者基準該当性~


1. はじめに

タックス・ヘイブン税制(以下「TH税制」といいます。)とは、外国子会社を利用した租税回避を防止するために、一定の条件に該当する外国子会社の所得を日本の親会社の所得とみなして合算し、日本で課税する制度です。TH税制では、外国子会社に該当しても、外国で事業活動を行うことについて十分な経済合理性があると認められるなど一定の基準(非関連者基準等)に該当する場合は、当該基準を充足する外国子会社の所得は合算課税されないこととされています。

本事案は、原告である自動車メーカー(以下「X社」といいます。)が株式の全部を間接的に保有している英領バミューダ諸島に所在する保険会社(以下「A社」といいます。)に生じた所得を、課税庁がTH税制を適用してX社の所得に合算して課税した事案であり、地裁ではX社が敗訴しましたが、高裁ではA社は非関連者基準を充足するとしてX社が逆転勝訴していました。

TH税制に関しては、税務UPDATE Vol.19でもご紹介したとおり、昨年、銀行が保有するSPCに関して地裁では納税者敗訴、高裁では納税者勝訴の判決が出ており、最高裁で再度納税者が敗訴したという事案もあり、本件でも最高裁の判断が注目されていました。

2024年7月18日、本事案について最高裁判決が出ましたので、今回は、事案の概要および最高裁判決の内容についてご紹介いたします。

2. 事案の概要

(1)概要図

(2)当事者

X社(日本法人):日本国内の自動車メーカー。
B社(メキシコ法人):X社の子会社。X社グループが製造する自動車を割賦で購入する顧客に対して購入資金を貸し付けていた。
C社(メキシコ法人):X社と資本関係はなく、B社が資金を貸し付けた顧客の死亡等を保険事故とする保険を提供する保険会社であった。
A社(英領バミューダ法人):X社の子会社。C社が提供した保険のリスクの70%に再保険を提供していた。

(3)契約関係

クレジット契約:X社グループが製造する自動車を割賦で購入しようとする者(以下「顧客」といいます。)との間で自動車の購入資金を貸し付けることを内容とする契約。クレジット契約には、顧客において生命保険契約を締結しなければならない旨の定めがあり、当該保険についてはB社を最優先の受益者として指定しなければならない旨の定め、顧客が保険に加入しない場合、B社が顧客を代理して保険契約を締結することができる旨の定めがあった。

元受保険契約:元受保険契約は、契約者および優先受益者をB社として契約されており、保険事故は顧客の死亡等とされていた。また、保険事故が発生した場合の保険金(クレジット債権の未償還残高等)の支払いは優先受益者であるB社に対して行われることとなっており、契約はクレジット債権の返済期間中効力を有し、クレジット債権が完済された場合は終了するものとされていた。

再保険契約:C社が元受保険契約において引き受ける全保険リスクの70%をA社に対して再保険に付するための再保険契約である。

3. 問題の所在

課税対象となった事業年度(以下「対象事業年度」といいます。)における非関連者基準(*1)に関して、対象となる外国の子会社における主たる事業が保険業である場合には、「当該各事業年度の収入保険料の合計額のうちに当該収入保険料で関連者以外の者から収入するものの合計額の占める割合が100分の50を超える場合」に非関連者基準を満たすとされており、「当該収入保険料で関連者以外の者から収入するもの」について「当該収入保険料が再保険に係るものである場合には、関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険に係る収入保険料に限る」(以下当該規定を「本件括弧書き」といいます。)とする規定がありました。

上記本件括弧書きとの関係で、本事例においては、A社がC社から受け取る再保険料(上記2(3)再保険契約に基づく再保険料。以下「本件再保険料」といいます。)が「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険に係る収入保険料」に該当するのか、すなわち、「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険」の意義は何なのかということが主たる争点となりました(*2)。

*1 非関連者基準とは、当該者が取引の過半を関連者以外の者と行っているかどうかという判断基準であり、非関連者基準を満たす場合、TH税制の適用対象外となる。
*2 本件再保険料が上記本件括弧書きが定める収入保険料に該当しないとすると、対象事業年度におけるA社の収入保険料は関連者以外の者から収入するものの合計額に占める割合が50%以下となり、非関連者基準を満たさないこととなる。

4. これまでの判決経緯

地裁判決・高裁判決においては、保険の目的が何かという議論がなされており、具体的には、X社の関連者であるB社が有するクレジット債権を保険の目的と考えた場合(地裁判決)には、保険の目的は関連者であるB社が有するものとなるため本件括弧書きに定める収入保険料には該当せず、顧客の生命又は身体を保険の目的と考えた場合(高裁判決)には、保険の目的は関連者以外の者が有することとなるため当該収入保険料に該当することとなるとされていました。

地裁判決は、本件括弧書きについて本件括弧書きが定められた趣旨から、「保険の目的」を実質的に判断し、本件のクレジット契約と元受保険契約の関係やその内容から、元受保険契約の目的がクレジット債権の支払いを担保する目的で締結されたものと理解し、「保険の目的」をB社の有する資産であるクレジット債権であると判断しました。

これに対し、高裁判決は、本件括弧書きの趣旨は広く保険一般に妥当するとして、本件括弧書きに定める「資産」や「損害賠償責任」は単なる例示にすぎないとしました。そして、本件では、元受保険契約の保険料の実質的負担者が各顧客であることを根拠に、元受保険契約は、顧客の生命、身体等に対する保険危険を担保する保険であるとして、「関連者以外の者が有する資産…を保険の目的とする保険」に該当すると判断しています。

高裁判決は、元受保険契約それ自体のみから「保険の目的」を判断しており、本件括弧書きの趣旨ひいてはTH税制の趣旨を踏まえずに解釈しているようにも見受けられます。また、高裁判決は、本件括弧書きに定める「資産」や「損害賠償責任」は例示であるとの解釈から、元受保険の保険の目的を判断していますが、本件括弧書きの文言上高裁判決のように例示と解釈することには無理があり、また、例示か否かと保険の目的の判断も直結しないことから、高裁判決には、反対の意見もありました。本件括弧書きの文言は現在のTH税制の規定(租税特別措置法施行令39条の14の3第28項5号イ)にも存在していることから、どのように解釈すべきであるのか、最高裁の判断が注目されていました。

5. 最高裁判決の概要

最高裁は高裁判決を破棄し、課税庁の逆転勝訴となりました。

最高裁の判断の理由は、以下のとおりです。

まず、本件括弧書きの趣旨については、本件括弧書きは、非関連者基準を主として保険業を行う特定外国子会社等について具体化するものであるとして、「本件括弧書きは、特定外国子会社等が関連者との間の保険取引に関連者以外の者を介在させた場合の収入保険料の取扱いを明確にし、上記の者を形式的に介在させることによって非関連者基準を充足させ、同項の適用が除外されることとなるのを防ぐ趣旨に出たものと解される」としました。

その上で、「通常、保険に加入する者は、保険金の支払を受けることによって経済的不利益の保障、填補を受けることを目的として、保険料を負担して保険契約を締結するものと考えられることを踏まえると、本件括弧書きは、特定外国子会社等が保険者として再保険取引を行うに際し、当該再保険取引が関連者以外の者の資産又は損害賠償責任に係る経済的不利益を担保しようとするものである場合に限り、当該特定外国子会社等が当該再保険取引から得る収入保険料は関連者以外の者から収入するものとして扱うこととしたものと解される」としました。

最高裁は、上記解釈を前提に、本件括弧書きにおける「『関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険』とは、関連者以外の者の資産又は損害賠償責任に係る経済的不利益を担保する保険をいうものと解すべきである」と判示しています。

そして、本件では、①B社は顧客が保険に加入しない場合において、元受保険契約に顧客を加入させ、顧客から保険料を徴収してC社に支払っていること、②元受保険契約においてB社が優先受益者に指定されていること、③顧客の死亡等の保険事故が生じた場合には、B社がクレジット債権の未償還残高等に係る保険給付を受けること、といった元受保険契約の実質に照らせば、再保険契約に係る保険は、関連者であるB社が有する資産であるクレジット債権に係る経済的不利益を担保するものであるとして、非関連者基準を満たさないと判断しました。

6. 最高裁判決の若干の検討

上記のとおり、地裁判決・高裁判決では、元受保険契約の「保険の目的」が何かという議論がされていたのに対し、最高裁においては、保険の目的が何かという判断は直接的にはされておらず、再保険契約が関連者以外の資産又は損害賠償責任に係る経済的不利益を担保するものかどうかという判断が行われています。

本件括弧書きが形式的に非関連者を介在させることにより非関連者基準を充足させることを防ぐ趣旨であることを踏まえれば、最高裁の判決は妥当なものと考えられますが、再保険の場合の「保険の目的」をどのように捉えるべきなのか、本事案のように元受保険が物保険や賠責保険でない場合に一律に本件括弧書きの保険に該当しないこととなるのかについては明確ではなく、今後最高裁判決を踏まえ、具体的にどの範囲の再保険取引が本件括弧書きの保険に該当するのかについては、なお解釈の余地があるように思われます。

なお、本稿のうち意見にわたる部分は著者の個人的見解であり、著者の現在所属し、または過去に所属した団体の見解ではないことを申し添えます。


Authors

弁護士 山口 亮子(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2005年弁護士登録(2020年再登録、第二東京弁護士会所属)、18年~20年東京国税局調査第一部調査審理課において国際調査審理官(特定任期付職員)として勤務。20年7月から現職。

弁護士 迫野 馨恵(弁護士法人三浦法律事務所 名古屋オフィス 法人パートナー)
PROFILE:2007年弁護士登録(愛知県弁護士会所属)、11年~16年東海財務局理財部において金融証券検査官、16年~21年名古屋国税局調査部調査審理課において国際調査審理官として勤務(いずれも特定任期付職員)。21年9月から現職。

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