危機管理INSIGHTS Vol.4:学校法人の危機管理①-「学校法人ガバナンス改革会議報告書」を巡る議論の行方-
1. はじめに:学校法人における不祥事事案の続発と対策
近年、学校法人における不祥事事案、特に理事長や理事が関与する犯罪や不正が大々的に報道されるケースが目立っています。
2021年3月19日付け「学校法人のガバナンスの発揮に向けた今後の取組の基本的な方向性について」4頁脚注12では、以下の不祥事事案が列挙されています。
また、下記で解説する2021年12月3日付け「学校法人ガバナンス改革会議報告書」(以下「本報告書」といいます。)2頁では、以下の不祥事事案が列挙されています。
さらに、近年は学校法人の理事長が所得税法違反容疑で逮捕された事例も大きく報じられています。
このように、学校法人の不祥事がニュース等で大々的に取り上げられる中、文部科学省が設置した「学校法人ガバナンス改革会議」は、2021年12月3日付けで本報告書を提出・公表しました。
これに対し、日本私立大学団体連合会と日本私立短期大学協会は、2021年12月6日付けで「学校法人のガバナンス改革に関する声明」(以下「本声明」といいます。)を公表し、本報告書への反対意見を表明しました。
今回は、本報告書および本声明の概要を紹介した上で、今後どのような動きが想定されるかについて解説します。
2. 学校法人ガバナンス改革会議
学校法人のガバナンスを改革しようという議論自体は、従前より継続的に行われていました。本報告書4頁の「ガバナンス改革会議設置の経緯、趣旨」という項目の記載を踏まえて時系列をまとめると、以下のようになります。
学校法人ガバナンス改革会議の議論によって導き出される「学校法人ガバナンス改革案」の結論については、他の審議会等を経ずに直接文部科学大臣に報告することとされています。
本報告書では、学校法人ガバナンス改革会議設置の「経緯・趣旨」および「新法人制度の改革案」の背景説明として、以下の事情が記載されています。
3. 本報告書の概要
本報告書では、「新法人制度の改革案(新たな学校法人の機関設計)」として、①新たな学校法人の機関設計、②評議員・評議員会、③理事・理事会、④監事、⑤会計監査人、⑥内部統制システム、⑦事業活動実態に関する情報開示、⑧定款等その他の事項という8つの項目を立てて、法定事項として定めるべき内容を記載しています。
各項目の詳細については本報告書本文をお読みいただければと思いますが、以下のポイントを押さえておくと議論の状況を理解しやすいと思います。
(1)新たな学校法人の機関設計の全体像
第1に、新法人制度の改革案では、「強固なガバナンスなくして教学の自治なし」との考え方の下、学校法人運営のプロセス・実態が透明性のある形で適時・適切に情報開示がなされるべきと述べた上で、以下のガバナンス体制の確立を求めています。
そして、現行の学校法人の機関設計は理事及び理事会、監事および評議員会でしたが、これに計算書類等の会計監査を行う会計監査人を加えることを提言しています。
(2)評議員会の権限の拡大
第2に、現行の学校法人における評議員会は、理事長が業務に関する一定の重要事項についての意見を聴取する「諮問機関」という位置付けでしたが、新法人制度の改革案では、理事による業務執行の監督機能を強化するため、評議員会を「最高監督、議決機関」という位置付けに変更されています。
そして、「評議員及び評議員会に関する定めは、その性質に反しない限り、一般法人法における評議員及び評議員会に関する定め(同法172条~196 条)に準じた内容を定めるべき」とした上で、以下の事項を評議員会の議決事項とすべきと提言しています。
(3)評議員・理事・監事の選解任・人選等
第3に、新法人制度の改革案では、ガバナンス体制の見直しに伴い、評議員、理事、監事の選解任や人選についても提言がなされています。提言の内容を表にまとめると以下のとおりになります。
(4)会計監査人の設置義務化
第4に、新法人制度の改革案では、上記(1)のとおり、計算書類等の会計監査機能を強化するため、新たに学校法人の機関として会計監査人の設置を義務付けることを提言しています。
会計監査人については、評議員会で選解任するものとされ、公認会計士または監査法人でなければならないとされています。
(5)その他のポイント
新法人制度の改革案では、上記(1)~(4)に加えて、内部統制システムの整備(構築)の義務付け、学校法人の事業活動実態・業務の状況に関する情報開示の拡大(学校法人共通のプラットフォームでの財務情報及び事業報告書の開示等)、「寄附行為」との名称の「定款」への変更等の提言がなされています。
また、「規模等に応じた取扱い」との項目の下、文部科学大臣所轄学校法人(大学、短期大学および高等専門学校を設置している学校法人)とそれ以外の都道府県知事所轄学校法人(都道府県が所轄する学校・専修学校等のみを設置している学校法人)とで、「新法人制度の改革案」の適用範囲につき異なる取扱いをする旨を記載しています。
4. 本声明の概要
本声明は、公正さと透明性の高いガバナンスが求められていることは論を俟たない旨を述べた上で、本報告書に対して反対意見を表明し、かつ代替案を提示しています。ポイントは以下のとおり整理できるかと思います。
(1)議論の拙速さと手続に関する懸念の表明
第1に、本声明では、学校法人のガバナンス改革に関し、私立学校法等の度重なる改正が行われ、2019年(令和元年)に、監事の責任の強化、中長期計画の作成の義務化、財務情報の公表の義務化等が法制化され、2020年(令和2年)4月から施行されたばかりであるにもかかわらず、「それらの検証のないままに、今回、学校法人のガバナンスの基本構造を変更するという極めて重要な議論が拙速に進められたことは誠に遺憾」であるとして、議論の拙速さへの遺憾の意が表明されています。
また、「その議論は、議会制民主主義を補完する国民参加機関としての審議会(大学設置・学校法人審議会)の議を経ることなく、さらには教育現場関係者の声を反映させることなく進められてきたことに大きな懸念を抱くもの」との見解も表明されています。
なお、私立学校法の2019年改正(2020年4月1日施行)については、文部科学省の令和3年度学校法人監事研修会の資料に全体像がまとまっています。
(2)ステークホルダーたる学生の視点の欠如
第2に、本声明では、「特に評議会を株主総会と同視し、コーポレートガバナンスの考え方をそのまま私立大学の経営に導入しようとする点は、理論上合理性を欠く」と指摘した上で、「株式会社の最大のステークホルダーは株主であるのに対し、私立大学において最も重要なステークホルダーは学生とその保護者」であり、学校法人ガバナンス改革会議の提案は「学生の視点が完全に欠落して」おり、「学生と日頃接していない学外評議員だけで、私立大学の教育研究に関する運営の責任は取れ」ないとの見解が表明されています。
そして、「特に、提案の中核にある『学外者のみで構成される評議員会が、学校法人の重要事項の議決と理事及び監事の選解任を自由にできる』という制度では、学修者本位の教育環境は破壊され、評議員会が暴走しても止めることが出来なくな」るとの懸念が表明されています。
(3)評議員会の権限集中への懸念
第3に、本声明では、「評議員会に一方的に権限が集中しすぎると、法人をめぐる新たな主導権争いを誘発しかねず、私立大学の健全な経営と教育研究の発展を阻害し、建学の精神を瓦解させる重大な課題を残す」、「評議員会が無責任に業務に関与することに対しても歯止めが必要である」との見解が表明されています。
(4)私立大学と高校等を一律の法制度下に治めることの非合理性
第4に、本声明では、「私学は教育理念・内容、規模等が多種多様であり、建学の精神と各校の発展の歴史的経緯も異なり、それらの多様性を無視して、一律に法律で縛ること」は合理的ではなく、「特に、高等教育を担う私立大学と、中等教育を担う私立高校・中学校、初等教育を担う私立小学校、幼児教育を担う私立幼稚園を、一律の法制度下に治めることは明らかに非合理的」であるとの見解が表明されています。
(5)代替案の提示
本声明は、上記の懸念や見解を表明した上で、理事会の暴走を止める仕組みの必要性を踏まえ、以下の代替案を提示しています。
5. その後の紆余曲折と今後想定される動き
上記のとおり、本報告書の内容を巡り、学校法人ガバナンス改革会議と日本私立大学団体連合会・日本私立短期大学協会との間における大きな見解の対立が顕在化しています。
そのような中、2021年12月3日の日本経済新聞の記事において、同日の学校法人ガバナンス改革会議で文部科学省が当該会議の提言をパブリック・コメント(意見公募手続)に付すとの方針を示したところ、当該会議の委員側がパブリック・コメントに付すという方針に反対し、文部科学省は「提言を踏まえ、法制化に向けて必要な手続きを取っていく」とし、最終的にパブリック・コメントの実施を見送ると説明した旨が報じられました。
しかし、2021年12月21日の文部科学大臣の記者会見において、新たな会議を設けて具体的な制度設計を検討すると正式に表明しました(翌日の日本経済新聞の記事によると、2022年1月に設置する見通しとのことです)。
新たな会議は、学校法人ガバナンス改革会議と日本私立大学団体連合会・日本私立短期大学協会の見解の対立を踏まえ、両者の合意形成を図る趣旨と見られますが、これに加えて、子法人の扱いや刑事罰(刑法の背任罪より法定刑が重い会社法の特別背任罪のような刑事罰を私立学校法に加えるか否か)等についても協議する旨が報じられています。
具体的には、文部科学省のウェブサイト「私立学校ガバナンス改革に関する対応方針」において、「検討の方向性」および「進め方」が説明されています(下記の図をご参照ください)。
上記のとおり、この12月だけでも状況が二転三転しているところ、私立大学等の関係者の方は、学校法人ガバナンス改革に関する議論の状況を的確に把握するとともに、今後の文部科学省等の最新動向を注視することが重要です。
本稿がそのための一助になりましたら、幸いです。
Author
弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?