M&P LEGAL NEWS ALERT #13:AIアクティビズムと株主提案
1. はじめに
近時、米国ではAI関連の株主提案が増えており、2024年上半期には11社(※2023年は通年で4社)に対してAI関連の株主提案が行われました(*1)。
いずれの株主提案も否決されたものの、AIの使用に関する透明性レポート(*2)の作成・公表を求める株主提案には40%近い賛成が集まったものもあります。
資本市場のグローバル化に伴い、米国企業に対して行われたESG関連の株主提案が時間差で日本企業に対しても行われるようになったように、米国企業に対して行われたAI関連の株主提案は遅かれ早かれ日本企業に対しても行われることが想定されることから、米国企業に対して行われたAI関連の株主提案と日本企業への示唆を検討します。
2. AI株主提案の概要
(1)株主提案の対象となった企業
2024年上期にAI株主提案を受けた米国企業は、以下のとおり、ビッグテック企業やメディア・エンターテイメント企業が大部分を占めていますが、AIを導入・使用する企業が増加していることもあり、ヘルスケア企業や飲食サービス企業も対象となっています。
なお、メディア・エンターテイメント企業が株主提案の対象となったのは2023年にAIの利用を巡ってハリウッドの脚本家と俳優がストライキを行ったことが影響していると思われます。
(2)株主提案を行った株主
上記の米国企業に対してAI株主提案を行った株主の属性は労働組合基金やESG投資に特化した運用を行う機関投資家、宗教関連団体の資産運用会社、公的年金基金で、ESG関連の株主提案を行っている株主の属性と似通っています。
なお、2024年上半期に最も多くのAI株主提案を行ったAFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産業別組合会議)は2023年以前はAI株主提案を行っていなかったことからすると、AFL-CIOがAI株主提案を行うようになったのは、上記のとおり、2023年にハリウッドでストライキがあったことも影響していると思われます。
(3)株主提案の内容
AI株主提案の内容は大まかに以下の5つに分類できます。
これらの詳細は下表のとおりです。
(4)株主提案の賛成率
AI株主提案に対する賛成率は下表のとおりです。
アルファベットやメタ、パラマウントは議決権種類株式を導入しているため下表の賛成率がそのまま一般株主の賛成率を意味するものではないことに留意が必要ですが、AIの使用に関する透明性レポートの作成・公表を求める株主提案の賛成率はおおむね20%以上、会社によっては40%前後と高い傾向にあります。
これは、議決権行使助言会社であるISSやグラスルイスが、①AIに関する情報が開示されないことで株主はAIの使用に伴うリスクやそうしたリスクを軽減するための取り組みを評価することが困難になっているところ、透明性の向上と倫理ガイドラインの開示により、そうした株主の懸念が軽減される可能性がある、②株主提案で求められている報告が過度の負担になるとは考えられない一方、そのような開示により株主はAIがどのように使用されているかについてより深く検討・理解し、投資判断にこれらの考慮事項を組み込むことができるようになるといったことを理由に賛成推奨していることも影響していると思われます。
※なお、AI情報についてすでに十分な開示が行われていると判断した場合、ISSやグラスルイスは株主提案に反対推奨しています。
このようにAI情報の開示を求める株主提案は賛成率が高くなることもあり、コムキャスト、ディズニーとユナイテッドヘルス・グループの3社はAI情報の開示を充実させることについて株主と同意することで株主提案を撤回させています。
他方、AIに関する取締役会の監督についての株主提案の賛成率は10%未満と低い傾向にあります。
これは、AIに関する取締役会による監督が米国の大企業においても現時点では一般的とまではいえないこと(詳細は「M&P LEGAL NEWS ALERT #9:米国企業の開示からみるAIに関する取締役会の監督」をご参照ください)とも平仄が合っています。
3. 日本企業への示唆
自社に対してAI株主提案が行われた場合、どのように対応すべきでしょうか。
これらはいずれもAI株主提案に対してプロキシー・ステートメント(株主総会招集通知)において会社が行った反論です。
いずれももっともな内容であり、また、日本におけるAI株主提案は、従前のESG関連の株主提案と同様、定款変更に紐づけた形で行われることになることが想定されるところ、定款変更については目下の状況では望ましいように思われるとしても、その後、状況が変わったときに改めて定款を変更することは容易ではなく、AIに関する規制が流動的な状況であることにも鑑みると、事業運営の足枷にもなりかねない定款変更は将来的にはかえって企業価値の毀損にもつながります。
他方で、AIにはオペレーショナルリスクや倫理上のリスクなどさまざまなリスクがあり(詳細は「M&P LEGAL NEWS ALERT #9:米国企業の開示からみるAIに関する取締役会の監督」をご参照ください)、これらのリスクに対する取り組みが不十分である場合には企業価値の毀損につながります。
AIの急速な進化に伴い、AIの使用に関する透明性を含め、自社のAI関連リスクとそれらのリスクに対する取り組みを株主や投資家に対して適切に開示することが求められるようになってきており、今後、投資判断におけるAI情報の重要性が高くなることはあっても低くなることはないと考えられ、株主提案の有無や決議の結果にかかわらず、いずれにしてもAI情報の開示を充実させることが望ましいということも想定されます。
AIの使用に関する透明性レポートの作成・公表を求める株主提案を受けたユナイテッドヘルス・グループでは、従前のサステナビリティレポートにおいても「責任ある人工知能(AI)および機械学習(ML)の使用(Responsible use of artificial intelligence and machine learning)」についての記載がありましたが、株主提案後に公表したサステナビリティレポートでは、以下のとおり、その記載内容を充実させています。
具体的には、株主や投資家にとって関心の高い、①自社においてAIがどのような場面で使用されているかの説明、②AIに関するガバナンスの取り組みとその体制図、③AI原則とガイドラインが記載されるようになっており、AI情報の開示を充実させるにあたって参考になると思われます。
4. おわりに
AIを導入・使用する企業の増加に伴い、米国ではビッグテック以外の企業に対してもAI関連の株主提案が行われるようになってきており、今後、日本でも同様の動きが起きることが見込まれます。その際、日本企業がどのような取り組みを行うかの一助となれば幸いです。
Author
弁護士 関本 正樹(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2007年東京大学法学部卒業、2008年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士。21年7月から現職。18年から20年にかけては株式会社東京証券取引所 上場部企画グループに出向し、上場制度の企画・設計に携わる。『ポイント解説 実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『対話で読み解く サステナビリティ・ESGの法務』(中央経済社、2022年)等、著書・論文多数