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M&P LEGAL NEWS ALERT #11:AIウォッシングと開示


1. はじめに

投資者の投資判断において非財務情報の開示の重要性が高まっていることを受け、2023年3月期の有価証券報告書からサステナビリティ情報の開示が求められることになったところですが、近時、有価証券報告書等でAIに関する機会とリスクに言及するものも見られるようになってきています。
これは、AIの急速な進化に伴い、AIは企業価値を高めるものである一方で各種のリスクがあるなど、投資者の投資判断におけるAI関連情報の重要性が高まっているとの認識によるものと考えられます。

非財務情報は財務情報とは異なり必ずしも定量的に示すことができるものではないため「ウォッシュ(見せかけ)」の問題が生じやすいという特徴があります。
米国では、証券取引委員会(SEC)が非財務情報の代表格であるサステナビリティ・ESG関連情報についての重大な虚偽や誤解を招くような開示を積極的に摘発してきたところ、AI関連情報についても同様の対応をとることを表明しています(*1)。
また、スタンフォード大学ロースクールの証券クラスアクションに関するデータベースによれば、米国上場企業が開示したAI関連情報に重大な虚偽記載等があり、株価が下落したことで損害を被ったなどとするAIに関する証券クラスアクションが2024年には9月4日までの約8か月間で11件起こされています(*2)。

*1 Remarks at Program on Corporate Compliance and Enforcement Spring Conference 2024

*2 Current Trends in Securities Class Action Filings

日本では、有価証券報告書等において重要な事項の虚偽記載や不記載、誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が欠けていることは証券訴訟の対象になり得るほか(金融商品取引法18条1項、21条の2第1項など)、重要な事項の虚偽記載や不記載は課徴金納付命令の対象にもなります(金融商品取引法172条の4)。
また、適時開示では、①開示する情報の内容が虚偽でないこと、②開示する情報に投資判断上重要と認められる情報が欠けていないこと、③開示する情報が投資判断上誤解を生じせしめるものでないことが求められているところです(有価証券上場規程412条1項)。

そこで、米国におけるAI関連情報の開示についての当局による執行や証券訴訟の動向を踏まえ、日本の上場企業がAI関連情報の開示に際して留意すべき事項について検討します。

2. 米国における動向

(1)SECによる執行

投資家の興味を引くために気候変動関連の「グリーンウォッシング」が行われてきたことを踏まえ、SECはAIに関する誇張や虚偽の開示を行う「AIウォッシング」への懸念を表明し、以下の点を含め、上場企業がAIに関する機会とリスクについてどのような開示を行っているかを検証するとしています(*3)

・AIの意味と、AI技術が当該企業の業績、財務状況、将来の見通しをどのように改善できるかを明確に定義しているか

・当該企業のマテリアリティに見合った重要なリスクとAI技術が当該企業の事業および財務業績に与える可能性のある影響について、定型的なものではなく、カスタマイズした開示を行っているか

・当該企業の事業に関係のない耳目を集めるための一般的な話題としてではなく、当該企業における現在のまたは想定されているAI技術の使用に焦点を当てているか

・AIの見通しに関する開示内容に合理的な根拠があるか

*3 The State of Disclosure Review

このような状況のもと、下表のとおり、SECは2024年3月に2件、6月に1件のAIウォッシングを摘発しています。もっとも、これらの事例はいずれも上場企業の開示に関するものではないことに留意する必要があります。


*4 
SEC Charges Two Investment Advisers with Making False and Misleading Statements About Their Use of Artificial Intelligence

SEC Charges Founder of AI Hiring Startup Joonko with Fraud

(2)証券クラスアクション

スタンフォード大学ロースクールの証券クラスアクションに関するデータベースによれば、米国におけるAIに関する証券クラスアクションは、2020年は5件、2021年は8件、2022年は6件、2023年は6件であったのに対し、2024年は約8か月間ですでに11件と大幅に増えています。

AIに関する証券クラスアクションの訴状では、被告企業が①自社のAI技術を誇張していた、②AIに関するリスクを開示していなかった、③自社のAI技術が期待どおりに機能しなかったことを速やかに開示していなかった、④開示されていたAI技術が実際には使用または開発されていなかったといった申し立てがなされています。

例えば、2024年2月に提訴されたInnodata Inc.に対する証券クラスアクションの訴状では、以下の点を含め、重要な事実の虚偽記載等があったとの主張がなされています。

(1)医療記録や保険データのデジタル化にあたり、実際には海外で手作業を行っていたにもかかわらず、独自のAI技術を活用したデータプレパレーションを行っていると宣伝していた

(2)実際にはAIの研究開発に十分な資金投入をしていなかった

SECがAIウォッシングを積極的に摘発する姿勢を見せていることもあり、米国ではAIに関する証券クラスアクションが今後も増加することが見込まれるとの指摘もありますが、米国における証券クラスアクションは、空売り業者の調査レポートなどによって株価が下落したタイミングで、原告側の法律事務所が当該調査レポートの内容にほぼ依拠して開示書類に虚偽や誤解を招く記載があったと主張して提訴することが少なくありません(*5)

*5 Short Sellers and Plaintiffs’ Firms: A Symbiotic Ecosystem

日本における証券訴訟では米国のようなクラスアクション制度がないことも踏まえると、米国においてAIに関する証券クラスアクションが増加していることをもって今後日本でも同様の動きが起こるということにはならないと考えられます。

3. AI関連情報の開示における留意事項

米国におけるSECの執行や証券クラスアクションの動向は日本の上場企業のAI関連情報の開示実務に直ちに影響するものではないと考えられますが、問題とされた内容を踏まえると、AI関連情報の開示に際しては、①AI技術に関して誇張や過大な主張をしない、②AI技術に関して合理的な根拠のないコミットメントをしない、③AIの使用等に関して実態と異なる説明をしないことが重要といえます。


Author

弁護士 関本 正樹(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2007年東京大学法学部卒業、2008年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士。21年7月から現職。18年から20年にかけては株式会社東京証券取引所 上場部企画グループに出向し、上場制度の企画・設計に携わる。『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『対話で読み解く サステナビリティ・ESGの法務』(中央経済社、2022年)、等、著書・論文多数

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