M&P LEGAL NEWS ALERT #7:ガバナンスに関する株主との合意を無効としたデラウェア州衡平裁判所の判断に対するデラウェア州会社法改正から考える日本の上場会社・株主間のガバナンスに関する合意
1. デラウェア州におけるガバナンスに関する合意
(1)デラウェア州衡平裁判所の判断
2024年2月23日、デラウェア州衡平裁判所は、上場会社(モーリス社)と同社の創業者でCEO兼取締役会長である株主(ケン・モーリス氏)との間のガバナンスに関する合意の多くを無効と判断しました(*1)。
デラウェア州一般会社法(DGCL)141条(a)は、「本章に基づいて組織されるすべての会社の事業及び業務は、本章又はその定款に別段の定めがある場合を除き、取締役会によって又は取締役会の指示のもとで管理されるものとする」と定めているところ、会社がモーリス氏に付与した事前承諾権等は、経営事項に関して取締役が自らの最善の判断を行う義務を実質的に奪う効果をもたらしたり、経営方針に関する取締役の決定の自由を実質的に制限する傾向のあるものであり、DGCL141条(a)に違反すると判断したのです。
(2)デラウェア州議会によるDGCL改正の動き
会社がガバナンスに関する合意を株主との間で行う市場慣行の妥当性に疑問を投げかけたデラウェア州衡平裁判所の判断に実務は動揺します。
デラウェア州衡平裁判所は、無効とされたガバナンスに関する合意内容を実現したいのであれば、①IPOの際に複数議決権株式を採用したり、②IPO後であれば、一般株主の同意を得て定款変更により黄金株を発行するといった手続きを踏めばよいとしましたが、①については、IPO後は上場ルールにより実現できず、また、②についても、機関投資家等の反対もあり、実際には容易ではありません。
また、デラウェア州衡平裁判所は、ガバナンスに関する株主との間の合意がすべて無効になるのではなく、①内部ガバナンス上の取り決めと②外部との商取引上の取り決めを区別し、②商取引を保護するために事前承諾権を付与するといった場合はDGCL141条(a)の問題とはならないとしていますが、両者の区別は必ずしも明確ではなく、これまでに締結された株主との間のガバナンスに関する取り決めの有効性に疑義が生じることになりました。
そこで、このような実務上の混乱や不確実性を解消するため、デラウェア州弁護士会は立法により解決することとしました。具体的には、2024年3月28日、デラウェア州弁護士会は、定款に定められているかにかかわらず、会社が株主との間でガバナンスに関する合意を行うことが明確に認められるとするDGCL改正案を公表し、DGCL改正案は2024年5月23日にデラウェア州議会に提出され、現在審議されています。
なお、DGCL改正案に対しては、モーリス事件におけるデラウェア州最高裁判所の判断を待つべきであるなどとして、50名以上の米国の著名なロースクールの教授たちが反対の意見書をデラウェア州議会に提出しています(*2)。
2. 日本におけるガバナンスに関する合意
日本では、IPOに際し、上場準備会社が株主との間で締結しているガバナンスに関する合意はすべて解消することとされているため、上場会社が株主との間でガバナンスに関する合意を行うのは、上場後、①第三者割当増資や公開買付けに伴い、資本業務提携を行う場合、②上場子会社などがグループ経営の一環として支配株主との間で合意を行う場合、③アクティビスト株主との間で和解契約(Settlement Agreement)を締結する場合などが考えられます。
これまでは、コーポレートアクションを伴う場合(上記①の場合)には適時開示においてガバナンスに関する合意が開示されていたものの、それ以外の場合には必ずしも開示が十分ではなかったとの指摘もあったところですが、今後は、有価証券報告書や臨時報告書において会社・株主間のガバナンスに影響を及ぼし得る合意を含む契約の開示が義務づけられることになります(詳細は「ポイント解説・金商法 #12:企業・株主間のガバナンスに関する合意、企業・株主間の株主保有株式の処分・買増し等に関する合意、財務上の特約の開示(2023年12月22日付企業内容等の開示に関する内閣府令の改正)」をご参照ください)。
具体的には、
① 提出会社の役員について候補者を指名する権利を株主が有する旨の合意
② 株主による議決権の行使に制限を定める旨の合意
③ 提出会社の株主総会又は取締役会で決議すべき事項について株主の事前の承諾を要する旨の合意
につき、以下の内容を具体的に開示する必要があります(*3)(*4)。
このように、ガバナンスに関する株主との合意が有価証券報告書・臨時報告書における開示の対象となることで、その内容について、これまで以上に説明責任が求められることになります。
この点、DGCL改正案に対し、米国の大手機関投資家グループであるCII(Council of Institutional Investors)は、コーポレートガバナンスの基本原則の1つである1株1議決権の原則に反するような強力な支配権を特定の株主に付与することは機関投資家といった長期的な投資家に悪影響を及ぼすものであるとして反対の意見を表明しているように(*Moelis_CII letter.pdf)、資本多数決の原理から許容されるものを越えて、特定の株主に過度な権利を付与することは、一般株主に対する説明責任を果たせないものになりかねません(*5)。
また、契約締結日についても開示の対象とされていることから、契約締結後に合意の内容を変更すべき事情(例えば、合意の相手方株主の議決権が減少したこと)が生じているにもかかわらず、合意の内容が漫然と維持されているといった場合、説明責任の観点から問題が生じることになると考えられます。
最後に、デラウェア州衡平裁判所は、モーリス氏が実際に事前承諾権を行使したことはないので事前承諾権は重要であったとはいえないとの会社の主張に対し、「モーリス氏が事前承諾権を行使したことがないというのは、むしろ、事前承諾権が委縮効果を有していることの強力な証拠である。長年にわたりモーリス社が直面した無数の問題を考えてみてほしい。しかし、モーリス氏と取締役会が意見を異にすることはなかった。最高の抑止力が使われることはない。抑止力の存在を知っていれば、抑止される側はその限界を試すことはない」と判示しています。これは、「合意が提出会社の企業統治に及ぼす影響(影響を及ぼさないと考える場合には、その理由)」等の記載にあたって参考になると考えられます。
Author
弁護士 関本 正樹(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2007年東京大学法学部卒業、2008年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士。21年7月から現職。18年から20年にかけては株式会社東京証券取引所 上場部企画グループに出向し、上場制度の企画・設計に携わる。『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『対話で読み解く サステナビリティ・ESGの法務』(中央経済社、2022年)等、著書・論文多数
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